第17話:またあの声

 どこからか呼びかける声が頭に響く。


 うるさい、ただただうるさい。


 そう思っていても次第に慣れていくもので、今更この不快な声の内容を理解できるようになった。



『——殺せ。——あいつを殺せ』



 あいつって、サラさんのことか? でも確か同じメルバの一員だって自己紹介してたような……。



 ぼーっとしながら聞いていた話をかろうじて思い出しながら、流れてくる声に疑問を持つ。



 それにこの声、どこかで……。いや、そもそもこの状況。……思い出した、初めて宿主と戦った時と同じだ!


 落ち着いた状況下で聞くと力強い爺さんの声の様に聞こえる。



『——殺せ。——あいつを殺せ』



 声はずっと『殺せ』と叫ぶ。



「どうして仲間を殺さなきゃいけないんだ! そもそもお前は誰だ!」



 声の主に俺は半ば叫ぶように質問を投げる。


 声が鎮まった。



『……忘れるな。お前の……約束を、目的を』


「は?」



 声は呆れたようにフェードアウトしていった。



 約束? 目的? 何のことだ……?



 声は「忘れるな」と言った。なら、俺が記憶をなくす前のことではないのだろう。だったら俺が自分自身に誓った記憶を取り戻すことを言っているのだろうか?それともこの国のために戦うことなのだろうか?


 いや後者はないだろう。でなければ仲間であると自己紹介したばかりの相手を『殺せ』なんて言うはずがない。それか実は敵だったとか?


 考えれば考えるほどキリがなくなる。俺は一度、声が言っていたことを一旦忘れることにした。



 ——俺の記憶か。



 忘れていたわけではない。しかし今の生活に満足している自分がいることも事実だ。それに記憶を取り戻す手立てが無い。



 いやこの声の主ならもしかして……



「……」



 目が覚めた。きれいに組み立てられている角材の天井が技術力の高さを伺わせる。



「いたたた」



 体を起こしベットから降りると、背中に痛みを感じた。


 背中に手を伸ばしかけたとき担いでいた剣に当たった。どうやら剣を降ろさずに寝かせられたらしい。


 下の階からエリとサラの声が聞こえる。


 その声に俺は焦りを感じた。



 ——俺はどれくらいの時間寝てたんだ? あと、追いはの後始末はどうなった?



 俺は慌てて階段を下りた。降りてすぐ、振り返ったエリと目が合う。



「レイ。起きたのね。体調は大丈夫そう?」


「あらあら、おはようございます。レイさん。改めて自己紹介させてください。わたくしメルバ部隊のサラと申します。エリさんからお聞きしましたよ。レイさんもメルバの一員なんですよね。わたくし仲間が増えてとても嬉しいです! ぜひ仲良くしてくださいね。」



 サラが椅子から立ち上がって、丁寧な挨拶をする。


 ただ、彼女と目が合うとさっきみたいに倒れるまでとは言わないが頭が痛くなる。



「……はい。よろしくお願いします」


「ちょっと! 全然大丈夫そうじゃないじゃない!」



 駆け寄ってくるエリを「大丈夫」とてのひらを向けて静止させる。



「ごめんエリ、俺どれくらい寝てた? あと追いははどうなった?」


「ううん、そんなに寝てないよ。追いはもまだ何もしてない」



 俺は改めてサラの方を見る。まだなんとか頭痛を耐えられているがこれ以上近づくとまた倒れかねない。



「サラさん、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。これ以上迷惑を掛けられないので今日は帰りたいと思います。また後日お邪魔させてください」


「え? ……そうですか、それは残念です。せめてお茶の一杯でもいかがですか?」



 酷く落ち込むサラを見て心が痛む。表情豊かだなと同時に思った。



「私たち追いはの片づけをしてきますので……すみません」



 断ったのはエリだった。何故か声に苛立ちを感じるのは気のせいだろうか。



「はい、また」



 サラが近寄って来たかと思えば、急に抱き着かれた。


 挨拶の一種なのだろう。身長が同じくらいなのもあって全身が接触する。


 しかし、やはりというべきか近づかれたことによって頭痛がより強烈になる。


 意識が飛びそうになるのを必死に抑え、息を止める。


 数秒後、今度はエリにハグをしに行った。


 そして俺たちは一礼をした後、ログハウスを後にした。


 十数メートル歩いて、俺は呼吸を再開した。


 頭痛も落ち着きを見せたが、心臓が強く打ち付けて鳴りやまない。



「レイ⁉」


「大丈夫落ち着いてくれ。むしろ今が一番楽なんだ」



 俺はゆっくりと深呼吸した。


 俺の発言に首をかしげるエリに俺は更に近づくことで頭が痛くなることを説明した。しかし、サラを殺せという謎の声については一切触れなかった。



「それで倒れたのね。原因はわからないけど今なにも無いのなら安心したわ。歩けそうならダルテに戻りましょ」


「歩けるけど……なんで?」


「歩きながら話すわ」



 エリは颯爽と歩き始めた。俺は慌ててついて行く。



「追いはの処理は商会の人たちが知ってるかもってサラさんが教えてくれたの。オネストホースに行ってリッカさんに聞きましょ」


「そういう事だったのか。……それよりも、さ。エリなんか怒ってる?」



 そう聞くとエリは足を止めた。いかにもなつくり笑顔で俺の方を見る。



「何もないわ。レイが倒れちゃったせいでせっかちになってたのかも」


「う……それはすまん」


「ちょっと真に受けないでよ! 冗談よ」



 エリの言葉にさすがの俺もうなだれる。でもそんな俺を見て少しだけ笑顔を取り戻したエリを見て内心ほっとした。



「でもエリだって俺が剣を担いだままにしちゃってよ~。おかげで背中が痛いんだけど」


「ごめんなさい。あの時は慌ててたの」



 結局剣を背中にしょってもしっくりこなかったため、今度は腰の後ろ側に剣を携えた。



「そういえば何回も剣を付け直してるね」


「なんかしっくりこなくてな。うんでもこれが一番いいかも」



 オネストホースに着いて一帯の追いはを倒してきたことをリッカに報告した。



「こんな短時間で殲滅とはメルバって言うのはほんとに侮れないね」


「それで、後始末がわからなくて放置してきたんですけどどうすればいいですか?」



 エリが積極的に質問をする。



「ああ、それはうちらに任せな」


「それと、グリードハイーナを見かけなかったのですかどこにいるんですか?」



 そう言えばいなかったな……



 俺はそれに気づいたエリに感心した。



「あれ? それはおかしいね。あいつらいっつも一緒にいるはずなんだけど……。そういう時は馬を連れて行くといいよ。あ、そうだ追いはを運ぶのに馬車を使おう。お前ら! すぐ支度しな!」



 オネストホースに活気が溢れ始めているのを感じる。みんなてきぱきと動き始めた。


 俺たちは馬車に乗せてもらい、追いはを倒したところまで戻った。


 リッカ曰く、久しぶりに外に出た馬が張り切ってくれたおかげでいつもより早く着いたらしい。



「ひゃ~これは圧巻だね」



 リッカが散らばった追いはを見て感嘆の声を上げた。


 オネストホースの面々は笑顔で追いはを切っては積み荷に乗せる。



「グルルルル」



 木陰から獣のうめき声がした。皆が足を止め、声のした方を見る。


 そこには弱ったグリードハイーナがいた。


 お互い睨み合っていると限界を迎えたグリードハイーナが倒れた。


 リッカがそいつに近づく。



「こいつ死んでるよ。それにこの傷……刃物によるものだね。いったい誰が……」



 俺とエリはリッカの元まで近づき話を聞いた。



「リッカさん! 奥にたくさんの死体があります」


「え? どこだい?」



 目の前のグリードハイーナが来た方向を見ると数十メートル先でグリードハイーナの死体の山が築かれていた。



「何か嫌な予感がするね」



 三人で顔を合わせて、頷く。



「おーいお前たち周辺を警戒しとけ! 私は二人と道の外れに向かってくる!」



 リッカの呼びかけにたくましい返事が次々と返ってくる。


 そして俺たちはその死体の山の方へと歩き始めた。

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