番外集:性癖破壊

「ままぁ・・・どこぉ・・・?」


少女がひとり泣いていた。

歳の頃は身長と童顔なことを見るに、小学二年生あたりだろうか。髪が短いことも相まって、男の子にも見えるだろう。


今日は休日。

彼女は学校が休みなため、母親と遊園地まで遊びに来ていた。都内でかなり有名な某テーマーパークだ。

しかしやはりと言うべきか、あまりの人の多さに少女は母親とはぐれてしまった様子だ。


周りの女性たちも助けようとはしているが、少女の見た目が男の子か女の子か分からないため、助けたとしてもセクハラで少女の親が通報しないとも限らないのだ。

だから殆どが眺めているだけで、助けの手を伸ばそうとはしなかった。


「うぅっ・・・ひぐっ・・・」


彼女がいかに泣き出そうと、彼女がいかに喚こうと、周りの女性たちは助けない。助けられない。


だが何人か、それでも女の子を助けようと話しかける者がいた。彼女達は思った。

これで捕まったとしても、男の子に触れるならいいじゃん、と。


なんか変に歪んでいた。


だが、そんな中───1人の可愛らしい女性(?)が、下を向いて俯いている女の子に話しかけた。


「君、迷子?」


「ッ・・・う、うん」


急に話しかけられて驚いた女の子だったが、弱々しく頷いた。それを見て女性はふふっ、と微笑むと続けて女の子にこう言った。


「そっか、じゃあ僕と一緒だ」


「いっしょ?おねーさんもお母さんとはぐれちゃったの?」


不思議そうな顔で女の子は自分の目線まで屈む女性に対して、疑問を投げかける。

何を意図してるでもなく、ただただ純然な興味として、女の子は気になったのだ。


「ぐっ、お、お姉さん・・・ぼ、僕は友達とはぐれちゃったんだ」


しかし、何故か女性は女の子のおねーさんという言葉に露骨に落ち込むと、死んだような目で女の子に言った。女性の頭にはネズミの形をした耳飾りが着けられていて、死んだような目と対照的に、女性を可愛らしく彩っていた。


「だ、だからさ。おにーさんの僕と一緒に君のお母さんを探そうよ。僕もそのついでに友達を見つけるつもりだし」


やがて、数十秒ほど落ち込んでいたかと思うと、女性はいきなり顔を上げて、おにーさんの部分をやけに強調しながら言った。


「おにーさん?おねーさんはおにーさんじゃなくて可愛いおねーさんだよ?」


「ぐふぉっ!?・・・も、もうそれでいいや」


しかし女の子はまたもや不思議そうな顔で告げ、その発言にダメージを食らう女性。

完全に諦めていた。


「それじゃ、行こうか」


女性は立ち上がると、女の子に手のひらを差し出した。

手を繋ごうという意味らしい。

確かに長期休みじゃないのにも関わらず、この人数は暴力的だ。


「うん!」


女の子は素直に従い、女性の手を取った。

手を取ったことを確認し、スイスイと女性が前を進むが、何故か周りの女性たちはどんどんを道を開けていった。


まるでモーセの十戒のように、進むべき道が空いていく。


女の子を連れてその空いた道を悠々と進む姿は、まるで聖女のように可愛いらしく、美しい。

それゆえ周りの女性たちは道を開けるしか無かった。


自分とその女性の容姿を比べて、完全敗北したのである。


「なーんか道空いてるね・・・これならもう着きそうだ。っあ!そういえば、君の名前は?」


「え、えと・・・ゆ、ゆかりです」


「ゆかりちゃんか。僕の名前は湊っていうんだ!よろしくね!」


しかしそれに気付いた様子はなく、ゆかりを連れてどんどん先へ進んでいく女性・・・湊。

思い出したかのように唐突に名前を聞かれたため、ゆかりは少し悩みながら答えた・・・が。


ゆかりは不安だった。


このままどこかに連れていかれたらどうしよう、と連れていかれる中でうっすらと考えていた。

そういえばおかーさんは知らない人には付いて行くなって言ってた・・・と、今更ながら思い出すがもはや自分には抵抗することができない。


少女は覚悟を決めた───しかし、その心配は杞憂だった。


「よし、着いたー!」


気づけばゆかりは、白い建物に連れてこられていた。

中に恐る恐る入ると、そこには優しそうな笑みを携えたお姉さんが、たおやかに受付をしていた。


「こんにちは、迷子ですか?」


「・・・はい、そうです!この子がお母さんからはぐれたらしくて・・・なので、ここに来てお母さんを呼び出してもらおうって思って来ました!」


「えっ」


受付のお姉さんが女性に尋ねると、湊は少し口篭りながらも事の顛末を伝えた。

しかしその話を聞いていたゆかりは、女性の話が先程聞いていたことと違うことがわかった。


おねーさんも迷子なんじゃないの?

そう聞こうと思ったが、やめた。


湊が自分のためにここまで連れてきたのが分かったからだ。


今も見てみてれば、湊と受付のお姉さんは会話をしていて、どうやらマイクを使ってパーク内に呼びかけるらしい。

それを聞いて、湊も「それなら大丈夫ですね」と安堵していた。


「良かったねゆかりちゃん!これでお母さんが迎えに来てくれるよ!」


「ほんと!?」


「うん!でも結構人多くて時間かかると思うから、それまでおにーさんと一緒に待ってようよ!」


「ありがとうおねーさん!」


「ヴッ!?」


ニコニコしながら湊がゆかりに告げた言葉は、ゆかりにとって朗報以外の何物でもない。

その報告を聞いた途端に元気を取り戻し、湊と一緒にゆかりの母を待つことになった。


数分後、湊の言っていた通り、ゆかりの母が血相を変えて走ってきていた。

かなり探し回ったのだろう、額には汗が浮かんでいて肩で息をしながら「ゆかりー!」と呼んでいた。


「ママァーーーー!!」


「あぁよかったぁ!!」


直後、ゆかりが走り出し、母に抱きつく。

母の方もゆかりが転ばないように抱き着いてきたゆかりをしっかりと抱きとめた。


ほろりと、母の目に涙が浮かぶ。

・・・いや、泣いているのは母だけではなくゆかりもそうだった。

きっと、一人でいなくなった母を探していた時はかなり心細かったのだろう。

だからこそ母を見つけてその緊張の糸が途切れたおかげか、二人とも涙を流しながら、再会を喜んでいた。


やがて二人とも泣き止み、母の方が───微笑ましそうで・・・少し泣きそうになっている湊と、笑みを浮かべて安心した表情を浮かべた受付の女性を見つめて、ぺこりと頭を下げた。


「・・・私の娘をありがとうございます」


「い、いいえそんな!顔を上げてください!僕は当然のことをしただけですよ!」


「そういう訳には行きません!このお礼はいつかきっと返させて貰います!」


ゆかりの母の畏まった態度に湊も少し動揺するが、そんなことはお構いなくゆかりの母は湊に感謝の言葉を述べた。

だが本当に大したことはしていないと思っていた湊は、彼女の言葉を利用して切り抜けることにした。


「じゃ、じゃあ僕はゆかりちゃんに少し言いたいことがあるので、それを聞いてもらえれば僕はもう大丈夫ですから」


「言いたいこと・・・ですか?分かりました。ほらゆかり・・・」


疑問に思いつつも、彼女はゆかりを湊の前まで呼び寄せた。

彼女に呼ばれたゆかりが湊へ目線を向ける。

ゆかりは完全に湊への警戒心を解いており、ニコニコと可愛らしい笑顔で笑っていた。


「おねーさんなーに?」


「おねっ・・・こほん。まず、ゆかりちゃん?今日は僕が助けてあげられたけど、次はもしかしたらこわーい人が助けようとするかとしれないよ?」


「こわーい人?」


「そう、怖い人。だから次からはぜーったい迷子になっちゃダメだよ?おにーさんとの約束!」


「・・・わかった!約束する!」


そう言って小指を差し出した湊。

話していた内容はとても可愛らしいものであったが、湊は真剣だった。

次は誰がこの子を助けるか分からないが、悪人の可能性もある以上、次からは迷子にならないように・・・という純粋な願いがこの話に込められていた。


それを感じ取ったのか、笑顔で湊の小指を握るゆかり。


「ん、いい子だね・・・あ、そうそう」


しかし、急に湊がイタズラっぽい顔をして、ゆかりの耳元に口を寄せてこう言った。


「───僕が男ってこと、秘密にしてね?」


「ッ!?え!?」


パチッとウィンクをしながら耳元で話す湊の魅力は、既に小学二年生にはキャパシティオーバーしていた。

そのあまり、ゆかりの脳内に幸せ物質ミナトミンが流れ出し、存在しない記憶を掘り起こす。

その間、僅か0.3秒ッ!


「・・・お兄ちゃん」


「ん?おっ!そうそう!僕はお兄ちゃん!お姉ちゃんじゃないからねー?」


ポツリと呟く言葉。

しかしそれすら聞き取り、まるで「お兄ちゃん」であることが真実のように嬉しそうな顔で肯定する湊。


少女は理解した。


この人が私のお兄ちゃんだと。



暫くして、湊と別れて2週間がたった頃。

彼女の寝室にはお兄ちゃんモノの本が何十冊にも積み上げられていたという。

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