第6話:リケイルの聖女
煌々と燃える炎は次第に尽き、残るのはパチパチと鳴り続ける炭のみ。
修道者達が炭を集め一つの石碑の下に掘った土の中に入れる。埋め立てた後、また手を合わせてから、人々は解散した。
その石碑には北東基地のメンバーと思われる名前が並べられていた。
ボッツの名前を見つけたとき、つい先日とは思えないほど、あの夜のことが鮮明に浮かんだ。
「あなた達、見ない顔ね」
一人の女性が俺たちに尋ねる。視線をそちらに向けると、隣にいた小さな少女が女性の後ろに隠れた。
「えっと俺は……、メルバのレイと、こちらがエリです」
「あらごめんなさい、私はエリン。そして、この子はマナ。ほらマナ、挨拶は?」
「こ、こにちは」
マナは下っ足らずな言葉で、恥ずかしそうに言った。すぐにエリンの後ろに隠れては、顔だけを覗かせた。
「メルバ……、軍の方かしら? じゃあ私の夫、じゃなくてボッツという人をご存知ですか?」
「ボッツさんの……、はい、知っています」
俺は、ボッツと一日限りの交流について話した。訓練のこと、夜の食事の時のことを。
「そう、あの人らしいわね。昔っから元気というか、前向きというか。ありがとう、最後にあの人のこと聞けて良かったわ」
「そんな! お礼を言われることなんて……。俺なんて、皆を助けられなかったのに」
「レイ! 違うんです、この人は、この人は、化物じみた人にたった一人で立ち向かってくれたんです!レイがいなかったら私も死んでたかもしれないんです……」
自分を卑下する俺に叱責するようにエリが叫び、エリンに必死に事の経緯を説明する。
エリンは頷きながらエリの話を聞き、しばらく考えるような仕草をした後、こう言った。
「あなた、レイって言ったかしら。なんでそんなに自分を責めるの? 彼女の話を聞くと、あなたが敵をやっつけてくれたらしいじゃない。あなたがいなかったら、この町だって危なくなってたかもしれないのよ? あなたは紛れもなく人を救ったの、もっと誇りなさい」
そしてそっと俺の肩に手を置いて、子供を慰めるように抱きしめた。
俺は、ただ下を向くことしかできなかった。涙こそ出さなかったが、心がぐちゃぐちゃになる。辛うじて、はい、と返事をした。
「おかあしゃん、あそぼー」
放置されてぐずり始めたマナは、エリンの服を引っ張る。
「そうだ、お姉ちゃんと遊ばない? エリンさん、いいですか?」
「え? もちろんいいけど、逆に大丈夫なの? お仕事は?」
エリは何かひらめいたように、しゃがんでマナと同じ目線で見つめた。
「大丈夫です! それじゃ、行きましょっか。遊び場はどこですか?」
マナを軽々と抱き上げ、エリはエリンと共に歩き始めた。
エリの意図に気づき、すれ違いざまに俺は「ありがとう」と礼を言った。
一人になって、風が一段と冷たく感じる。
今はただ空を仰いで、感情の整理をしていた。
「血の匂い……、あなた軍の方?それともギルドの方?」
本日二度目、人に素性を尋ねられる。この町はコミュニティの結束が強く、よそ者は目立つのかもしれない。
俺に尋ねた人は、白い修道服を着た少女だった。声と背丈で推測すると、葬儀の際に中心にいた人物だろう。そして葬儀の時には無かった大きな杖を持っていた。
不可解なことに、彼女は目元を包帯のような白い帯で隠していた。それにもかかわらず、俺を確実にとらえ、顔を向けている。
「俺は、軍の人間です」
「……そうですか。なら、速やかにお帰りください。ここはあなた達が来ていい場所じゃありません。茶化しに来たならなおさら!」
「待ってくれ! 俺は葬儀に来ただけだ。そんなこと言われる筋合いはないぞ」
「そうやって白を切る。あなた達がこの町の人を
目隠し越しでも伝わるほど、彼女は険悪な顔で睨む。
正直、何も知らない俺に言われても困ると言おうとしたが、彼女の言葉が引っかかって、その言葉を吞み込んだ。
「待て、軍は敵国から身を守るためにあるんじゃないのか?」
ふと浮かんだ疑問を彼女にぶつけた。
「あなた、何も知らないのですか?」
「ああ」
彼女は唖然とした顔を見せながらも、静かに語り始めた。
「この国、メデルは豊かな国でした。水も食料も十分にあり、隣国と破格の安値で貿易していたほどです。数年前、先代の国王、タレス・ロードの死後アルマという男が自らを総統と名乗り、新たな体制を敷きました」
彼女は、教会の中へとゆっくり歩き始めた。彼女の話を聞きながら、俺も後に続く。
「この国、メデルがおかしくなったのはそれからです。臣下たちの弱みを握り、独裁者となり果てたアルマは、変な施設を建て怪しげなことを始めたかと思えば、急に隣国であるメタリアに戦争を仕掛けました」
「誰か、助けて!」
突然、大きな女性の悲鳴が近くで聞こえる。いち早く反応したのは、彼女だった。彼女は一目散に走りだし、俺も彼女の後を追った。
悲鳴が発せられた場所が分かるのか、彼女は止まらずに走り続ける。
たどり着いた先は教会の裏手の方だった。そこにはボロボロの身なりで、バンダナで顔を隠した男たちが木造の倉から木箱を荷台に運んでいた。
「おら、早くしろ! あの女が来る前にずらかるぞ! ッチ、もう来やがったか」
その中の一人、修道女を拘束しナイフを突き立てていた男が、こちらの存在に気づき、ナイフの切っ先を修道女の首筋に当てる。
「あなた達の目的はわかってます。物資は渡しますから、今すぐその人を開放しなさい!」
「うるせぇ! こんなに食料をため込んでやがって…… どうせ、裏でこそこそ贅沢してたんだろっ!」
「私たちがそんなことするわけないじゃないですか! あなた達が運んでいるものの一部は冬に向けた蓄えもあるのですよ!」
彼女の説得に応じるわけも無く、リーダーと思われるその男のナイフの持つ力がより一層強まる。
そして彼女もまた、持っている杖を強く握る。
「……今すぐ止めないというなら、強硬手段にでますよ」
「おっと、こいつがどうなってもいいのか? となりにいるオマエも動くなよ」
俺が持っているのは出発時に持たされたナイフ一つ。恐らく、俺はこの中で誰よりも速く動けるはず。しかし、どう動くのが正解か……。
二人がけん制し合う中、俺は考えていた。
「お頭! 運び終わりましたぜ」
一人の手下の声で、人質を抱えた男の視線が横にそれた。
俺はその一瞬を見逃さず、一歩踏み出した。
力加減を間違え、近寄りすぎたが問題ない。勢いそのままに、男の頬を殴り飛ばす。そして人質に取られていた修道女の前に立ち、彼女の安全を確保する。
男は殴られた頬を手で押さえながら、怒りの視線を向けた。
「くそっ、お前らやっちまえ!」
男の命令で、子分たちは雄たけびと共に大小さまざまな剣を振りかざす。
俺にしてみれば、その動きはあの猫背の男と比較にならない程遅く、とろかった。
一つ深呼吸をし、俺も立ち向かう。男たちの攻撃に目もくれず、腹、後ろ首、顔と打撃を加え、十数人を吹き飛ばす。
勝負は一瞬にしてついた。唯一、殺してしまわないかが心配だったが、それも大丈夫だったようで、吹き飛ばされた男たちはその場でもだえ苦しんでいた。
「くそっ、くそっ、……くそがぁ!」
お頭と呼ばれる男がナイフを振り上げて詰め寄ってくる。
俺が改めて構えをとると、白い修道服を着た少女が叫ぶ。
「おやめなさい!」
修道服を着た少女が歩いてお頭と呼ばれる男の前に立つ。
男は少女の目前で振り下ろしたナイフを止めた。そして力が抜けたように、その場でしゃがみこんだ。
「三箱分さしあげますから、全員を連れて帰ってください。それだけあればしばらくはもつでしょう」
俯く男からは表情が読み取れなかったが、ぶつぶつと何か言った後、子分たちに撤収命令を出して、森の奥へと帰っていった。
「いいのか?」
「ええ。彼らもアルマの犠牲者なのです。これ以上追い詰めるのは酷でしょう。……あなたも、休んで大丈夫ですよ」
俺たちは逃げる盗賊の背中を見届け、少女は人質となっていた修道女を教会へ帰す。そして一つ咳払いをした。
「先ほどの話の続きですが、アルマは国が築き上げた信頼も、資源も吸い尽くしました。残るのは彼らのような貧しい国民だけです。そしてそんな国民すらもあの男は骨の髄まで搾取しようとしている。……だからこそ、あなたに問います。どうして軍に入ったのですか?」
彼女が、俺が軍に属していると知り怒った理由が分かった。アルマによって突然貧しい生活を強いられ、苦しむ人が増えたのだ。根に持っていても当然だろう。
俺はまだ目の前の一部しか見てないが、これが本当ならとんでもないことに巻き込まれたものだ。
「特別理由があるわけじゃないよ。俺は、異世界から召喚された人間だから」
「異世界? まさか……。いえ何でもありません、あなたも大変なのですね」
少女はとても驚いた様子だった。正直俺も未だ信じられない。
「申し遅れました。私はフィアンカ、ここで司祭をしてます。初めてお会いした時の無礼をお許しください。それと、先ほどの人助け感謝いたします」
フィアンカは深々と頭を下げた。俺は自分の名前を返した。
「はい、よろしくお願いしますレイさん。何か困ったことがありましたらここに寄ってください」
そうして俺は、フィアンカと別れ、教会を出た。
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