第7話:決意

 私、エリは村の小さな子供であるマナと遊んでいた。無邪気に走る彼女と追いかけっこをしているが、いささか自分の異常さに気づかされる。


 いくら、この子と体格差があるとはいえ、意識して力を押さえないと一瞬でぶつかってしまいそうになる。


 遊び疲れたマナはすっかり眠ってしまい、母親のエリンに抱かれていた。口をもごもごさせ、よだれが口元に垂れてる。


 私は隣で座ってその様子を見ながら、愛らしさを感じていた。



 はぁ、なんであんな風に叫んだんだろ。



 私は慣れないことをしたと後悔した。前世では絶対にしなかったことだから。


 今になって思うことは、レイがあまりにも自信を卑下していたから、苛ついてしまったのだろうという事だ。人助けをした人が報われないというのは納得できないと。



「この子と遊んでくれてありがとうね。とにかく仕事仕事で全然かまってあげられなくって。あんなにはしゃいだ姿を見たのは久しぶりだわ」



 エリンはそう言って、和やかに笑った。



「いえ、私も時間を持て余してたので」



 元々、レイを一人にしてあげようと、とっさに口ずさんだことだったが、結果として助けになったのなら嬉しいものだ。



 ——嬉しい、か。



 私は前世で、いつからか誰とも、親とでさえ話さなくなった生活を思い出した。

 その頃から人とすれ違うだけで吐き気がするほど、人と距離を感じていた。



 ここ数日、たった数日で、私はいくらか救われたような気分だった。きっと記憶も無いのに積極的に動くレイに触発されたのだろう。

 元居た世界と全く景色の違うところに来て少し、ほんの少しだけ浮かれていたのも事実だが……。



「そういえば、あなたのエリって名前、私の名前とそっくりねぇ。でも初めて聞くわ。あ、もしかして」



 不意を突くようなエリンの言葉に、私は冷汗をかいた。まさか、いきなり異世界からきたことがばれたのかもしれないと思った。



「外国の方? だったらなおさら感謝しなきゃね。こんなに貧しい国を守ってくれて」


「……まあ、そんなところです」



 その言葉を聞いて、内心ほっとした。異世界から来たことを知られて質問攻めにされても困るからだ。……そもそも荒唐無稽な話を誰が信じるのかということもある。



「それでは、私も帰りますね。今日はありがとうございました」



 私は立ち上がって、エリンにお礼を言った。彼女は「とんでもないわ。また遊びに来てね」と返してくれた。その言葉を聞いてから、手を振って別れる。


 日は真上にまで昇っていた。少しだけ暑いため、吹いている風が心地良い。青空のもとで私は一つ決心がついた。



 あの笑顔を、この国を守るために私は戦う、と。




 ***




 教会を出ると、タイミング良くエリがこちらに向かって来た。合流して、俺たちは当てもなく歩き始めた。


 フィアンカの話はとても受け入れがたかった。記憶が無いとはいえ、自分自身がアルマの"お遊び"で召喚された、この国の人々が困窮している原因の一端であるからだ。



「何かあった?」



 エリからそう聞かれ、思わず顔のあちこちを触った。


 悟られまいと「そんなに顔に出てた?」と冗談めかしく言って見せたが、エリは真面目な顔で頷く。暗に回答を催促されているようだった。


 正直、あまりに言葉にするのが辛くて、深く息をついた。


 少し間をおいて、俺は話をした。教会の中で起こったこと、司祭が話したこの国の現状のことを。



「俺、記憶を取り戻すためにがむしゃらに生きてたけど、事態がこんなに深刻だなんて思いもしなかった」



 俺は強く拳を握った。言葉にすると、余計に辛く感じる。



「でも、だからこそ、戦わなければいけない気がするんだ」


「奇遇ね。私も、似たようなこと考えてた」


「え?」


「さっきまでマナちゃんと遊んでて、お母さんにとても感謝されちゃった。……私もね、そのとき人助けをしたいと思ったの」



 エリは笑っていた。まだ少し硬いが彼女の表情が豊かになったなと思った。



「だ、か、ら、レイの記憶を取り戻すのも手伝ってあげる。もちろん、君が望むなら……ね」



 エリは一歩、二歩、三歩と大きく踏み出して振り返る。



「なんだよそれ。でもありがとう、一緒に頑張ろう」



 他にもいろいろと話していると、いつの間にか、乗ってきた車の元まで着いていた。あろうことか俺たちを呼びに来るわけでもなく、サンクが運転席で寝ていた。


 俺たちが車に乗り込むと、サンクは目を覚まし、ハンドルを握った。



「もういいのか?」



 まるで起こったことすべてを知っている風な口ぶりで、サンクは俺たちに問いかけた。


 少し釈然としなかったため、いたずら気味に返事をした。



「はい。いやー惜しかったな、もう少し早く来れたらいたずらできたのになー」


「ったく、悪かったって。俺だってさっき来たところだよ。集合場所伝えるの忘れてたし、連絡手段も無かったからここで待つことにしたってだけだよ。運よく二人とも戻ってきてくれて助かったよ」


「そういって、ほんとは寝ていたかったんじゃないんですか?」



 最後のエリの言葉にみんなで笑った。


 少しだけ心が痛んだ。


 車を走らせてからしばらくして、一つ深呼吸を置き俺はサンクに言った。



「サンクさん。俺に、俺たちに戦いを教えてください」


「これまた唐突だな」


「あの村で、この国の現状を聞きました。本当は今すぐにでも戦争を終わらせたいのですが、北東基地では運良く生き延びただけで、俺たちには戦う術を知りません。だから……」


「私も同じ気持ちです」



 熱く語っていたところに、エリも同意する。俺が真面目に語った一方で、サンクは笑みを浮かべていた。



「そうか。正直メルバのリーダーの立場としては言いにくいことだったが、お前らを無理やり戦場に連れて行くのは気が引けてたんだ。自分たちで決意してくれたのなら、俺やミア、他のメンバーも力を貸す」



 嬉しそうなサンクが少しだけ不気味に見えた。俺はサンクの意図が分かった気がした。



「もしかしてサンクさん、俺たちがこうなるように仕向けたんですか?」



 俺の言葉を聞いて、サンクは声をあげて笑った。



「それはさすがに深読みしすぎだ。せっかく交流のあった人たちをそのままにしておけなかったってだけだよ」



 今度は少しだけしみじみとした声だった。


 サンクはすかさず話題を変える。



「それにしたって敬語交じりで少し気持ち悪いけど、ずいぶん砕けた口調になったな。その調子で俺のことも呼び捨てでいいんだぞ」


「それは……、サンクさんは、『サンクさん』って感じなので」


「ふふっ、なにそれ。でも、少しわかるかも」




 ―――




 メルバ邸に到着してすぐに訓練が始まった。日が傾き、空はすっかりオレンジ色に染まっていた。


 サンクと付き添いのミアは、何に使うのか様々な色の花や枝、金属片など様々なものが入った籠を持っていた。


 首をかしげているところにサンクの説明が入る。



「もうすぐ暗くなるからな、武器の扱いについては明日やろう。今日は魔法の訓練をする。この世界の魔法っていうのは、はっきり言って戦いに向かない。こうやって物を用いた…… あー、やっぱ魔法についてはミアに任せる」



 張り切って、語り始めたサンクの言葉は徐々に小さくなっていって、しまいにはミアに投げた。



「ハイハイ、張り切ってるくせに結局こうなるんだから。コホン、さっきサンクも言った通り、魔法は目的に応じた素材が必要でそれほど万能じゃないの。例えば火を出したいならこの花、『ビビ』って言うんだけど、手に持ってこれを起点に体の魔力を流すイメージで……、こう!」



 ミアは左手に赤い花を持ち、正面に向けた右の手のひらからミアの手と同じくらいの大きさの火を出した。


 ビビという赤い花は、たくさんある花弁の半数を燃え尽きたように散らした。



「ひとまずこれが簡単な説明。あなた達もこれ持って試してみて」



 俺とエリはミアから一つ赤い花を受け取る。



「戦いに向かないのに、魔法を学ぶ意味ってあるんですか?」


「あくまで一般の話、宿主にとってはその限りじゃない。俺たちが宿す力は魔法とさして変わらないんだ。だからお前らの力の傾向と、向き不向きを見るための訓練と言っていい」



 サンクがどこからか出した椅子にもたれかかる。



「……なるほど」



 ミアと同じように構えて念じてみるも、一向に火が出る気配がない。


 隣にいるエリも苦戦しているようだ。



「今日の夕飯は、お前たちが出す火で野外でキャンプだ。火が出せないと食べられないからな、がんばれがんばれ」



 横でサンクが茶々を入れる。いきなり変なことを言われて手元がブレる。


 このまま念じるだけじゃきりがないと思った俺は、ミアが言っていたことを思い出す。



 たしか、この花を体に通すイメージって言っていたよな。



 俺は、左腕、心臓、右腕の順に一本の線でつなげるように意識を集中させる。

 右の手のひらまで意識を向けたとき、大きく目を開いた。


 瞬間、俺の手のひらから頭の大きさほどの火が飛び出した。


 幸いなことに、火は何かにぶつかる前に霧散し、引火することはなかった。

 しかし、勢いと驚きで俺はしりもちをついた。


 一同が静まり返る中、サンクが賞賛の口笛を吹く。



「ぐぬぬぬぬ、どうして私は出ないのよ」


「落ち着いてエリちゃん、別の魔法なら出せるかもしれないから、ほら今度はこれとか持ってみて」



 焦るエリに、ミアは次に青い花を渡した。


 エリの手から水の球体が出現する。ビー玉の大きさから、バスケットボールくらいまで膨らんだところで、その水の球は弾けた。



「やった、やった! 私にもできた!」



 エリはウサギのように何度も跳ねた。



「二人ともやるわね、他にもいろいろあるから試してみて」



 籠にあった素材をいろいろ試した。最初に火を出せたのが偶然だったのか、ほとんどが不発に終わった。


 それはエリも同じで、俺たちは二人してうなだれた。



「いや~、最初にしては上々、上々。その調子で明日の訓練にも期待してるよ」



 サンクは嬉しそうにスープを口に運ぶ。


 今、目の前で燃えている焚火は結局火打石を使った。火の上にある鍋の白いスープがグツグツと沸いている。



 シチューだろうか。



 俺も一口飲むと、おおかた予想通りだった。


 その味は、体の芯から、心の底から温まるようだった。

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