第9話:紫電

 黒い化物の姿かたちは、オオカミだけではなかった。


 コウモリ、ヘビ、シカやリスまでも、肉食草食関係なく様々な動物がいた。



「"脱兎のごとく"」



 化物達が進軍してくるにもかかわらず、森の奥から顔を出したかと思えば、真っ二つに切り裂かれていく。


 太刀筋をなぞるように紫電が駆け巡る。


 ミアは俺達の走りよりも数倍もの速さで化物を捌き続けていた。


 奇妙なのは、ミアが何十、何百と倒しているはずなのに、化物の数が一向に減らないことだ。


 俺とエリの前に砂煙が舞う。ミアが立ち止まったのだった。



「どう?今のはただ、速く駆け回っただけだけど」


「すごく、速かったです」



 エリはうんうんと頷く。ミアは少し不満げな顔をした。



「それだけ?」


「うしろうしろ!」



 コウモリの化物がミアをめがけて飛んできた。


 ミアは振り返ることなく、その化物を真っ二つにする。



「その様子だと落ち着いたみたいね。さあ二人とも、やるわよ」


「「はい!」」



 ミアの言葉に鼓舞される。


 俺は剣を低く構え、近くにいるシカ型の化物に狙いを定め強く一歩を踏み出した。


 そのシカは角を振り回したが、潜るようにして躱し、一太刀を浴びせる。


 シカは悲鳴を上げ、溶けるように姿を消した。



 やってやったぞ……



 気配が尋常じゃないだけで、あの時の宿主よりも弱いと気づいた。


 化物の動きは単調なものばかりだった。目標を定め、軽く動きを見れば対処は容易だった。


 エリの方を軽く見ると、俺よりはぎこちなかったものの特に苦戦している様子ではなかった。


 振り回される槍が青みがかって見える。十字の中央にある青い石が輝いていると錯覚させる。


 暫くたって、俺とエリが合わせて倒した数は先ほどミアが仕留めた化物の数の半分くらいだろう。


 同じ時間でミアは更に化物を倒しているわけで。


 それでも一向に数が減らない化物達。さすがに何かあると思い、ミアに問いかけた。



「あの、さすがに数が多すぎると思うんですけど」


「そうね、ちょっと想定外」



 一度、三人で一ヶ所に集まった。


 ここでエリが車の中でサンクが話してくれた化物の素性を確認する。



「確か、化物のリーダーみたいのがいて、それを倒すと他の化物みんな消えるんですよね?」


「普通は、そうなのよねぇ。でも話は簡単よ。動物たちが次々に現れているあの奥、あそこに核となる化物がいるはずだわ」



 こうして話している間も、化物たちは次々に量産されている。さすがに初めのころから比べて、大きく数を減らしているが、あと数分もすれば視界を覆いつくすほどには増殖している気がした。



「私が、この子たちを食い止めるわ。そのうちに二人で奥にある核を壊してきてちょうだい」


「「わかりました」」



 エリと返事がシンクロする。


 ミアが指さした核があるであろう場所までの道を作るように、一直線上の化物達を一掃した。


 つくられた道を二人で走り出す。少しだけ肌がひりつく。


 森の奥で鎮座していたのは八面体、いや楕円形の黒い塊だった。より正確に言えば、心臓の形をしている。



「あれが、核? ……動物じゃないみたいだな」


「不気味ね……」



 核が鼓動するたび、中から小さな動物が零れ落ちる。小さな化物は地面に落ちると立ち上がり、戦ってきた動物と同じサイズにまで増大する。



「早いところ壊そう」



 剣を上段に構え、振り下ろす。


 いとも容易く、核は二つに割れ、粘り気のある音を立てる。


 切った感触がいつまでも手に残る。


 その気持ち悪さよりも、戦いが終わったことへの安堵が勝った。今日中には帰れるかな、なんて考えているとエリの叫び声が聞こえた。



「レイ! まだ終わってないわ!」


「は?」



 エリの顔を見た瞬間、俺は強い衝撃に見舞われた。




 ***




 レイが心臓のような見た目の核を壊した瞬間を確かに目撃した。


 レイが膝をついて休んでいたところ、その後ろにあった核はいつまでたっても消滅しなかった。



 もっと、もっと早く気づければ!



 私は後悔した。現状にもっと警戒をすればよかったと。


 レイの身に起きたのはこうだ。


 レイが切って、二つに割れた核は沸き立つように自身の形を変化させ、割れた核から一つずつ腕が生えてきた。そして正面から見て左にある腕がレイを殴り飛ばしたのだ。


 吹き飛ばされたレイは、木を何本かへし折りながら、最後に木に打ち付けられる。


 ……そして、目の前の割れた核はそれぞれ半分の胴、片足と形成され、切り口から融合し、一つの体を作り上げた。


 存在しなかった首から上が、風船が膨らむように形成される。その顔は人とは思えない、鎧や仮面をつけたような、目元やつむじのあたりが尖っていた。


 動物の化物のように、内側から光っているような眼は、笑っていた。言葉にも聞こえなくもない声を合わせて。


 化物はレイが吹き飛ばされた方に顔を向ける。



 とどめを刺すつもり⁉



 予想は的中し、人型の化物は音もたてずに踏み出していた。

 私は、化物よりも早く走り出し、前に出ていた化物の右腕を槍で突き刺す。


 疑問や苛立ちを含んだような鳴き声が化物から聞こえる。

 間髪入れずに、槍を地面に突き立て、槍を軸に化物を蹴り飛ばす。


 レイが吹き飛んだ距離ほどではないが、人型の化物にもレイと同じように木に打ち付け返した。



「助かった!」


「ううん、ゴメン、私がもっと警戒していれば」



 レイが私の隣まで駆け寄る。私の謝罪には「いや、俺のおごりだよ」なんて気取った様子で返す。この調子なら大丈夫なのだろう。



「気づいているか? あの化物、敵国の宿主、いやそれ以上の気配がする」


「うっすらと。それだけ強いってことかしら」



 化物は重力に逆らうような立ち上がり方をした。

 仰々しく両手を広げて、笑っている。



「だとしたら、こいつを倒せればボッツさんたちに少しは顔向けできるかな」


「……そうね」



 レイは嬉々とした顔で、剣を構えた。

 とっさに出た言葉なのだろうが、まだあの事を引きずっているのだと察せられた。


 私から言えることは無いが、だからかもしれないけど、とても悲しかった。



「いくぞ!」


「うん」



 左右二手に分かれて、人型の化物を挟み込むように立ち回る。

 レイが切り込むタイミングを合わせて、相手の右脇腹をめがけて槍を突き出す。


 ガキンッと硬いもの同士がぶつかる音がする。

 柔らかかったはずの化物の腕に、手によって私の攻撃が受け止められる。


 レイも同じだったようで、化物は左手を開いたまま、レイの剣を受け止めていた。


 押し込んでも押し込んでも、びくともしない。力の押し付け合いは効いているのか、化物も踏ん張っているように見えた。



 ——いける



 ふとしたタイミングで槍が前に進む。


 しかしそれは、人型の化物が力を弱め、手を離したに過ぎなかった。

 レイと共に重心を崩される。


 化物は軽く跳躍し、私とレイを蹴った。


 すぐ立ち上がるも、腰のあたりがズキズキと痛む。



 前の世界なんて、暴力のぼの字も無かったのになぁ



 痛いはずの体から、痛みが取れていくのを感じながら、私は思った。


 遠くにいる、レイと目を合わせる。彼の目もまだ死んでいない。


 無言で頷き合い、私たちは再び人型の化物に突撃する。

 今度は、一撃ずつ、交互に打ち込む。


 私はレイの身のこなしには感心していた。


 直線的で力強い一振りと、軌道の読めない自由な一振りを自在に組み合わせた動きは、敵を翻弄ほんろうする。


 私はただ、彼に合わせるだけでコンビネーションのような攻撃ができあがる。


 ただ、サンクがよほどの実力なのか、一度も攻撃を当てることができていないのだが。


 今は違う。少しずつ、しかし確実に、人型の化物を押し込んでいた。

 あれから人型の化物は守るばかりで、反撃をしてこない。


 とうとう、私の穂先が化物の右膝を捉えた。

 どうやら化物は全身が硬化したわけではないらしい。



 だったら、考えられるのは一つ!



 部分的に固まるのなら、硬化されるよりも速く攻撃を当てるだけだ。


 レイもこのことに気づいたのか、私たちの攻撃は徐々に速度を増す。



「「はあぁぁぁっ!」」



 二つの獲物が化物の胸を貫いた。

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