某映画みたいな解決方法

「あのメイドさん」

「はい、なんでしょう」

「僕はお年玉が欲しくてあなたを頼ったんですよね」

「そうですね。認識の齟齬が無ければ、その通りに聞き及んでおります」

 流れる水の音と共に食器やカラトリーのこすれる音も手元から聞こえてくる。温水が手を伝って、肘まで濡れそうになるのを咄嗟に防ぐ。

「なんで皿洗いをしてるんですかね」

「それがお年玉を手に入れるための方法だからにございます」

 洗剤を洗い落とし、隣でフキンを手に持つメイドに皿を渡す。

「そうか……いや、そうならいいんだけど」

 すまし顔で言う彼女に圧倒されて口をつぐむ。

 働いてお金が貰えるのは労働ではないだろうか、お年玉とは程遠いような……手元に視線を移しながら、メイドに器を渡す。

「自分の仕事を減らしたいから僕をこき使ってるとかじゃないよね?」

「……もちろんでございます」

「今ちょっと口ごもったな!?」

「そんなことありません。私は清お坊ちゃまに疑われたことがショックで数秒意識を失っただけでございます」

「それはそれで心配なんだけど」

 キッチンの外、広間から騒がしい声が聞こえてくる。大人たちは正月料理で酒を飲み、子供はとっくに食べ終えてテレビゲームに夢中になっている。カルタとか花札とか双六とか、ゲームに飽きるとそういうアナログな遊びも始めるだろう。ジュースを飲んで、お菓子を食べて、久しぶりに会ったいとこや甥たちと適当に話すのだ。元々大人数で遊ぶことは得意ではない。こうやって洗い物をしている方が、どちらかと言えば心が安らぐ。

 溜息をつくと、「あの……」と隣から不安げな声がした。

「こうして私とお皿洗うの退屈でしょうか?やはりご親戚の皆様と一緒にいた方が楽しいですか?」

 スポンジをこする手を止めて、少し考える――本当のことを言うかどうか。

「……ここで働くメイドさんに言うのもなんだけど、親戚でこうやって集まるの好きじゃないんだよね」

「かなりぶっちゃけましたね」

「申し訳ない」

 最後の一枚になった皿をメイドに向ける。

 少し間があって、にへらと笑ってそれを受け取った。その笑みは寂しそうにも、満足げにも見えた。

「では次に行きましょう」

「つぎ?」

「はい。これとこれと、これを持ってください。さ、行きますよ」

 メイドは水の入ったバケツと雑巾を強引に渡し、小走りで先に出る。

「まだあるのかよ!」


「お皿洗いに廊下の拭き掃除、夕食の下ごしらえ、屋根裏の掃除……これだけやれば大丈夫でしょう」

「どこらへんが大丈夫なのか説明を願いたい」

 彼女の口車に上手く乗せられ、途中疑うこともあったがなんとかここまでやりきってしまった。

 頭には三角巾、手にははたきを持ち、彼女の前に呆然と立ち尽くしている。

 どちらがお手伝いさんか分かったものではない。

 昼から続いた曇り空は時間も相まってより薄暗くなっていた。

 労働も落ち着いて、低く大きなテーブルに二人肩を並べて座っている。

「おばあ様にこのことをお話しください。きっと渡してくれると思うので」

 メイドは相変わらず不気味な――真剣なのかふざけているのか分からない笑みを浮かべていた。

「……そういえばなんでメイド服?他のお手伝いさんは和服が多いのに」

「趣味でございます」

「良い趣味だ」

「お褒めに預かり光栄です」

「じゃあ行ってくるよ。なにがなんだか分からないけど」

 手を振る彼女を背に立ち上がり、廊下へと向かう。ただでさえ暗い廊下はさらに暗く、目に残る光を頼りにどうにか歩けるかどうか、というほどだった。

「ねえ、清ちゃんはさっき誰と話してたの?」

「うわっ!いきなり話しかけてくるなよ……いや誰ってお手伝いさんだよ、メイド服の」

 不思議そうに服のすそを引っ張ってきた小さないとこに伝えると、首を傾げられてしまった。

「どこにいるの?」

「どこってほら、あそこに」

 先程まで座っていた方向を指差して、予想通りの景色に自信げに腕を伸ばした。

「ほらいるじゃん。あのテーブルのとこに」

「えーどこどこ?誰もいないよ」

 いとこは小さな背でつま先立ちにして、メイドを見つけようとする。

 そんなことをしなくても目の前に、彼女はまだ湯呑に口を付けながらこちらに手を振っているのに。

「ヘンな清ちゃん。お母さんと叔母さんがそろそろご飯だからおばあちゃん呼んできてって」

「……ああうん、分かった。呼んでくるよ」

 いとこは軽い足音を立てて、皆がいる騒がしい方向へと走って行ってしまう。

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