第16話:無機質な仲間?

 結論から言うと追いはは相手にならなかった。


 ただ数が多くて時間はかかってしまったが、簡単に殲滅できた。



「これ、どうしようかしら……」



 床に散らばった追いはを見てエリが困ったように言う。


 俺自身も後始末まで考えていなかったため、頭を悩ませた。



「誰かに聞くしかないよなぁ。リッカさんのところに戻るか? ここからだと少し歩くけど」


「ちょっと待って。あそこに建物が見えるわ」



 エリが指さした先にちっぽけなログハウスがあった。家は道に隣接し、その近くに道に交差するように柵が建てられていた。


 その柵は大小さまざまな木の棒が雑に結びつけられていてとてもみすぼらしかった。


 それはともかく、俺たちがその家に行くかどうかを決めなければ。



「なんか怪しいけど、行ってみるか」



 俺が先頭に立って、ログハウスのドアの前まで行く。



「ごめんください」



 俺はドアを数回ノックして呼びかける。すると中からお淑やかな女性の声で「どうぞ」と聞こえた。



「「失礼します」」



 俺たちはドアを開け、家の中へと入った。


 中はとても簡素だった。家に備わっている最低限の設備があり、声の主であろう女性は、椅子に座って茶を嗜んでいた。



「客人とは珍しいですね」



 女性は満面の笑みを浮かべて立ち上がった。


 ゆったりとした服の上からでも隠し切れない胸部の上に彼女の長い緑色の髪が乗る。


 この世界で初めて見たかもしれないメガネを、それもまん丸なメガネをかけ直してこちらに歩み寄る。


 メガネの奥から覗く赤い虹彩。そしてその中心、瞳孔が普通の人とは違って見えた。


 かどがあるのだ。その形は円ではなくダイヤ型に近い。


 俺は引き込まれるように彼女を見ていた。



「えっと、私はエリと言います。そしてこっちはレイです。突然押しかけてすみません。ちょっと聞きたいことがありまして。……その前にここはどこか聞いてもよろしいですか?」


「あらあら、ご丁寧にどうも。ここは関所ですよー。わたくしはメルバ部隊のサラと申します。ここで門番? を任されています」


「え⁉ サラさん、メルバなんですか⁉」



 エリとサラという女性二人の会話をぼんやりと聞く。



 何も考えられない。あれ、俺は何をしようとしてたんだっけ。



 段々と意識が遠のく。



 ——頭が痛い。




 ***




 私が口をはさむ隙がないほどいつも率先して行動してくれるレイにはとても感謝している。


 それでも、今訪ねた家にいたグラマラスなお姉さんを前にして固まっているレイを見ているとモヤモヤするのはどうしてだろうか。



 男の人ってみんなそうなのかしら……。



 レイがピクリとも動かなくなったため、私がそのお姉さんと会話することにした。


 サラと名乗った女性が同じメルバの人であると聞き驚いていたその時、レイが倒れた。



「レイ! 大丈夫⁉」


「あらあら、大変ですね。二階にベッドがあるのでそこで寝かせましょうか」



 サラはレイを丁寧に抱え上げ、軽やかに二階へと上がって行った。


 私もサラの後に続く。


 二階は、一階よりも物が少なかった。というよりベッドがいくつかあるだけだった。


 サラはその一つの上にレイを寝かせた。



「うーん、どうしましょう」



 サラは人差し指を顎に当て考えるしぐさをする。



「そうだ、エリさん。レイさんが起きるまで、お茶に付き合ってもらえませんか? わたくし久々に人と会ったのでたくさんお話したいんです。エリさんが聞きたいことがあるんですよね? どうですか?」


「あの、えっと」



 サラさんは物事に動じないというか、肝が据わっているというか、人が倒れる事態に直面して態度が変わらなさ過ぎる。


 私が動揺しているのもあるが、サラに対して僅かばかりの恐怖を感じた。


 レイが頭を押さえながらうめき声をあげている。



「すみません、タオルを貸していただけませんか。それからなら……」



 サラは快くタオルと水の入った桶を貸してくれた。そして「終わったら降りてきてください」と一階へ戻って行った。


 私は頭を押さえる手をよけて濡らしたタオルをレイのおでこに載せた。


 少しだけ荒れた呼吸が落ち着いたのを確認して、私は一階へ降りる。



「お座りください。もうお茶は入ってますよ」



 そうサラに促され、大きな丸テーブルの前に座った。


 赤く透き通った液体の入ったカップを載せた皿を目の前に置いてくれた。普段からメルバ邸で飲んでいる茶と同じものに見えるし、香りからも確信する。


 前の世界での紅茶とほとんど同じなのだが、どこか違う。


 でも私にはその違いが品質によるものなのか品種の違いなのかは判らない。


 私が一口飲んだところでサラさんが話を切り出した。



「それで、聞きたいことって何ですか?」


「えっと、実は今しがたここら一帯の追いはを全部倒してきたんですけど、その後始末に困ってまして……、どうすればいいかご存じありませんか?」


「あらあら、ダルテにまだこんなに強い方がいたなんて。どこの傭兵ギルド所属ですか? 良ければより高い給料で軍に来ませんか?」



 まるで訪問販売のセールスのようにサラが詰め寄ってくる。



「あの! まず私の質問に!」



 詰め寄られ過ぎて、その迫力に押しつぶされそうになる。



「あらあら、ごめんなさい。というのもわたくしもよくわからないの。軍からとくに指令も無いので。ただ商会の方々が持ち帰っているところは見たことがありますよ。彼らに聞いてみてはいかがでしょうか」


「そうですか。こちらこそ、申し訳ありません」



 収穫なし。いや、一応ある……のかな?



 それよりも、サラの態度が気になった。どうしてどこか他人事のように聞こえるのだろう。


 なんだか段々と気まずくなってきて早く帰りたくなる。



「そ、れ、よ、り、も、わたくしの提案の方は承諾いただけますか?」



 話をそらしたつもりだったがサラは引き下がらなかった。



「サラさん、素性を明かさずにごめんなさい。実は私、私たちもサラさんと同じ軍の人間なんです。それもメルバの」



 サラの目が点になる。目をぱちくりとさせ数秒の間沈黙が流れる。



「あらあら、そうだったんですの! ミア先輩やサンク隊長は元気ですか? あ、そういえばこの前ミア先輩から新しい後輩ができたって手紙来てましたねー。あらあら、あらあら」



 サラはその喋り方とは反対にバタバタと歩き始めた。


 奥のキッチンの戸棚の前まで言ったかと思えば、戸棚から何かを探していた。



「これわたくしが作ったんですが、口に合えばいいんですけど」



 サラがそういって差し出したのは、クッキーだった。



「えっと、ありがとうございます?」



 唐突のこと過ぎで、どうすればいいのか分からない。



「いつかあの家に帰って会いたいと思ってたんですけど、まさかあなた達の方から来てくださるだなんてなんて言っていいか……ほんと嬉しいです」



 そんな大げさな。——なんて言えることもできず、茶を啜った。



「メルバが国内の問題に取り組むなんて珍しいですね。隊長たちから与えられた任務ですか?」


「任務?」


「はいそうです」



 サラがクッキーをかじる。


 彼女と話し始めてから感じたモヤモヤの原因が分かった。


 私は苛立っていたのだ。彼女の無関心さに。寂れ行くダルテに見向きもしない態度に。



「任務……じゃないですよ。確かにダルテに来た理由は任務だからです。でもあの街の人たちを見て何もしないのはおかしいです! サラさんもメルバの一員なら人より力があるはずですよね⁉ どうして何もしないんですか‼」



 激昂して叫んでしまった。しかし、サラの態度は変わらず淡白なものだった。



「任務外ですので」


「……っ‼」



 絶句した。恐らく彼女は悪気が無いのだろう。



 ——でも、でも、これじゃあ本当にじゃない!



 サンクが初めて会った時に言っていたことを思い出した。


 この問答に気まずさも感じないのか、サラはずっとニコニコと笑っていた。


 その顔がとても怖かった。

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