第8話:それは黒い泥のよう

 早朝サンクと始まった武器の訓練は、それはそれは指導と言えるものではなかった。


 初日から、木刀を持たされてすぐエリと共にサンクと実戦形式の稽古をさせられた。


 それらしく振ってみるも、躱されるどころか当たる前に当てらる。おおよそ人のわざとは思えな程、吹き飛ばされては土をなめる羽目になる。



「がんばれがんばれ、せめて俺から一本取って見せろ」


「ゲホッ、ゲホッ、せめてなんか、ハァ、型とか教えてくださいよ」


「俺は実戦派なんだ。技は見て盗め」



 俺は立ち上がって、雄たけびを上げながらサンクに突撃する。



 そして見事に吹き飛ばされた。



 ―――



 サンクとの稽古は日によって代わる代わる武器を取り換えていた。


 次の日は槍、その次の日は斧、ある日は三節棍さんせつこんなんてものもあった。


 結局俺は一周回って木刀を持つことにした。


 一方エリの方は、槍を選んだようだった。


 朝にはサンクと剣術の訓練、午後にはミアと魔法の訓練という日々が二週間ほど続いた。


「そういえば、他のメルバの人たちってどうしてるんですか?」


「そうねー、一応戦争中だから最前線にいたり、あの真っ白な建物にいたりかな。あれ、でも最近一人帰ってきてたよ、会わなかった?」


「え? いや、会ってないですけど。エリは?」


「ううん、私も知らない」



 ミアの言葉に見当がつかず、エリと二人でハテナを頭に浮かべる。


「ま、また今度ね」とミアに流された。ミアの顔はどこか気まずそうだった。



「みんな、集まってくれ、仕事だ」



 サンクが邸宅の中から俺たちを呼び掛ける。

 そして書斎に集まった。前のようにサンクが大きな椅子に座る。



「例の化物が国内で見つかったという情報が入った。場所は北東の森林だ」


「北東って、あの基地の近くのですか?」



 エリがふと口にする。それが正しかったようで、サンクが頷いた。



「そう、まさにその基地に隣接する森の中だ。あの事件のゴタゴタで見逃してたんだろう」



 サンクは足を組み、考え込むような姿勢をとる。



「今はまだ民衆の元まで襲い掛かっていないが、そうなるのも時間の問題だ。準備ができ次第、すぐに出発しよう」



 一同、サンクの言葉に頷いた。



「すみません、その化物っていうのはどういう存在なんですか?たびたび耳にするんですが、具体的な話を聞いたことがなくて」



 俺が質問をすると、サンクと目が合う。


 そして、サンクは目を閉じ長い息を吐いた。



「そう……だな、化物には具体的な形があるわけじゃないんだ。いろいろな生物を模したように変身する、真っ黒なやつさ」



 サンクの話を聞いて、頭に浮かんだのは黒いスライムだった。


 確かに、魔法のある世界なら、スライムがいてもおかしくはないし、スライムも立派な化物だ。その生態が狂暴なら緊急事態なのも頷ける。



「早く行きましょう。俺、すぐにでも準備してきます!」



 戦う覚悟を決めてから、ついにその時が来た。


 少しの時間しか経っていないが、あの時よりはだいぶ戦えるようになった。


 俺は、飛び出すように書斎から出る。



 今になって思えば、どうして俺はこんなにも浮かれていたのだろう。



「と言ったものの、特に準備することなかったな……」



 勢いそのまま、貰った戦闘用のゆったりした白い服に袖を通してすぐ、俺は思い直した。


 ふらふらといつもの車が停まってある小屋まで歩く。


 武器すらなく、手持ち無沙汰に耐えられず、稽古に使用していた木刀を振り回して遊んでいた。


 ほどなくして、エリたち三人が同じく各々の戦闘用の衣服に着替えてやってきた。


 ただ、サンクは彼の胴体ほどの長さのナップサックを携え、ミアが小中大三つの獲物を抱えていた。



「まったく、せわしないやつだな」


「ほんと、危険な場所に足を運ぶってことわかっているのかしら」



 サンクとエリに小言を言われる。ミアはクスクスと笑いながら抱えていたうちの一本を俺に手渡した。


 それは、銀色の直剣だった。サイズは稽古に使っていた木剣ほどだったが、その見た目は装飾、儀式の際に使われそうな十字架の剣だった。



「これ、本物ですか?」


「失礼な。それも立派な剣だよ。ただ少~し特別なんだ」



 サンクは呆れながら荷物を車に積む。


 エリもミアから武器を受け取り、その形を眺めている。俺がもらったものと同じようにとても戦闘向けには見えないギラギラとした槍だった。



「それで、何が特別なんですか?」



 エリは質問をしながら、槍を新体操みたいにクルクルと回す。



「魔法によって切れ味が増し、持ち主の魔力も強化する珍しい武器なのよ」



 答えを返したのはミアだった。彼女はいつの間に助手席に乗っていた。



「手筈については乗りながら話そう。武器の取り扱いには気を付けてくれよ。特に槍はトランクに入らないからな」




 ——




「今回の戦闘は主に森の中になるだろう。ミア、レイ、エリ三人で化物と戦ってくれ。俺は森の外に逃げ出さないように外周を見張る」


「サンクさん、あんなに強いのに戦わないんですか?」


「そうだな、場所が悪いのもあるんだが、俺が持つ能力は今さっき言った俺の役割に適しているんだ」



 俺とエリは怪しそうにサンクを見る。



「か、わ、り、に、ミア大先生がその実力を披露してくれるぞ」


「もう、そうやって調子のいいこと言わないの!」



 サンクのいつものノリで俺たちの突っつくような視線を受け流す。

 ミアは怒っているのか嬉しそうなのか、半々の態度でサンクの肩を叩く。


 北東基地に着いた。あの時の陽気な雰囲気は当たり前だが無く、代わりにおどろおどろしい空気があたりを包んでいた。


 ここにいた全員がすでに避難しているのか、建物の修繕の跡が見られるが、人っ子一人いない。


 さすがにふざけていられる余裕も無く、気を引き締めるように深呼吸をする。



「二人とも、準備はいい?」


 俺とエリは小さく頷く。


 そしてミアを先頭に、森の中へ入っていった。


 進むにつれ、空気が重くなるのを感じる。


 ある一線から、森の様子ががらりと変わった。


 始めのほうに歩いていたところは歩く場所もしっかりあり、木々が綺麗に並んでいたのに対して、今いる場所は雑草を含め、"自然"のままだった。


 見渡しもより悪くなり、足も雑草に絡まれそうになる。



「止まって。いたわよ、奴が」



 ミアが腕を横に伸ばし、俺たちを静止させる。そして、同じ側の手で奥の方を指さした。


 目を凝らすと、草木に紛れて見づらかったが確かに黒い塊のようなものがあった。意識を反らすと影に紛れてすぐに見失いそうになる。



「二人とも自分の周辺を確認して。囲まれてないことを確認したら突撃するわよ」



 ミアの指示を受け、エリと二人でぐるりと周辺を見渡す。


 お互いに頷きあった後、ミアに目線を送る。


 ミアが視線を受け取って、同じように頷く。正面を向いて「ついて来い」とハンドサインをする。


 俺は、とにかく静かにするよう努めた。呼吸も歩みもすべてを。


 草木をかき分ける音は、風が吹く音に隠すように、静かに、静かに。


 武器を鞘から抜き、柄を強く握る。もうターゲットは十数メートルまで迫っていた。



 ——パキッ



「っ⁉」



 小枝を踏んでしまった。相手にとって都合がいいようによく乾いた枝を。

 化物に意識を向けるばかりで、足元の注意が逸れてしまったのだろう。


 化物の視線が俺に向く。俺は、化物を正面にして戦慄した。


 差し込む光によって確認できる化物の輪郭はオオカミだ。と言っても、その体躯は泥のように崩れていて、吸い込まれそうなほど黒い。まるでブラックホールだ。


 対照的にその目は恒星のごとく白く輝いている。その輝きと綺麗なまでの円が絵のようにも見えた。


 何よりも恐ろしいのはその気配だ。まるで北東基地で相対した敵国の宿主と同じくらいの、冷たい気配がした。


 森の奥から、同じ目の対が幾つも、数えきれないほどギラリと光る。



 この数、生きて帰れるのか?



 足がすくむ。剣を持つ手の力が抜ける。出かける前の自分がバカバカしいくらいに、絶望で頭が真っ白になる。


 目の前の化物が俺に向かって飛び掛かる。俺は無様にも尻もちをつく。


 化物は目の前で噛みつく直前で真っ二つに割れ落ちた。



「落ち着いて、可愛い子ちゃん。大丈夫、あなたなら戦えるわ」



 ミアの手には小柄なサーベルが握られていた。きっと、その獲物で化物を切ったのだろう。


 反対の手で俺を起こした。そしてその長い金髪をなびかせ、化物達の方へと振り向く。



「私の力、見せてあげる」



 ミアは両手を大きく広げた。


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