第13話:相棒


「今日は訓練を中止して、二人にお使いに行ってもらいたいの」



 ミアは魔法の訓練が始まる時間に突然こんなことを言い始めた。



「今から、ですか?」



 俺は呆れながら彼女を見ていると、ミアは手を合わせて「てへっ」と言わんばかりに舌を少し出した。



「実はさっき手紙が届いてね。注文していたものができたみたいだから、それを取りに行ってほしいの」



 こんな軽い頼み事でも、形式上は上司命令だ。もっとも、お互いにそんなことは考えていないが。


 俺とエリはブーブー文句を言いながらも、支度をしてすぐに出発した。



「二人で向かわせるなんて、重たいものでも頼んだのかしら」



 今回の目的地は、デシラスからさらに東にあるダルテという商業が盛んの街らしい。直接ダルテへ行くには人が通れる程度の橋を渡るしかなく、車はデシラスまでしか使えない。


 ミアからもらったメモにはダルテにある受取先の店の名前と住所が書いてあった。


 ミアが言うには、店のオーナーにミアの名前とお金を渡せば、品物を受け取れるらしい。


 俺も思う。ミアはいったい何を頼んだのだろう。彼女の性格を考えたらサプライズがあってもおかしくはない。


 そう考えると、少しだけワクワクした。


 車を走らせて一時間くらいで、デシラスに到着した。

 クルマを軍の基地の裏手に止め、基地の中に入る。


 小さな基地の中には甲冑を脱いだ兵士らしき人が一人しかいなかった。


 何もすることがないのか、うつらうつらと眠たそうにしている。


 軽く挨拶をし、事情を話して車の面倒を見てもらうことにした。



 景色を眺めながら、町を横断する。空を仰がなくても相変わらず大きな教会が見える。


 デシラスは国一番の広さを持つ町らしいが、その七割以上は畑であるため住人はそれほど多くない。


 大人たちは畑仕事に勤しみ、数人の子供たちがはしゃぎ笑う声が響き渡っている。


 教会の前を通ったとき、セミロングでブロンドヘアの女性が通り過ぎる。


 その女性はこちらに気づいたのか、振り返って近寄って来た。



「最近よく会いますね。本日はいかがなされましたか?」



 声をかけられた瞬間、誰かと思ったがその女性の目元を見て彼女がフィアンカだと認識した。


 相も変わらず目元を白い帯で隠し、暑そうに額の汗を腕で拭っている。彼女の髪は汗で少し乱れていた。


 フィアンカに気づかなかったのは、彼女の格好のせいだろう。彼女はいつもの修道服ではなく、白い長シャツに深緑色の肩ひもがついたズボンを穿いていた。いかにも農作業をする姿だ。



「あ、あぁ。こんにちはフィアンカ」


「はい、こんにちは。そちらの方は?」


「えっと、こっちはエリ。同じチームの仲間だ。んでエリ、こちらはフィアンカ。司祭様でほら、葬式や祭りで真ん中で話してた人」



 俺が間に入って二人どうしを紹介する。二人はそれぞれ挨拶を交わした。


 どことなくエリの方がぎこちなく見えたと思った瞬間、エリが俺の肩を掴み二人でフィアンカを背にする。



「ちょっと何あれ! 今まで遠目でしか見たことなかったからわからなかったけど、なんで目隠してるの⁉」


「俺も知らないよ」


「じゃあなんで平然としてるのよ!」



 エリは耳元で聞いてくるが、片手でも隠し切れない声量で耳が痛くなる。


 フィアンカが「聞こえてますよ」と言ったとたん、エリはばねのように跳ね上がった。



「怒っていませんよ、それが普通の反応ですから。むしろ何も聞かないレイさんがおかしいくらいです」



 フィアンカはクスクスとエリの反応に笑って言った。その言葉にエリは胸に手を当て、ほっと一息ついた。



「あまり詳細には話せないのですが、これは自ら課した戒めのようなものです」


「その、フィアンカさんは目隠ししたまま生活できるんですか?」



 エリはフィアンカの話をさえぎって質問をした。



「できますよ。目で見えなくても人や物の存在がぼんやりとわかるんです。人それぞれ特有の雰囲気があるので、今こうしてレイさんやエリさんを区別することもできます。もちろん声でも」



 フィアンカは終始笑顔で話していた。俺には彼女が今さっき言っていた戒めを課されるほどの人物とは到底思えなかった。



「あ、あとフィアンカでいいですよ。それかフィアとおよびください。あなた達と同じくらいの年でしょうから」


「そんなことまでわかるの⁉ じゃあ私もエリでいいわよ。よろしくね! フィア」



 エリとフィアンカが互いに名前呼びになった瞬間、女子二人の間が賑やかになった。


 和気あいあいとしている二人を微笑ましく見ていたが、ミアに頼まれた用事を思い出した。



「二人とも離しているところ悪いんだけど。エリ、そろそろダルテに行かないと」


「おや、ダルテに向かう途中でしたか。お邪魔してすみませんでした。私もそろそろ戻らないと」



 フィアンカは一歩下がり、一礼した。


「じゃあ、また」


「またね、フィア」


「ええ、二人ともお気を付けて」



 フィアンカの見送りのもと、俺たちは教会を通り過ぎやがてデシラスの東端へと来た。


 目の前には川幅が数百メートルはあるだろう川が待ち構えていた。

 大きな川を断つようにかかっているくすんだ石橋は、遠目で見ると折れてしまいそうなほど心許なく感じる。


 町の端ともなると賑わいこそないものの、川の近くには一つ大きな宿舎と馬小屋があり、その間には荷車が数台並んでいた。


 そして橋の下には数隻の小舟があった。


 恐らく、川を超えるとき荷物を船で運んだ後、馬を含め馬車を変えて再び運ぶのだろう。


 ただ答え合わせをできることはできなかった。たまたまと言っていいのかはわからないが、人っ子一人いないのは不自然だ。


 橋を目の前にすると、手すりが無く、三人くらいは並んで歩ける幅があるとわかった。



「ちょっとこの橋怖くない?」



 橋を渡り始め天辺に差し掛かったころ、エリが言った。


 先頭を歩いていた俺は振り返って彼女を見ると、生まれたての小鹿のように足を震わせていた。



「もう何度も戦ってきて、今更高いところが怖いのか?」



 俺は呆れながらエリの元まで歩いた。



「それは! そうなんだけど。どうしよう、足がいう事を聞かないの」



 震えていた足か、はたまたエリの精神に限界が来たのか、とうとうエリはその場で座り込んだ。



 先日の人型の化物との戦い以来、エリの才能にそれなりの尊敬を持っていたが、目の前のエリを見ていると何の変哲もない一人の少女にしか見えなかった。



「ほら、手だして」



 俺はエリに向かって右手を差し出した。


 俯いていたエリは顔をあげ、差し出した手を見つめる。ゆっくりと怯えた手つきで右手を伸ばした。


 じれったくなった俺は右手をさらに前に突き出し、差し出された手を掴みエリを引っ張り上げる。



「さっさと渡るぞ」



 右手だけをエリにあげて、俺は前を向き直してゆっくりと歩いた。


 始めは互いにペースが合っていたが、エリが時々止まるせいで右手が離れそうになる。

 その時は俺も立ち止まってエリが再び歩きだすのを待つ。



「レイはさ。フィアと仲いいんだね」



 少しぶっきらぼうなエリの声がした。



「そうか? さっきの二人の方が仲良さそうに見えたけど」


「そうよ。いつの間に女の子と知り合っちゃって」



 またエリが立ち止まってつないだ手が離れそうになる。互いの人差し指と中指だけがかろうじて二人を繋いでいた。



「最初に会ったのはそれこそあの葬式の日だな。エリがボッツさんの子供と遊び出すって飛び出した後」


「もう、そういう事を聞いてるんじゃないの!」



 何故か機嫌が悪いエリに俺は困惑した。こういう時何を言うべきか、気の利いた言葉を俺は持ち合わせてなかった。


 そこでふと俺が今言葉にした当時のことを思い出した。



「でもあの時のエリには本当に感謝してるよ。あの時エリが気を利かせてくれたから、俺は今こうしていられてる」



 俺は一足先に橋を渡り終え、対岸にたどり着いた。


 ゆっくりと振り返ってエリに笑って見せる。



「レイ……」



 エリは突然ぼーっとし始める。



「おーい、大丈夫か?」



 心配になった俺は左手で彼女に向かって手を振った。



「大丈夫。何でもないよ」



 エリは離れかけていた右手どうしを繋ぎ直し、俺の目の前に飛び込んだ。


 そしてなぜか、顔をあげて笑い始めた。

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