第12話:グランド・バザール

 こんな晴れ晴れしい気分は久しぶりなのではないのか。


 赤い屋根が並んだ住宅街の隣、人の賑わう音と空に飛び交う色とりどりのアーチが童心に帰ったような気分にさせる。


 二人で空を仰ぎながら歓声を上げる。



「うわー、すごいね! あ、屋台もあるみたい。行ってみましょ」



 俺の腕を引っ張ってエリが向かった先の屋台では、ちょうどおっちゃんが客に半分が紙で包まれたホットドックと黄金色の炭酸水を手渡していた。あれはどう見てもこれはビールだ。


 屋台のおっちゃんがらっしゃいと、元気よく挨拶をする。



「おじさん!ホットドック二つください」



 エリは麻袋から銀色の硬化を二つ取り出し、屋台のおっちゃんに渡した。


 硬化には麦の模様が彫られているが、確か上から二つ、三つくらい価値のある高価だったはずだ。


 何分使う機会が無くて忘れかけていた。



「はい、レイにもあげる」


「え?」



 エリが両手に持ったホットドックの右手の方を俺に差し出した。



「あ、あぁ、お金払うよ」


「いいのいいの。その代わり、レイが食べたいのがあったら二つ買って一つ私に頂戴」



 俺が腰に携えた麻袋に手を伸ばそうとすると、エリは首を横に振って止める。



「あ、もしかしてビールの方が良かった?」


「いや、そもそも飲める歳でもないし、……多分」



 エリは申し訳なさそうに一度腕を引っ込めたが、俺は構わずそのホットドックをひょいと取り上げる。


 敵国の宿主と戦って以来、自分の記憶らしい記憶を思い出せていなかった。

 まったく焦っていないこともないが、今の生活に満足している自分がいて、少し複雑な気持ちだ。


 貰ったホットドックは食べるのに丁度良いくらいの温かさだった。


 一口で口いっぱいに頬張る。


 弾力のあるソーセージに絡んだケチャップとマスタードがパンと合わさり、しょっぱすぎず薄すぎずいい塩梅な味加減だった。

 後から舌に乗るしっとりとしたみじん切りの玉ねぎとピクルスが、味と食感の良いアクセントになっている。



「うん、おいしい」



 口に入れたホットドックを呑み込んで出た感想は、何とも単純でありきたりな感想だろうか。だが、それくらい美味しかった。



「あ、ずるい!」



 そんな俺を見て、エリも続いてホットドックを食べる。

 そして同じく「おいしい」という感想を言った。



「ほらほら、行くわよ。全部の魔法見ないと損だわ」


「はいはい」



 目の前ではしゃぐエリを見ていると、なんだか保護者目線になった気分だ。


 祭りはまるで屋外サーカスの展示場の様だった。


 人形とまったく同じダンスをする人、筒から立ち上る真っ白な煙を自在に操る人、果物を瞬間移動させる人などなど。

 そして高台で花火のようなものを打ち上げる人。恐らく街に来てすぐ見えた色とりどりのアーチを出していたのはあの人だろう。


 共通しているのは、皆独自の杖を持って、指揮者のように杖を振っていることだ。

 俺の知っている魔法と違うのか?魔法を出すための材料はもしかしなくても杖なのかなんて考える。


 そして今、エリがのめりこむほど見ているのが、シャボン玉を舞わせている人だ。

 きっと、エリが扱う水の魔法と系統が似ているのだろう。シャボン玉を操っている人と直接何かを話していた。そして、メモ帳とペンを取り出して何かを書き込んでいた。


 シャボン玉を操る魔法を使っていた人は、エリの前に1つシャボン玉を近づけた。そしてシャボン玉から水色の糸がするすると伸びる。


 どうやらシャボン玉ではなく水玉だったようだ。


 その水の糸は螺旋を描き砂時計のような輪郭を形成した。


 見事な魔法さばきにエリは目を輝かせて拍手をする。



「いや~、楽しかった。私、お腹すいたわ」


「さっき、食べたばっかりだろ」


「うるさいわね~、なんか見入っちゃって集中してたの」



 近くにあった簡易的なベンチに座って、他愛のない会話をする。

 恐らく会場の全体の三分の一くらい見たはずだ。


 街の真ん中に大きなステージがあり、その壇上で誰かがスピーチを始めた。



「ねえ、あの人って葬儀の時にいなかった?」



 同じところを見ていたエリがその人を指さす。


 目を凝らすと、喋っていたのはなんとフィアンカだった。今回は葬儀の時と違って祝詞を言っているのだろうが、彼女も大変だなと思った。



「それよりもなんか買ってきてよ。今度はレイの番」



 エリは足をばたつかせて言う。


 俺は立ち上がって、店が並んでいる通りに向かった。


 屋台というのもあって、手軽な料理が多かった。



「すみません、このおっきいサイズの二つ」


「あいよ、まいど」



 俺が選んだのはフライドポテトだ。右隣にある肉が詰まったサンドウィッチも魅力的だったが、最初に食べたホットドックと系統がかぶったので断念した。



「あれこんなにもらっていいの?」


「おう、サービスしといたよ」


 ギリギリ片手で持てそうなほど紙袋に入ったポテトを受け取ってふと左隣の屋台に目が向く。


 どうやらビールとはまた別のお酒が売っているようだった。

 その紫色から察するに、ワインなのだろうか?


 前いた世界でお酒を飲んでいたかがどうかは知らないが、なんだか興味がわいてきた。


 屋台の目の前でじっとそれを見ていると店員のお兄さんに語り掛けられる。



「これに目をつけるなんてお目が高いね、兄ちゃん。ひとつどうだい?」


「これは何の飲み物なんですか?」


「ああ、これはね。隣国のぶどう酒だよ。うまいよ~」



 俺は目を瞑って、唸る。



「お酒って何歳から飲めるんですか?」


「そりゃあ十六よ。まさか兄ちゃん、未成年?」


「いえ違います!一つください」



 好奇心には勝てなかった。下手したら年齢詐称かもしれないが、自分の背格好を信じることにした。


 エリの元まで戻る途中で思わぬ人物と出会った。



「レイさん、またお会いしましたね」



 さっきまで壇上で話していたはずのフィアンカが、屋台通りを歩いていたのだ。


 正装ではなかったが、いつものように目を隠しているのにもかかわらず俺を認識している。



「フィアンカさん、どうしてここに?さっきまで壇上にいたはずじゃ」



 フィアンカは少し照れ臭そうにする。



「ああ、お祭りの挨拶、聞いてらしたんですね。立場が立場なだけにああいう仕事が多いんですよね」



 そして、次は俺の手のほうに顔を向けて驚いた顔を見せる。



「手に持っているのはお酒ですか?あなたもお酒を嗜むんですね」


「えっと、実は初めて買ったんだ。勢いというか、衝動にかられたというか」


「ふふふ、別に責めているわけではないですよ。今日は年に一度の大祭です。楽しむ時間はみな平等に与えられていますから」



 声がだんだん小さくなる俺を、彼女は口元に指を近づけて笑った。



「あ、でもお酒の飲みすぎには気を付けてくださいね。では、私はこれで」


「おう、また」



 彼女は一礼をした後、すれ違うようにして去って行った。


 俺は彼女の背中を少しだけ見ていた。

 人々は誰も彼女の存在に気づかず、あっという間に人混みに紛れていった。



 そういえば、彼女、どうして一人だったんだ?



 彼女が司祭というからには付き添いの一人や二人いるかと思ったが、身の危険はないのだろうかと心配したりもしたが、俺はひとまずエリの元へ戻ることにした。



「その手に持ってるの、お酒?買ったの?」



 開口一番、エリは手元にある酒を見て心底呆れたように言った。



「別にいいだろ、エリには別の飲み物買って来たから。食べ物も、はい」



 道中で買った果実汁とフライドポテトを渡した。



「こんなにいっぱい、私をどういう風に見てるわけ?」


「違う違う、決して食いしん坊って言いたいわけじゃないって。店員さんがサービスしてくれたんだよ」


「ふーん」



 俺のことを怪しみつつも、フライドポテトが入った紙袋から一つ二つとつまむ。

 意識か無意識かその手が止まらなくなっている。



「なんだ、こんなところに居たのか二人とも」


「あ、サンクさん、それにミア姉」



 俺がポテトを食べ始めたところで、ミアとサンクと出会った。



「あ、おいしそうなのもってんじゃーん。一つちょうだい」



 ミアが俺の分の紙袋からポテトを一つつまんだ。



「お、手に持ってるのラーナのぶどう酒じゃないか。レイも酒を飲むって言ってくれれば家でも用意させたのに。どうだ、今度一緒に飲まないか」



 サンクが笑顔で俺の肩に腕を乗せる。



「いえ、実は興味本位で買ってしまって…… 飲むのはこれが初めてなんです」


「ほほう」



 俺はジョッキを口に近づけて、酒を飲もうと試みる。


 仄かに果実の爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。

 合わせて、アルコール特有の花に突き刺さるような匂いがすると途端に気分が悪くなった。



「サンクさんあげます。俺にはまだ早かったみたいです」



 鼻を腕で覆い隠し、酒の入ったジョッキをサンクに渡した。


 サンクは爆笑しながらお酒を受け取ってくれた。



「それはそうと、どうだ? 何か参考になったか?」


「私と同じ水の魔法を使う人がいたんですけど、すごく繊細に水を操ってました!」



 サンクの問いかけにエリはメモ帳を見ながら答えた。



「そういえばここにいる人達みんな、杖を持って魔法を使っていたんですけど、話に聞いたことと違いませんか?確かに魔法と言えば杖っていうのは定番ですけど」


「ふふ、気づいた?」



 ミアは意味ありげな笑みを浮かべる。



「実はそれぞれの人に合った杖があると、材料を燃やさずに魔法が使えるの。まあ、そんな都合がいい話は無くて、材料が希少だったり、魔法の出力が小さくなったり不便なところもあるんだけどね」



 ミアの講義が始まる。魔法の話をするときのミアはどこか楽しそうだった。

 魔法が好きだということが見て取れる。



「それで、どこまで見てきた?」


「うーん、入り口からここまで来たので三分の一くらいですかね」


「なら行った行った!全部見てくるまで帰っちゃだめだからね」



 ミアが俺とエリの背中をぐいぐいと押す。


 少しだけ疲れていた俺は「うへー」と言いながら、なすがままに押される。


 俺とは正反対に、エリは高揚して浮足立っていた。



「そうね、レイ早く行きましょ」



 こうして、この祭りで披露されている魔法をすべて見て回った。


 なんだかんだ、最後まで楽しめたと思う。


 その理由はきっと目の前にある笑顔のおかげかもしれない。

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