第4話:誰が名を呼ぶ

 よほど疲れていたのか、エリに体を揺すられるまで、声をかけられても俺は起きなかったらしい。確かに耳がふさがったような感覚がある。


 あくびをかみしめながら、朝の訓練を隊員たちと共にこなす。


 ランニングに、腹筋、腕立て伏せ、etc.


 どれも容易にこなせるものではないと知っているはずなのに、自分は息一つ乱さずこなしている。


 改めて、自分は異質なのだと思い知らされた。


 朝食を食べながらそんなことを考えていると、エリに笑われた。



「昨日の君とは別人みたい」


「別に……、何か引っかかるような気分ってだけ」


「なにそれ、何か思い出せそうってこと?」


「う~ん、なんか耳元で囁かれているような……」


「ちょっと!朝から変なこと言わないで!」



 エリは食事を終え、お盆を下げに立ち上がる。その際に軽く小突かれた。

 俺もすぐ後に続く。


 今日はハイロンの指示のもと、様々な荷物を運んでいた。白色の水晶や木の杖に……

 これは、鉄の杖、なのか?どちらかと言えばとても長い釘だ。


 おおよそこの場に似つかない道具が詰まった木箱を隊員たちは森の奥に運んでいた。



「今は何をしているんですか?」



 俺はハイロンに問いかけた。



「ん? ああ、あれは結界を貼るための道具を運んでるのだ。もしかしたらすでに聞いているかもしれないが、今あいつらが向かっている森の奥は、この国の土地ではないんだ。まぁ、どの国のものではないのだが……。そこには化物がいてな、それを寄せ付けないために結界を貼る必要があるのだ」



 ハイロンは何かを思うところがあるのか、指で顎をなぞりながら目を閉じる。



「よしお前ら! 少し休憩だ!」



 ハイロンの指示のもと隊員たちは、キャンプ場に集まる。

 各々の形で休憩をとっている中、別のところに居た隊員の一人がハイロンのもとへ駆けつけた。



「ハイロン隊長! 反対側のふもとから一台の車が……」



「今まで手を付けてこなかったこの地に車一台で……? 奴等め、何を考えてる。お前ら! 直ちに配置に着け!」



 ハイロンの号令のもと兵隊たちは、ものすごい速さで戦闘準備に入った。

 鉄のバリケードを設置し、兵隊たちは銃を敵国側の山道に向けて銃を構える。

 俺とエリも最後方で加わった。

 ハイロンは兵たちの後ろで左手を軽く挙げている。


 暫くすると、本当に一台の車が走ってきた。道が悪いのか運転が下手なのか、車体は大きく揺れている。



「……撃て」



 ハイロンはその挙げていた手を振り下ろした。その合図とともに山頂の木々の中から銃声が鳴り響く。あそこのどこかに狙撃手がいたらしい。

 銃弾は向かってくる車の前輪にヒットした。車は大きく滑り、大きな土煙をあげながら横転する。



「いいかお前ら! 可能な限り生け捕りにしろ。やむを得ないなら躊躇せずに撃て。突撃!」



 銃を構えた兵士たちは、雄たけびを上げながら車のある方へ走り出す。



 なんだこの違和感は?



 こうもあっさりとことが進むことに俺は不振を抱く。



 ——この違和感はすぐに眼前に現れた。



「……伏せろ!」



 俺はエリを抱えバリケードの後ろに飛び込んだ。



 車の中から、土煙を切り裂くほどの風圧が地面と水平に放たれる。

 その透明の斬撃は、兵士たちを次々に切り裂き、きれいに真っ二つにしていく。



 バリケードから覗くと、目も当てられない惨状が、鮮血が広がっていた。



「……オエッ」



 同じ有様を見たエリは、その場で吐いた。


 エリの様子を見て俺はなんとか冷静さを取り戻す。エリが吐いていなかったら、俺が吐いてたことだろう。


 それでも動機が止まらない、呼吸も激しくなる。



「これはこれは、手厚いもてなしだなァ」



 車から出てきたのは半裸の男だった。ひどい猫背で三日月のように湾曲した刀を担ぎ、ケタケタと笑っている。



「馬鹿な! 我が隊が一瞬で……」



「ハイロンさん! 逃げて!」



 この声が届いたかわからない。ただ一瞬にしてハイロンの首も床に転がっていた。



「ここに来れば退屈しないと聞いてたんだがなァ。後ろに隠れてるオマエはどうかなァ?」



 ……気づかれている。どうする、どうする?



 すると山頂から再び銃声が鳴る。その軌道は確かに敵の頭を捉えたかのように見えた。

 しかし、敵は銃弾を目で追いながら、頭を少しずらして躱した。



「そこかァ!」



 男は手に持った蛮刀を山頂に向けて横一線に振る。


 木々は倒れ、今度は狙撃手の悲鳴が響き渡る。この瞬間、俺とエリ以外の全員が死んだと確信する。


 銃を避けたあの動き、猫背の男も異質名存在なのだろう。あの相手から背を向けて逃げるのは無理だ。



『殺せ』



 こんな時に耳元で誰かが囁く。同時に頭に痛みが走り、片手で頭をおさえる。


 無理だ。いくら俺も"宿主"だからって、斬撃を飛ばすような相手にどう立ち向かう?

 半ば自問自答のように聞こえた声に答える。


 目の前で伏しているエリを見ると、声こそ漏らしてなかったが、涙と思われる水をぽたぽたとこぼしている。



「な~、いつまで隠れているんだァ? そろそろそっちに行ってもいいかァ!」



 猫背の男の声に怒気が籠る。いよいよここに留まっていられるのも時間の問題だろう。



 せめて彼女だけでも逃がしたい。ならば俺が囮になろう。



「俺が囮になって前に出る。そのうちに逃げてくれ」



 エリにそう告げ、俺は銃を構えてバリケードから飛び出した。



「やっと出てきたかァ。まあどうせ、オマエも雑魚何だろうがなァ!」



 俺は銃の引き金を引いた。猫背の男は軽々と避ける。そして再び刀を横に振り、斬撃を飛ばす。



 ——見える!



 俺は、先ほどいたものとは別のバリケードに飛び込み、飛ぶ斬撃を避ける。



 男の斬撃は、銃弾より少し遅く、景色の歪みから何となくその位置を把握できることが分かった。



「オマエ、良いなァ」



 猫背の男は笑顔のまま一瞬にしてバリケードを超え、俺の左側に並ぶ。すぐさま手に持つ刀を俺に向けて振り下ろす。


 俺は後方に向けて大きく飛び出し、これを躱した。

 着地してすぐ引き金を引くが、男に容易く避けられる。しかし、とうとうその一つが奴の左腕を掠めた。


 猫背の男は大きく後退する。現状を確かめるように、流れた血を右手で拭った。



『そうだ、殺せ』



 また、誰かが俺に囁きかける。いい加減にしてくれ。声が聞こえるたび、頭痛がひどくてたまらない。

 俺はその場でよろめいた。目を離してはならないと、すぐに猫背の男の方を見るが、男は鬼のような形相で俺を睨んでいた。



「俺に傷をつけやがったな! このボンボンがァ!!」



 男は体を一回転させ、刀を大きく薙ぎ払う。


 放たれた斬撃は、今までで一番速く、鋭かった。


 俺はとっさにかがむも、額を掠め、銃は真っ二つになる。

 勢いのまま、俺はあおむけに倒れこんだ。それほど痛くはないが、流血が止まらない。



 あぁまた、あの声が聞こえる。


『殺せ』


 うるさいなぁ、静かにしてくれ。


『殺せ……レイ』


 それは誰の……、俺の名前?



 俺の思考は突如として研ぎ澄まされた。考えろ、考えろ、と自分に言い聞かせる。



 そうだ。奴は銃弾を見て、躱しこそすれ、当たれば傷を負った。あとはどうやって銃を拾って、躱せない距離で撃つかだ。俺も奴と同じくらい機敏に動けるなら……



「そうか、こうすれば」



 おれはゆっくりと立ち上がって、まだ逃げていなかったエリに向かって叫ぶ。



「エリ! その銃を俺に投げろ!」



 エリが少しでも動く気力があることに賭け、彼女の方を一瞥する。


 エリは少し驚いたあと、決死の顔で彼女の手にある銃を俺に向けて投げた。



 ——よし。



 内心、安堵したつかの間、男の声が割り込む。



「させるかよォ」



 しめたと言わんばかりにひきつった笑みを浮かべ、猫背の男は、投げられた銃の目の前に飛び出していた。


 刀を振り下ろし、エリの投げた銃はきれいに二等分される。



 ——だが俺の狙いは、それではない。



 俺は猫背の男を横切るように走り出し、血の池となった方へと走り出した。

 そこで兵隊たちが持っていた銃の一つを拾い上げる。すぐに構え、今度は男の方へ一直線に走る。



「くだらねぇなァ!」



 猫背の男は踏み込んだ体勢から、猫のごとく体をひねる。

 そのひねりをバネに刀を再び薙ぎ払った。——またあの飛ぶ斬撃だろう。


 それでも俺は走るのを止めなかった。ギリギリまで勢いをつけ、斬撃が俺の顔を突き抜ける直前、男の足元へと滑り込んだ。



 「終わりだ!」



 目と鼻の先、引き金を引く。下からすくい上げるように銃弾は次々に男の肉を抉る。


 猫背の男は口から血を吐き、仰向けに倒れた。


 まだ死なない可能性を考え、俺はすぐさま立ち上がり、銃口を男に向ける。


 しかし男は血走っていた眼で俺を睨み続けるのみ。



「なんで、おれ、が! こんな目に……」



 男の荒げた呼吸で、俺に向かって叫ぶ。



「あんたのその飛ぶ斬撃、薙ぎ払うときにしか飛んでこなかった。剣だって、何度も振り回すこともしなかった。だから俺はあんたが剣の扱いに慣れていないことに賭けたんだ」



 男の呼吸は徐々に小さくなっていった。やがて男は、塵となってその姿を消した。



 ——終わったのか?



 手元からキラリと何かが光る。どうやら持っていた銃に金属のタグが引っかかってたらしい。


 そこにはただ、「ボッツ」とだけ書かれていた。



 ありがとう、ボッツさん。おかげで助かった。



 心の中で感謝を述べつつも、たった一瞬で何人もの人間を失ったことに改めて気づかされたようで、俺は膝をついて泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る