第11話:ザ・スター

 人を押し上げる舞台、浴びせられるスポットライト、観客席から湧き上がる歓声。


 まさに、人々の注目を集める星のようだ。


 俺は今、そんな"舞台"にいる。


 世界が俺を求めている。



 ——はずだった。



「お前らと来たらよぉ…… 何日も同じ屋根の下で暮らしているってぇのに俺を知らないとはどういう事だ! あぁ⁉」



 俺、ザ・スターは怒りに震えていた。



「「ごめんなさい」」



 新人二人は、本当に申し訳なさそうに深々と頭を下げる。そんな態度を見てしまっては許すほかないだろう。


 その横で、俺の部隊のリーダーであるサンクがゲラゲラと笑っている。



 こっちはこっちで……、リーダーとあろうものが、組織をまとめ上げる気がないんじゃないか⁉



 サンクが良い奴であるのは重々承知しているが、こんなひどい仕打ちはない。



「わかったか二人とも!俺の名前は、ザ・スター。スター様と呼んでいいぞ」


「よろしくお願いします。スター


 こんにゃろう、いつか絶対様付で呼ばせてやる。



 俺が言った傍からさん付けで呼ぶ新人の男にそう誓うのだった。


 ちなみに俺は未だかつて様をつけて呼ばれたことがない。



「だってしょうがないだろう。食事も風呂も何もかもが入れ違えになってるんだから」


「俺は"スター"だからな。時間には縛られないんだ」



 俺は堂々と主張する。

 しかし新人の後ろでミアが呆れた顔をしていた。



「それに稽古だって一人で黙々とやって一緒にやる気がないじゃないか」


「ほ、星は夜に輝くからな。つまり、そういう事だ」


「スターはいつもこんな調子なんだ」



 サンクが新人に変なことを吹き込んでいたので、咳払いをする。



「それで? 今日はこんな時間に出かけるなんて、珍しいじゃない」



 ミアがおもむろに聞いてきた。


 おかげで忘れかけていた用事を思い出す。


「ん?あぁ。はぁ、研究所に呼ばれたんだよ。今から行くんだ」



 あの真っ白な建物を思い出して憂鬱な気分になり、ため息が出る。


 いっそ忘れたままの方が、今日一日を楽しめたかもしれないというのに。



 でもまっ、これが"スター"ゆえの定めってやつだな



 俺はふふんと笑った。



「そうか、じゃあまた後でな」


「研究所って?」



 サンクが別れを告げたかと思えば、新人の女の方が何やら聞いてきた。



「あの白い建物だよ。二人が目覚めた場所」



 サンクが答え、あぁと返す新人二人。


 俺はあばよと告げ、人差し指と中指だけを伸ばした右手を頭の近くで振った。


 誰も俺を見ていなかったが。



 ふっ、まあいいさ。星は常に輝けど、いつも見えるわけじゃないからな。




 ***




 メルバ邸の日常は、さながら農家と言って差し支えない。


 豊かだったらしいメデルでも戦争が始まって食糧難に直面している。

 サンクが言うには、過去に大規模の農園が侵略されたかららしい。


 朝の稽古の後、四人、いや五人?で屋敷よりも数倍広い畑で野菜を栽培している。


 宿主として体が丈夫に作られているとはいえ、毎日の農作業はさすがに腰を痛める。


 そして今日は、蛙も池に潜り続けそうなほど暑い日だった。



「あづぃ~」



 普段の高めの声からは想像できないほどエリがうなだれた声を発しながら俯いていた。



「自分の能力で水をかぶればいいだろ」


「まだ力の制御ができなくて野菜ごと吹き飛ばしてしまうわ」



 エリはジョウロで作物下の土に一つ一つ丁寧に水をかける。


 俺は水を汲んだ二つのバケツを括り付けた竿を担いで、エリの後ろを歩いていた。


 柵が取り付けられている目の前の作物からは、青と赤の混じった果実がたくさん実っていた。



「トマトもそろそろ収穫できそうね。最初は大変だったけど、自分で育てた野菜を見ると愛着がわくってものだわ」



 エリは一つのトマトを優しく撫でた。



「でも、俺たちが来た時にはもうそこそこ育ってたじゃないか」


「はいそこ、余計なこと言わない。気分が台無しじゃない」


「はいはい」



 エリにビシッと指をさされる。


 体は動けど、どうも手際が悪いんじゃないかと二人で話し合っていると、どうやらエリが元いた世界ではそもそも水やりを頻繁に行っていないとのことだった。



「みんな、休憩にしましょ」



 遠くでミアが呼びかける。


 俺はエリを先に帰らせ、倉庫に向かった。

 道具をしまい、邸宅に戻るとミアがタオルを渡してくれた。



「今日は異常に暑かったわね。熱中症だけは気を付けてよ」


「み、水」


 近くにあった水差しとコップを手に取り、コップに水を注いではすぐにあおった。


 体中に染み渡る心地よさから、思わず息が漏れる。



「ちょっとタオル濡らしてきます」


「いってらっしゃーい」



 近くの汲み置きの水どこだったかな……



 ふらふらと廊下を歩き、それらしい記憶を引っ張ってきててきとうな扉を開く。



「きゃっ⁉」



 幻覚だろうか、目の前には白い下着だけを身につけたエリが上の方を脱ぎ掛けている途中で静止している。下着に引っ張られて胸の大きさが強調されていた。


 目下にはたっぷりの水が入った桶。


 俺はたぎるものを抑えながら、頭を真っ白にしてしゃがみ、柄杓ですくった水をタオルにかける。



「さっさと出ていきなさいよっ!!」


「ぐえっ」


 エリの素足に蹴飛ばされ、部屋の外の壁に転がり打ち付けられる。


 不運にも後頭部をぶつけ、数秒意識がもうろうとした。


 持っていたタオルを部屋に置いてきたせいで手持ち無沙汰になった俺はしょうがなくミアの元へ戻る。



「すごい音してたけど、どうしたの?」


「いえ、何もないです」



 ミアは不思議そうな顔をしていたが、俺から答えてしまうと後が怖いと思った俺は、誤魔化すほかなかった。


 暫くして、濡れた髪の上にタオルをかぶせながら、ホールに戻って来た。


 俺を見つけるなり、すごい形相で睨みつけてきた。

 何も喋ってないよな?何も言うなよと、目で訴えてくる。



「ははーん」



 ミアは何を悟ったのか、ニヤニヤとし始める。



「エリちゃん、恥ずかしがらなくても、スタイル良いんだから堂々とすればいいのに」


「なっ、ちょっとレイ! もしかしてミアねえに言った⁉」


「ちょっとまて、言ってない! 言ってないから、水の塊で吹き飛ばそうとしないで!」



 弁明虚しく、エリの顔はより険しくなっていく。



「あら、私は家の中で危ない事なんてしないわ。もう一回蹴り飛ばしてあげるから、じっとしてなさい」


「ちょ、ほんとに言ってないんだってば」



 俺はホールの中で追いかけ回される。


 そんな時、今までどこにいたのかサンクがここに来た。



「またお前らは。仲がいいのは結構だが、一回止まって話を聞いてくれ」



 呆れるあまり、サンクは頭を抱える。


 エリもサンクの言葉でようやく、追いかけるのを止めてくれた。



「実は今日、ここから南にある町で祭りが開催されるんだ。よかったら行ってきたらどうだ」


「あぁ、もうそんな時期なのね」



 サンクの言葉にミアが応える。



「祭り、ですか。いつ敵国が攻めてくるかわからない状況でここを離れて大丈夫なんですか?」


「確かに、ここ最近相手の動きが無いのは不穏だな。けどそれ以上にお前ら二人のためになると思ってな」


 俺たちのため?



 その疑問にはミアが答えた。



「あそこの祭りは毎年すごいのよ。腕に磨きをかけた魔法使いたちが、その美しさを競うの」



 ミアは少しうっとりとしているように見えた。



「魔法が戦いに向かないっていうのは前に言ったと思うけど、その理由の一つに魔法は芸術のために発展してきたっていうところもあるの。メデルが豊かだった頃の名残ね。」



 思わぬうんちくに俺とエリは「へぇ~」と声に出していた。


 ともかく、魔法の祭典ということは分かった。



「これからの魔法の訓練の良いモチベーションになるわよ、レイ」


「なんで名指しなんですか」


「あなた、魔法の訓練のときほとんど真顔じゃない。もしかして自分で気づいてない?」



 いい加減、思っていることが顔に出ることを指摘されるのが辛くなってくる。



「それじゃあ、横で笑っている最近魔法が使えるようになったエリちゃんと、二人で行ってらっしゃい」



 俺のことを鼻で笑っていたエリの顔が驚きに変わる。



「今のは、ミアねえと一緒に行く流れだったじゃない! なんで二人っきりで行かせようとするの⁉」


「えー? わかってるくせにー」



 なにやら女子二人で盛り上がり始める。


 こういう時は大体拒否権は無いので、さっさと準備することにした。


 いつもの車の前で待っていると、間もなくしてエリがやって来た。



「ミアねえとサンクさんは後から来るんだって」



 変な勘違いしてバカみたいとエリはため息をついた。


 そんな話をよりも俺は先ほどの事故について謝罪しなければという気持ちに駆られていた。

 


「さっきはすまなかった。完全に俺の不注意だった」


「もういいから! むしろ一刻も早く忘れなさい!」



 エリは顔を赤くしたかと思えば、さっさと助手席に乗り込んだ。



 これは、俺が運転しろってことか……



 そして、俺たちは出発した。


 太陽はまだ天辺まで昇っていない。

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