第3話:おやすみ
たどり着いた先は、基地というには小さく、いくつかのテントが張ってあるのみ。そこにいる人たちは、緑の迷彩服を着てはいるものの、どこか楽しそうに作業をしていた。
銃や剣などが立て掛けられてはいるが、ここはキャンプ場だと言われても、何も疑わないくらいだ。
車を停めて、降りると一人のおじさんがやってきた。
「よぉ、兄ちゃんたち。話は聞いてるぜ、早速だけど奥にある建物で俺らの上司に挨拶してきてくれ」
おじさんが指さした方向に小さなコンクリートの建物があった。どうやらテントで隠れて見えなかっただけだったらしい。
「ありがとうございます」
俺は礼を述べ、エリと共に早速その建物へと向かった。
「遠路はるばるようこそ、北東基地へ」
建物に入ってすぐ黒い軍服に身を包んだ人がテーブルに肘をつき、両手を組みながら出迎えた。
鋭い目つきと威厳のある風貌に背筋を伸ばさずにはいられなかった。そんな様子を見て目の前のお偉いさんはクスリと笑う。
「そうかしこまらないでくれたまえ。私は君たちの上司ではないのだから」
そう言って立ち上がり、右手を差し出した。
「私はハイロンだ。よろしく」
「よろしくお願いします」と、俺とエリはハイロンと握手を交わす。名乗ってもらって、返すことができない状況にもどかしさを感じる。
「君たちの事情は十分に知っている。今日射撃訓練を行う故、宿主として力が目覚めるまでの間、自衛の手段として活用してくれたまえ」
「宿、主?」
エリがぽつりと呟く。その言葉にハイロンは強く反応した。
「そう! 君たちメルバの戦いぶりは以前見させてもらったが、その一騎当千ぶりに私は感動した! まさしく神が宿ったと言っていい!」
ハイロンは目を見開き、腕を大きく広げる。そしてその声は徐々に大きくなっていく。
ハイロンはハッとしてすぐに落ち着きを取り戻した。
「こほん、失礼した。ともかく我々は君たちが持つ力に敬意を表しているんだ。期待しているよ」
ここでの活動など一通りの説明を受けて、俺たちはコンクリートの建物の外へ出た。
「あの偉い人、私たちのこと宿主って言ってたよね。宿主って、はっきり覚えてないけどあまりいい意味じゃなかった気がする」
「ちょっと待って、えっと、確か寄生虫の寄生先のことだったかな?」
「ちょっと! 寄生虫とか気持ち悪いこと言わないで!」
せっかく残っていた記憶の中から答えたのに、理不尽にもエリに背中を叩かれる。
それにしても、神様を寄生虫と同じように扱うのかと疑問に思ったが、この世界の文化か、単に言葉のあやかもしれないとそこで考えを止めた。
「よぉ!」
「あ、さっきの」
テントの茂みの奥から、車を降りたときに話したおじさんがやって来た。
「俺ぁボッツだ。兄ちゃんたちの世話係を任されている。訓練に参加するんだろ? もう始まるから、早速行こうぜ」
キャンプ場を突き抜け、大きな広場につく。木製の的がきれいに並んでおり、細長い台を挟んで相対する兵隊たちが銃を構え、各々発砲していた。
連続した爆発音を鳴らす銃声に耐え切れず、俺は耳をふさいだ。
「わりいなぁ!うるさくて!銃の横に耳当てがあるからそれ着けてくれ!」
台上にあるいかにも耳栓のような道具を二つ持ち出し、一つをエリに渡す。
両端のくぼみを耳に合わせて、耳当てを装着する。次の瞬間、頭から何か吸い寄せられるような感覚に合い、眩暈に襲われる。
僅かな時間を経て、眩暈が治まると、あれだけうるさかった銃声が小さくなった。反対に、人の声は変わらないボリュームで聞こえた。
「その様子だと、問題なさそうだな。すごいだろ、これ。体の中の僅かな魔力で動くんだぜ」
ボッツは、誇らしげに語った。俺の横でエリは、「こんなイヤホン見たことない」と驚嘆していた。
「よし、銃の打ち方を教えるから、その通りにやってみろ。笛の音が鳴ったらすぐ撃つのをやめるんだぞ」
持ち場に移り銃を持つ。ボッツの指示のもと銃を構え、的を睨む。引き金に人差し指を合わせるも、指はそれ以上動かなかった。
——思っていたよりも緊張しているらしい。
俺は、深く深呼吸をした。
それもそうだ。銃は人を殺す道具。人を殺すことにためらいのない奴などそうそういないだろう。まして今まで殺人を犯したことがない俺なんて特に……
ズガガガン!
考えに
今置かれた状況に驚いていると、高らかに笛が鳴る。
「兄ちゃんやるなぁ! よし、今度はお嬢さんの番だ」
俺は、銃を台に置き、エリとポジションを交換した。
なんで俺は、人を殺してないと思ったんだ? 覚えていたから? それとも、今思い出したのか?
銃を撃った時の自分に疑問を抱きつつ、エリが銃を撃つ様子を眺める。
俺と同じように、いやそれ以上に怯えているのか、構えはできているものの全身が震えていてなかなか動かない。再び笛が鳴る直前で発砲に成功したようで、同じように驚いていた。
どうやらエリもきれいに的を撃ちぬいたようだった。
「お嬢さんもやるなぁ! よし、おれも負けてられないぜ!」
ボッツは元気よく、肩を回しながら台の方へ歩いて行った。
戻ってきたエリは、驚いた顔のまま俺の横に来た。
「私、初めて銃を撃ったのだけれど、あれってあんなに軽いものだったかしら?
もしかしてサンクさんが『体がいじられている』って言っていたのは本当なのかな……」
「確かに、って君はこの世界に来る前のこと覚えているの⁉」
悲しそうな顔をするエリにもっと気の利いたことを言えばよかったものの、自分の記憶について思考が囚われていたからか食い気味に質問をぶつけたせいで、会話のキャッチボールが怪しくなる。
「えっと、それは……。 あれ? 『確かに』って、君は何か思い出せたの⁉」
俺の質問に、エリはうろたえた。それをごまかすように今度は俺に質問を投げかける。
「わからない。ただ、銃を持った時、怖くなったんだ。『俺は、殺人の道具を持っているんだ』って考えると、手の震えが止まらない。ほら今だって」
俺は手のひらをエリに向ける。あまり心配をかけたくなかったので、少し笑って見せた。
エリは何か言おうとしたのか口を開きかけたが、グッと口を結んだように見えた。
「お~い、兄ちゃん! 交代だぞ~」
続いた沈黙を破るボッツの陽気な声。
俺はボッツと交代して、射撃訓練を再開した。あれ以降特に驚くことも無く、淡々と訓練が続いた。
訓練中、エリと話すことはなかった。
訓練が終わって、日も落ちた頃、俺たちは焚火と鍋を囲んで夕飯を共にしていた。
一部の兵士たちは酒を片手に肩を組んで歌っている。
酔っぱらいたちの歌は正直リズムも歌詞もよく掴めなかったが、それでも合の手を入れる人やリズムに合わせて体を揺らす人らなどを見ているととても心地よかった。
ボッツが教えてくれたが、どうやら久々の酒の配給だったらしい。
「俺らはなぁ、落ちこぼれだったんだよ」
酔っぱらったボッツが俺とエリの肩を強く叩いて語り始めた。
「お前らよりもずっと小さな娘がいるんだが、魔法が使えねぇから、ろくに金も稼げねぇ。苦労したんだぜ、ここにいるみんな、な」
ボッツは酒をあおる。大きかった彼の声がさらに大きくなっていった。
「したら、国が急に俺らみたいな魔法が使えねぇ奴集めてよぉ、銃とかいう変な棒みたいなやつを持たされて、こうして軍の仲間入り! 金も人一倍もらえて国には頭が上がんねぇや。お前らも似たような感じだろ? だったらもう仲間みたいなもんだ! ほらお前も踊るぞ!」
ボッツは俺を引っ張って、踊りの輪の中に加わった。
飲めや~食えや~
……たしかこんな歌だったと思う。
「なんで、テントが一つしかないの⁉」
就寝に当たって案内された場所にエリは不満を漏らした。
兵士の一人を捕まえて、もう一つテントを立ててもらおうとお願いしていたが、暗いのもあって追い返された。
「俺、外で寝るから一人で使っていいよ」
俺もさすがに気が引けたため、その場から立ち去ろうと歩きはじめると、エリは袖を掴んで引き留めた。
「待って! 君が何もしないって約束してくれるなら大丈夫だから。 それに私のせいで風邪をひいてもらっても困るし……」
こうして文字通りひとつ屋根の下で眠ることになった。
せめてものとして俺は彼女に背を向けて目を閉じる。
「まだ起きてる?」
エリは俺に問いかける。俺は「ん?」とだけ返事をした。
「私ね、実はここに来る前の記憶全部覚えているの。サンクさんのいたところとは違って、平和で……退屈なところだったわ」
俺は静かに彼女の話を聞く。
彼女のことは何となく気づいていた。それだけに俺もどう接していいかわからなかった。
「だからね、最初は怖かったの。知らない場所で不自由な暮らしが始まって。でも、さっきは楽しかったわ。 ……そう、楽しかった。それだけ、おやすみなさい」
急に話を切り上げる彼女。
またはぐらかされた気分だ。でもそれでいい。初対面での人との距離感とはこんなものだろう。
少しずつ、仲良くしていけばいい。
俺は「おやすみ」と返して、眠りについた。
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