第14話:かつて栄えた街

 長い橋を越え暫く歩くと、ダルテと思わしき大きな街にたどり着いた。


 "思わしき"なんて言うのは、商業が盛んな街と聞いていた割には人がまったくいないからだ。


 人がごった返す代わりに、組織を表す模様を入れた旗の数々が空ではためいていた。



「この前の祭りが夢に思えるくらい人がいないわね」



 エリが俺と全く同じ感想を口にした。



「ひ、ひとまず用事を済ませよう」



 俺たちはメモを見ながら、目的の店へと向かった。


 その店のドアを開けるとガランガランとベルの音が出迎える。


 静かな店内から、数々の目線が俺たちに睨みを浴びせた。


 テーブルに座っている男たちを横切り、奥のカウンターにいる一際ガタイの良いスキンヘッドの男に話しかける。



「貴方がここのオーナーですか?」


「どうしてそう思う?」



 わざとらしいため息をつき、スキンヘッドの男は俺を見下ろした。



「どうしても何も、そこにいるからですけど。……違うならオーナーを呼んでもらえませんか。ミアという名前で頼んである品物を受け取りたいのですが」



 スキンヘッドの男の言葉の意味が分からず、俺は首をかしげる。


 懐からミアに貰ったお金の入った袋を目の前の男に渡した。


 男は袋を強引に奪い取り、その中身を食い入るように見る。



「んほほ」



 奇妙な笑い声をあげ、スキンヘッドの男は奥の部屋に隠れてしまった。


 その男の行動は終始理解不能だった。はっきり言って気持ち悪さを感じる。


 俺の横でエリも引きつった笑みを浮かべていた。


 すると、カウンターの奥で激しい怒鳴り声が聞こえた。



「ミア~? 今回は珍しくすぐ来たね……って、あれ君たちは?」



 奥の部屋から男の代わりに勝気そうな女性が出てきた。淡い緑のつなぎを上半身部分を脱ぎ、袖を腰で結んでいる。白のタンクトップがあらわになり少しぼさぼさの赤髪とコントラストを成していた。


 そして左手に俺が先ほど男に渡した袋を持っている。


 当のスキンヘッドの男はというと、半分気絶した状態でその女性に引きずられていた。


 その頭には大きなタンコブができていた。



「えっと、俺はメルバのレイと言います。そしてこっちが同じくエリ。ミアさんに頼まれてここでモノを買いに来ました」


「あらあら、ご丁寧にどうも。つーことはあんたらミアの後輩かな? 私はここ、オネストホースの二代目オーナー、リッカだ」



 リッカという女性はモノを掴んだ両手を腰に当てて、ニッと大きな笑顔であいさつをした。


 そして次の瞬間、彼女はとても丁寧なお辞儀をした。



「先ほどはうちのモンが失礼なことをした。大変申し訳ない」



 突然の謝罪の言葉に呆気にとられる。


 目線を少し下げるとリッカの頭頂部が、その奥にはみ出る大きな二つの山があり、二つの山は大きさのあまりカウンターに少し押しつぶされていた。


 気づいたら目が釘付けになっていた。エリに横腹を小突かれ目線を前に戻す。


 おかげで変な声が漏れた。



「す、すみません。俺が言うのもなんですが何があったんです?」



 俺の言葉にリッカは顔をあげ、苦悶とした表情を見せた。



「実はこいつ、あんたらの金をそのまま盗もうとしやがったんだ。大方、大金に目がくらんだんだろう。本当に申し訳ない」


「でもネーサン、こいつら軍の人間ですよ」



 リッカはいつの間に立ち上がっていたスキンヘッドの男の頭を叩きつけ、男にお辞儀の姿勢を取らせた。



「たとえ軍でもメルバは違うっていつも言ってるだろ‼」



 リッカは右手で頭を押さえ、大きなため息をついた。



「すまない、うちは信用を最も大事にしてるんだ。だから今回みたいなことは許せなくてな」


「そ、そう何度も謝らないでください。結果何事も無かったんですし、私たちは別に怒ったりしていませんから」



 怒りで慌ただしくなっているリッカをエリは何とか場を治めようと言葉をかけた。


 ハッとしたリッカは袋をカウンターに置き、その口を開けた。



「そう言ってくれると助かるよ。オーケー、金額を確認したらすぐに注文の品を持ってくるから」



 リッカは無造作に左手を袋の中に突っ込み幾らかの金貨を取り出し、器用に硬化のタワーを成形して積み上げる。


 それは速く、正確な動作だった。


 きっかり十枚ずつの硬化のタワーが二十個。計二百枚の金貨が並べられた。



「うん、ぴったしだね。よっこらしょっと、ちょっと待っててね」



 リッカはこれまた素早く金貨を袋に戻し、袋を手にして奥の部屋に向かった。


 そして数秒もかからずに戻って来た。リッカの肩に鞘に収まった剣と杖が担がれている。


 それらはカウンターにそっと並べられた。



「ほい、大事に使ってくれよ」



 ミアが俺たちにお使いをさせた理由が分かった。


 俺たちの新しい武器を一番初めに手に取ってほしかったのだろう。これは見事なサプライズだ。


 俺は高揚感を隠せないまま剣を持ち、全体から細部までまじまじと見つめる。


 鞘から取り出した刀剣は、諸刃で灰色の刀身をしていた。鍔は刀身よりも幅が小さく細かな意匠が彫られている。


 何より特徴的なのは剣の大きさだ。


 あの時、人型の化物をたとした時に使ったコッテコテの装飾だった剣よりも、兵士が携えているありふれた剣よりも一回り小さいのだ。


 それにも関わらず、その二つよりも遥かに重い。下手したら倍以上の重さだ。


 一通り剣を見た後でエリの方を見ると、驚きと困惑の入り混じった表情で、杖を手に持って見回していた。


 その杖はいたってシンプルだった。材質は色合いを見るに木材だろう。先端に向かうにつれ少しずつ細くなっており、ところどころに透明な水色の線が織り交ぜられていた。



「これ、私の杖?」


「あれ、ミアから何も聞いてない? 後輩ができたからってオーダーメイドで注文が来たんだけど」



 エリの不意に出た言葉にリッカは嬉しそうに答えた。


 ただ反対に、この店にいる他の人たちは暗い表情を浮かべている……気がした。



「それではリッカさん、ありがとうございました」


「ありがとうございました」


「ああ! ミアによろしくな!」



 俺とエリはリッカに礼をしてオネストホースの店を出た。


 外は相変わらず人が見えない。



「エリ、ちょっといいか?」


「何よ急に」



 俺はウキウキで帰ろうとするエリを呼び止め、すぐ近くの路地へ入った。



「なあ、さっきの人たち何か変じゃなかったか?」


「ほんとにどうしたの? んー、確かにあの坊主の人にはカチンときたけど、リッカさんはいい人だったじゃない」


「いや、聞き方が悪かった。この街に来てから思ってたけど、なんか人に活気がないというか、あの男だってなんであんなことしたのかなって」



 今になって振り返れば、『何か困っているんじゃないか』と言いたかっただけなのだが、この時はうまく言葉にできなかった。


 しかし幸いなことに、このもどかしさをエリが汲み取ってくれた。



「つまり、リッカさんたちは何か困っていること?」


「そう」



 そして俺は店の前で盗み聞きをすることを提案した。リッカの性格を考えて俺たちには何も話してくれないだろうと踏んでだ。


 了承したエリは「なんか罪悪感があるわね」なんて言って俺と一緒にドアの前で耳を立てていた。


 タイミングよく、またエリの大声が聞こえる。



「おいベーリィ、なんでさっき市販品を渡そうとした。彼らが素人だからって気づかないとでも思ったのか」


「……くっ、でも姉御! これ以上は限界です! モノも人も何もかも足りません! さっきのお金だって何日持つか……」


「そんなことはわかってる‼ でもお前がやったことは信頼の切り売りだ、そのやり方じゃあ結局最後は破滅する。なんでオネストホースが信用を第一にしているか今一度考えなおせ……」


「ちょっと!」


 俺は会話がひと段落ついたであろうタイミングで再び店に入った。


 リッカ達オネストホースの面々は一同俺の方を見る。



「あんた、いつから……」


「ほとんど始めから。今の話、詳しく聞かせてください。俺たちに手伝えることはありませんか」

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