祖母宅住み込みネコミミメイドさん

うざいあず

急募:お年玉の貰い方

「あんたもう高校生なんだからお年玉ないよ」

 大晦日、午後十二時前、こたつの天板には空の器が人数分置かれている。僕は時間が止まったように炭酸を飲む手を止めて、急に喉が渇いていくのを感じた。

「今なんて」

 捻り出した母への問い質しはテレビから聞こえる『あけましておめでとうございます!』の言葉に搔き消える。

 

 昼頃、いつもより遅い時間に起きて、今日の予定を頭でなぞり溜息をつく。

 今日は親戚一同が祖母宅に集まる日……元々親戚と集まって何かをする、というのを苦手としており、辛うじて去年まで行っていたのはお年玉という報酬があったからだった。

 行きたくない面倒くさいと駄々をこねていると、抵抗虚しく父の車に詰め込まれてしまう。

 祖母はどう思うのだろうか。親戚が集まる中、いつも目に光が灯っていないのに、より光が失われた僕を見て失望するかも。本当に孫ながら申し訳ない。

 

 祖母宅は県内にある山の深く、死んだ祖父が地主だったとかで私有地は膨大で、家もかなり広い。いつの時代建てられたのか、誰の代で建ったのかも分からないこの家。

 祖父の遺産によって祖母宅はリノベーションされ、住み込みのお手伝いさんが雇われた。二人で住むにも手広で、一人ともなれば手に余る家だったらしく、数人の家事代行者が今はそこに住む。このお手伝いさんがメイドさんとかだったらなあ。


 メイドさんの良さに思いを馳せているといつの間にか祖母宅直前であった。

 鬱蒼とした木々を抜けて、整備されていないくねくねとした道路をゆっくりと走る。

 さらに進むと広い敷地が見えてきて、武骨な門構えと分厚い塀も視界に入る。

 母と同年代くらいの着物姿の女性が門を少し開けてぱたぱたと駆けてくる。

 確か、祖母に雇われたお手伝いさんだ。お迎えに来てくれたのだろう。

 何台か並んでいる横に車を停車し、僕たちは二泊にしては少ない荷物を持って、門をくぐった。

 

 砂利の上に飛び石、横眼に竹林や池、水中には魚影がいくつかあって、被せるように橋がいくつかかかっているのが見られた。

 「お帰りなさいませ」約十人ものお手伝いさんが行く先に整列し、頭を下げた。

 僕は平安貴族になってしまったのだろうか、もしくはヤクザ。家族たちも気まずいのか、まるで視界に入っていないように歩いている。

 こんなに人が雇えるのに僕へのお年玉が無いとかどういうことだろう。

 こんな大きな家なら維持や整備にも相当かかるだろうし、なにより祖父は地主で、祖母は地主の妻で、だったら僕は地主の孫ではないか。

 ふつふつと湧いてきた怒りがここで暴発し、足音を鳴らして玄関の扉を引いた。

 そこには親戚がまばらに座っていたり立っていたりで話していて、戸の開いて閉まる大きな音にこちらを見た。

 その目は獲物を狙う目――久しぶりに会った親戚たちは各々話したいこと多くあるようで好き勝手には話しかけてくる。

 近すぎる距離感で僕をもみくちゃにしていた。

 叔母、叔父、いとこ、甥、姪が入り乱れて、彼らは思い思いに自由に話すものだから、何を言っているのかさっぱり分からない。

「ちょっ、どいてどいて!僕より景を相手にして!行く場所あるから!こんなことしてる場合じゃないから!」

 けいは妹、僕の名前はせいという。

 無遠慮な善意を押しのけ、人混みから抜け出すと、追い付かれないように走り出す。

 彼らは物惜し気にこちらを覗いていたが、すぐに視線は扉の先――玄関前まで辿り着いた家族へと移る。よし、これで僕を追いかける奴はいないだろう。


 祖母はどうせ自分の部屋にいるに違いない――そらで祖母宅の地図を思い描きながら、経路を辿る。

 廊下の電気はついておらず、曲がった先には窓が無いので、かなり手前から黒々とした薄暗さが待っていた。

 その闇の中からメイド服の女性が現れ、会釈をされたので返し、祖母の部屋の前に立つ。

「えっ」

 僕は思わず元来た廊下を見た。

 窓から曇り空のぼんやりとした光が見える、それだけで見たはずの、挨拶をしたはずのメイド服の女性はいない。

 代わりに黒猫の尻尾がするりと抜けていくのが見えた。

 年は二十代くらい、黒髪を長く三つ編みにした、ロングスカートのメイド服の女性。よく見ていなかったがその強烈な格好は脳裏に焼き付いてしまっている。

 いやそんなこと今はどうでもいい。

 ノックをすると「どうぞ」と祖母の元気な声が聞こえた。

 呼吸を整えてから障子を引くと、八畳ほどの、こんなに広い家に住んでいる割には小さな家主の部屋があった。

 畳の上に箪笥や三面鏡、仏壇が並んで、中央には座布団が二枚敷かれている。

 祖母は上座に座り、猫を撫でていた。


 窓の外からは玄関前で見た池や橋が近い。

 手前に敷かれた座布団に座ると、撫でていた手を止め、僕の方へ向き直る。要件を言え、ということなのだろう。

「どうしてうちはお年玉が中学生までなんだ。不公平じゃないか、僕はまだ学生で、バイトもしていない。貴重な財源が無くなれば正月の楽しみが一つ減ってしまう」

「……そういうことね。私もあげたいのは山々なんだけどねえ、そういう決まりだからしょうがないんだよ」

「決まりってそんなに守らなくちゃいけないものなの。これを機に一新するのも手でしょ」

「清がお年玉貰えるってなると、りいるいが貰えなかったのが不公平になるからね。どこで貰えるようにするかも考えないと」

「李叔母さんとか類叔父さんのことも考えてるとキリないよ!」

「でも、これはお父さんが決めたとこだから。私の一存では、どうにもね」

 何かを隠すようにのらりくらりと言いよどむ。

 最後の一言を聞いて「分かった」と行儀よく、部屋を出た。

 そのとき見えた祖母の困り顔にはどうにも怒りをぶつけにくかった。


 お父さんの決めたこと――祖母のこれは祖父が決めたという意味だろう。死人の約束にどう介入しろと。

 祖母が駄目なら親戚を納得させよう、そう思って片っ端から話をしたが皆一様に「そういう風になっているから」と聞く耳を持ってくれなかった。

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