ちょっとえっちなネコミミメイドさん

 寒空の下、肩を震わせてくしゃみをする。

 台所から裏口を出て、枯れ葉や紙ごみを集めた袋が無造作に放り込まれた小さな集積所、青いポリバケツがいくつか置かれて、その奥にはプレハブでできた物置が覗いている。コンクリートブロックを椅子にして白い溜息をつく。

 いい加減諦めるべきなのだろうか。

 扉の開く、甲高い音が聞こえて、ちらと見る。

 そこには詰まったゴミ袋をいくつか抱えたメイド服の女性が。

 裏口から地面までは数段の階段があった――足元が見えないらしく、一歩ずつ慎重に下っている。

「な……!」

 なんだあれは。

 まさか本当に実在したとは、あれは見間違いではなかったのか。

 雑に集積所へゴミ袋を投げ込む女性、動作のたびに太い一本の三つ編みが揺れている。

「あ、あの」

 ごみ捨てが終わって、白いシルクの手袋を付けた手を払う。

 女性は気が付いたようにこちらを見て――にへらと、嬉しそうにも無機質にも見える不気味な笑みを浮かべた。

「おやおやおや清お坊ちゃまではありませんか。こんな寒いところでどうなされたのですか?ささ、早くお部屋に戻りましょうね」

 ロングスカートの白いフリルが細かくあしらわれたメイド服。レースのメイドキャップを深く被り、黒縁の丸眼鏡、三白眼の瞳は黒く、目元には深くクマの痕が残っていた。耳には軟骨までピアスが開けれていて、左に四つとイヤーカフス、右耳には五つ。こんなに穴の多い耳を見るのは初めてで、少しだけ痛ましく、それと同じくらい羨ましく思った。

 じろじろと見る僕を気にする様子もなく、指先が赤くなった手を握って、裏口の扉を開く。

 彼女の手はやけに温かく、柔らかい。腕を引き、背を向けるように前を行くメイド服の女性――彼女が階段を昇ろうとして足を挙げたときに、長い丈のスカートは大きく引っ張られる。

 するりと彼女の白く、赤みがかった生足が見えて、少し目を逸らしながらも視界の端で後ろめたく見ていた。

 にょろにょろと。

 彼女のスカートの中から生えるようにして、黒くふさふさで意志を持ったように動く棒のようなものが。

 まるで尻尾のようなそれをじっと凝視していると、ふとそれはスカートで隠されてしまう。

「そういうお年頃だというのは分かっていますが、あんまり女性の生足を見るものではないですよ」

 その台詞に顔がどんどん熱くなる。

 彼女はくすりと笑い、手を口元に持っていきながら目を細める。

「ちがっ、尻尾が気になって」

「お尻尾?私に尻尾なんて生えてませんよ……なんだったら確かめてみますか?」

 メイドは自分のスカートをある程度たくし上げて、繋いでいた手をそのまま中に潜り込ませようとする。

 パンツは見えないまでも太ももまで肌が見えていた。

 顔を近づけ、彼女は吐息交じりに「いいんですよ」と耳元で独り言のように呟く。

 手にはレースやシルク、布地の擦れる感触が続いて、熱っぽいものが近づいているのが肌感で伝わる。

 彼女は僕の手を股を通すように引き入れるつもりだった。

 尻尾があるかどうか、それはただの建前のように軽いものになってしまっていた。

 いっぱいいっぱいになって――普通理性が途切れそうなものを、繋ぎ止めて奥歯を噛む。

 その手をようやく振り払い、一歩か二歩退いて怒鳴る。

「あんまり見るもんじゃないなら触るものでもないでしょ!?」

 思考は乱雑に積み上げられた本のように的確なものを引き出せずにいた。

 精一杯の台詞を吐かれたメイドはぽかんとして――不敵な笑みを浮かべた後、スカートから手を離した。

「その通りですね。これは私としたことがいけない……これはまたの機会にしましょう」

「またも機会もあるか!自分を大事にしよう!もっと大切に!割れ物のように扱いなさいよ!」

 息切れを起こしながらの言葉に、彼女は頷き、深く謝った。

「清お坊ちゃまの言う通りです。申し訳ございません」

「……僕も尻尾のことでおあいこみたいなところあるし、気にしないで。というかなんでお手伝いさんはみんなそんなに丁寧なの?もっと雑でいいのに」

「そういうわけにもいきません。おばあ様には良くして頂いております、ご家族ご親戚の方々にもその恩義をもってご奉仕せねばなりませんので」

 メイドは顔を上げて、つらつらと現代では聞くこともない主従関係のあれこれを告げた。多少行き過ぎていると思うけれど、住み込みで働くとなると、自然とこんなふうに――前時代的な物言いになるのかもしれない。

 思案もしないうちに一つ閃く。

「メイドさんはこの後暇?」

「……暇ではありませんが、お時間を空けることはできますよ」

「じゃあちょっと手伝ってくれないかな」

 昨日から今日にかけて身に降りかかったお年玉に関することを話した。「どうにか貰うようにできない?」僕の深刻な悩みに、メイドはにへらと――喜んでいるのか呆れているのか分からない笑みを浮かべた。

「そんなことですか。私にお任せください」

 彼女はメイドらしく、スカートをつまんで持ち上げ、片足を下げて頭を下げる。

 こなれた動作に感心していると、鼻がむず痒くなる。

「っくしょん!」

 寒かった。

「おやまあ、そろそろ部屋に戻りましょうか。お腹が冷えてはいけませんし」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る