第18話:リベンジ

警戒を怠らず、三人とも木陰に潜みながらグリードハイーナの山まで進む。


近づくにつれ山の下に一段と黒い影あることが分かった。



——いや違う。あれは……人型の化物⁉



影のように見えたのはその黒い体のせいだろう。目の部分に相当する二つの光は、まるで目を細めているかのように細長かった。



「天使……?」


「「え?」」



リッカが突然あの黒い人型の化物を"天使"と言い、俺とエリは驚きのあまり声を上げる。



「あの黒い化物のこと何か知っているんですか?」


「……いや、私も初めて見るんだけどね。あの人の形をした黒いのってのは童話に出てくるんだよ。人を攫っては返す人みたいのを天使って言うの」


「そんな童話があるんですね……二人とも、伏せて!」



二十メートルはあるであろう距離を化物、もとい天使は一瞬にして詰め寄り切りかかって来た。


獲物は無くその代わりにその両手が刃になっていた。両手首と首元に白い包帯のようなものを巻きつける様は流浪人を想起させる。


始めに会ったグリードハイーナを殺したのも、死体の山もこいつの仕業で間違いないだろう。



「……くっ!」



エリが自身の頭よりも一回りも二回りも大きい水の塊を天使に放った。


日々の訓練の成果が出力として表れていると見ていて実感する。



——しかし、その魔法も虚しく、天使に一刀両断された。



天使の目線がエリの方へ向く。


俺はすかさず抜刀し、天使に切りかかった。


当たり前のように俺の攻撃は簡単に受け止められる。



「リッカさんを連れて下がれ‼」


「でも、一人じゃどうしようも無いよ!」



俺は一度後方に跳び、エリたちの傍による。



「あれからどれだけ訓練したと思ってる。……俺にリベンジの機会をくれ」


「……わかったわ」



エリは渋々俺の我儘を承諾してくれた。


それもそうだ、自分でも理解している。俺よりもエリの方がやつに勝つ可能性は高いかもしれない。


しかし同時にエリの魔法操作ではオネストホースの人たちを巻き込みかねない。



だったら俺が一人でこいつに勝つ!



俺は天使の首をめがけて下からすくい上げる様に薙ぎ払う。



天使は右手の刃で受け止め、左手の刃で俺の喉元を突き刺しに来る。


俺は天使の右側面に滑り込み、腹を切りつけた。



……手ごたえ、あり!



確かに感じた肉を切る感触。この化物はいつか戦った相手のように体の硬度、構造を自由に変えられないのだろう、おかげで幾分か戦いやすい。


天使がよろめく。苛立ちを見せるように目の光をより輝かせた。そして音もたてずに俺に向かって跳んでくる。


俺は足を緩めずに走り、天使の突進を躱す。


天使はそのまま直進し、数本の木をへし折ってようやく止まった。


かと思えば、何度も何度も俺をめがけて突進してくる。


俺はそのたびに躱すも、辺りの木が倒れ見晴らしが良くなり追いはを片付けるオネストホースの人たちが見えるようになってしまった。



——まずいな。躱し続けると人を巻き込むぞ!



天使がまた突進してきたとき、俺は躱さずに反撃した。


鈍い金属の衝突音が鼓膜を震わせる。その衝撃は木を揺らし、人を伏せさせた。



重い! 一撃一撃が痺れる様だ!



それでも負けまいと決して剣を離さなかった。


俺は雄たけびを上げ天使の左手を打ち上げる。


がら空きになる天使の左側。俺はすかさず左腕を切り裂き、連続して首を切ろうとした。


そこはさすがの敵の力量もあって、天使は後方に跳び俺の最後の攻撃を躱した。


首に巻いていた白い包帯がふわりと落ちる。


その瞬間、天使の体がボコボコと泡立った。切ったはずの奴の左腕が普通の手として再生する。


今度は左手が変形し立派な盾になった。



手を変形させる能力か? 化物はどいつもこいつも自分の体を変えやがる。



心の中で悪態をつくが、そうも言ってられない。


被害を押さえながら戦う事が最優先だ。幸い相手の動きにはついていけている。あとは立ち回りだけを考えればいい。


天使が盾で身を隠しながら突進してきた。先ほどのスピードは無いが迫力が違う。



このまま正面から受け止めるか? 他に選択肢は……。



考えている間に天使が目の前まで迫って来る。焦った俺は剣を振り下ろし迎え撃つ。


そして打ち合い、躱し、盾で受け止められる。この攻防を何度も繰り返えす。


じわりじわりと削られる体力が、以前の戦いでの辛酸な記憶を鮮明に思い出させてくる。


そのせいで動き回った汗よりも冷汗が全身を蝕む。あの時首を締め付けられたように苦しい。



「……!」



打ち合いの果て俺は空中に高く吹き飛ばされた。体を捻って体制を整える。


僅かばかりの時間を得た俺は天使を観察しながら今一度考える。



あの盾、結構丸みを帯びてるな。そうかあの構造で俺の攻撃が受け流されているのか。



俺は一つの技を閃いた。



「いいこと思いついた。一か八かだけどやってみるか」



俺は剣を横に構え、真下にいる天使に向かってそのまま落下する。


決着は一瞬だった。


俺の目論見は成功し、化物の胴体を真っ二つにした。


ここで終わるわけにはいかない。消滅するのを見届けなければ。


そう思い振り返ると、天使はじわじわと体を灰にしていた。



——終わった。



俺は体の力が抜けその場に座り込んだ。


湧き上がる歓声。嬉しさのあまり笑い声が漏れる。



「レイ!」



エリとリッカが駆け寄ってくる。



「いや~すごいよあんた!」


「うん、うん! 無事でよかった」



エリが抱き着いてきたかと思えば途端に泣き始めた。


自分のわがままで心労を掛けたのだ。避けてなんて言えない。



「それにしても最後のあれ、どうやったの? 速すぎて見えなかったわ」



泣き止んだエリが鼻をすすりながら質問をする。



「あぁあれな、攻撃を受け流される勢いを使ったんだ。体を柔らかくするイメージでやったら上手くいったよ」


「そんな土壇場で危ないマネを……もう無茶しないで!」


「大丈夫だよ……俺はもう負けない。それよりもリッカさん、そっちの被害はありませんか?」


「ん? ああ、見た感じ何ともなさそうだ。あんなに派手に暴れてたのに不思議なもんだね」



その言葉に安心した俺はエリに降りてもらって立ち上がった。



「それならよかったです。そういえば、貰った剣すごく手に馴染みました。それにあれだけ酷使しても刃こぼれも何もないなんて凄いですね」


「そりゃそうさ! なんせ最高級の素材に最高級の技術が詰まってるからね! そうだ、おーい!」



リッカがあのスキンヘッドの男を呼び出した。初めに会った時の事件のこともあり互いに渋い顔をする。その間をリッカが取り持つ。



「そういえばこいつの自己紹介をしてなかったな! こいつはベーリィ。あんたが持ってるその剣を加工をしたのがこいつだ」



リッカはベーリィという男の背中をバシバシと叩く。縮こまった男は頑なに俺と目を合わせようとしない。


正直驚いたが、これだけ使いやすい剣を作ってくれたことに感謝している。今後彼と関係が続くかはわからないがせめてこの感謝の気持ちを伝えなければいけないと不思議な使命感に駆られる。



「えっと、ベーリィさん。この武器すごく手に馴染んで正直めっちゃ感動してます。……これを作ってくれてありがとうございます!」


「……あぁ、それなら良かった。大事に使ってくれ」



俺は握手を求めにベーリィに手を差し出した。


それでもベーリィは困惑した顔を崩さなかったが、おずおずと手を出してくれた。そんな手をがっしりと握り強くシェイクする。


そして顔を合わせると、ベーリィようやく笑って見せた。


……見た目のイメージそのままに結構豪快に笑っている。




俺たちは馬車に乗せてもらいデシラスまで運んでもらった。軍の基地に戻って預けていた車を返してもらってすぐメルバ邸へと車を走らせた。



「ほんとはお使いだけなのにすっかり夕方になっちゃったねー」



エリは上体を上に伸ばして言う。夕日はまだ全容を隠さずにまるで俺の勝利を祝福しているようだった。



「俺はお腹すいたよ、早く帰ろう」

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