番外集:性癖破壊②

「ぬふふっ!!!やりました!遂にやりやがりましたよぉぉ!!!」


とある一軒家。

既に夜の帳が降りて、皆が寝静まっている頃。


一人の少女が雄叫びにも似た歓声を上げながら、パソコンの画面を食い入るように見つめていた。


少女の名前は、沙隠サガクレ 詩音シオン。先月に青峰学園に登校するようになった、ピチピチのJKである。


周りから見て、彼女はかなりの秀才だ。青峰学園に入学出来るレベルだと言えば、その実力が伺えるだろう。


さて、そんな詩音だが・・・一つだけ、周りに言えない趣味があった。


「ぬふ、ぬふふ!ようやく夜ノ帳先生の神作、『女が少ない世界で私は逆ハーレムを築く』の事前発売会にいけますよぉ!!!」


そう、ヲタク趣味である。


人に言えない趣味?いいや、今どきヲタクの子なんて山ほどいるだろう。

なら何故人に言えない趣味としているか、それは周りからの詩音の評価に関係している。


彼女は学校ではクールを装っていた。

男に話し掛けられようが、「なに?私になにか用があるの?」と気取っていた。


何故か?答えは簡単───その方が男子にモテるかな、と感じたからである。


「ぬふっ、ぬふぇふぇふぇ・・・あっ、やばい。ヨダレが・・・」


クールを気取る事で性欲無いアピールをかまし、冷たくすることで「おもしれー女」ポジを手に入れようとしていた。


全て『女が少ない世界〜』で仕入れた知識である。


まぁ結果として男達からは嫌われているのだが、本人だけが上手くいっていると確信しているという可哀想な少女であった。


青峰学園で開催されている美少女ランキングにも友人に勝手に入れられたからしょうがなく出た、ということになっているが実際は土下座をして友人に入れてもらっているのである。


お陰で功績は八位。十分美少女と名乗っていいレベルだが、上には上がいた。


春峰 湊とかいう女子生徒である。

あまりにも圧倒的な可愛さだったらしいが、八位という順位が悔し過ぎて顔は見ていない。噂だけが先行している状況だ。


何でも天使やら女神やら皆の嫁やら呼ばれていると聞くが、顔を知らない詩音からすれば固唾モノ。


そんなことよりも今は、事前発売会の事で頭を支配されていた。


「よし、そうと決まれば事前発売会のために服を見繕わなきゃなー。ま、私って結構可愛いし?そんなにメイクしなくても大丈夫でしょ」


鏡を見ながらうっふーんとポーズを取る詩音。

あわよくば事前発売会に来た男子とぬふふな展開になればいいな、と妄想を重ねていたのだが───。


「は?なにあの美少女・・・?」


結構なお洒落をして事前発売会に来た彼女を待ち構えていたのは、とんでもないオーラを放っている美少女だった。


「は?は?は?可愛すぎでしょ何あれ」


もう一度言おう。

銀のたなびくサラサラな髪と、優しさの籠った美しい碧眼。そして形のいいプリっとした唇に整った鼻を持った美少女が、そこにいた。


気のせいだと思いたいが、キラキラした後光が差して見える。

女として・・・否、生物としての圧倒的な格差を見せつけられた気分である。


そんな美少女が今、キョロキョロと辺りを見渡して挙動不審げにしていた。


事前発売会の名の通り、これから発売される『女が少ない世界〜』の最新刊が一般より早く発売されている。そして勿論、今まで発売されてきた刊もあるのだが、それを興味津々に見つめていたのだ。


もしかして初めて来るのだろうか?


「ぬふ、あの子ってもしかして初心者ですかね・・・ここは先輩として一つ、教えてあげてやりますか」


決して小動物のようにウロチョロしているのが可愛かったとか、どんなメイクしたらあんなに可愛くなれるか気になった訳では無い。


そう自分に言い訳をして、目の前の美少女に話しかけた。


「あのぉ〜」


「んっ!?な、なんですか?」


美少女は一瞬ビックリしたようだが、すぐさま朗らかな笑みを浮かべていた。


碧色の柔らかな瞳が詩音を居抜き、ふんわりとした髪が揺れる。鼻腔をくすぐる優しい香りが、詩音の脳内をめちゃくちゃにした。


ガシャン、と開いてはいけない扉が開き掛けた音がする。


詩音がボーッと美少女の顔を眺めること数秒、「おーい、大丈夫ですか?」なんて言いながらフリフリと目の前で手を仰がれて、漸く意識を取り戻した。


(ぬっ!?い、今私見蕩れてました!?ぐぬぬ、流石は美少女。私ほどではないにしろなかなかやりますね。てかこの人・・・え、嘘でしょ?もしかしてノーメイク・・・?)


間近で見て気付いた驚愕の事実に、思わず目を見開く詩音。

気を取り直して美少女に話し掛けると、どうやらその子は予想通り初めての事前発売会で、何をすればいいか分からなかったらしい。


何でも姉が『女が少ない世界〜』を持っていたらしく、気になって読んでみたらハマってしまったとのこと。


「ぬふ、面白いですもんねこれ」


「そうなんだよぉ。で、気になって応募したら当選しちゃってさ・・・軽くお洒落はしてきたけど、周りの人達が避けてくからおかしい格好してるかなって困っちゃって」


そういいながら眉を下げる美少女に、そりゃそうですよと言いたくなる詩音。

こんな美少女が周りにいたら、自分含めたヲタク達は陽の気に攫われて消えてしまう。


その後も美少女と話をしながら、漫画版だけではなく書籍版も籠の中に入れていく。


(・・・なんでしょう、まるで男の子とデートしてるみたいです)


並んで歩くと、身長差的に男子と歩いているみたいになる。

同年代の子よりも少し身長が低めな詩音から見て、美少女は約160センチほどだろうか?


(っていうか、化粧してないのに何でそんなにお肌がピチピチなんですかね?・・・にしても、横顔も可愛いとか反則チートじゃないですか?)


心の中で愚痴を言いながら、じっと横に並ぶ美少女の顔を見上げる。


「ん?ふふ、どうしたしたの?もしかして僕に見惚れちゃった?」


「ぬふぇっ!?そ、そんなわけないじゃないですか!!!」


「あはっ、冗談だよ〜。でも君みたいな可愛い子に見られたら僕も照れちゃう」


「か、可愛いのはあんたの方ですよ!」


「ぅぐっ、可愛いか・・・でも嬉しい。ありがとう!君も可愛いけどね?」


頬と耳を真っ赤に染めながら、事も無げに可愛いと告げる美少女。


この瞬間もまた、ガシャンと開いてはいけない扉が開きかける音がした。

そしてそれと同時に詩音は理解する。


あ、コイツ絶対タラシだと。


ゲームやアニメで例えるならいたずらっぽいお姉さんタイプで、恥ずかしげもなく可愛いとか言ってくるけど、褒められると頬を染めて可愛らしく照れてくる奴だ。


───は?なんだコイツ、最強か?


詩音は世の中の不条理を恨んだ。


(私はイケメン好き、私はイケメン好き、私はイケメン好き、美少女なんて嫌い、私はイケメン好き、美少女なんて・・・や、やっぱり嫌い。私は美少女好き、私はイケメンなんて───アレ?)


詩音は考えるのをやめた。

これ以上考えると、変な扉を開きそうになるからだ。


ガシャンガシャンと音を立ててこじ開けられそうになる扉を抑えながら、美少女の買い物に付き合うこと数分。


唐突に時計を見上げた美少女が額にたらりと汗をかいて告げた。


「あっ、やばい。そろそろ家帰らないと」


「もうですか?」


「うん。この後は姉さんとデートがあってさ」


「デートですか?変な言い方しますねぇ、ぬふ。まぁいいです。それなら私もそろそろ帰りますか」


「うん。あっ、連絡先交換しない?また一緒に遊びたいからさ!」


「私の連絡先ですか?うーん、でも会ったばかりですし」


「うぅん、だめ・・・かな?」


美少女が瞳をうるうるさせながら上目遣いで見つめてくる。


もう詩音の扉は全開寸前だった。


「わ、分かりました。分かりましたから!そんな可愛い顔で見つめないでください!性癖がねじ曲がります!」


そう言って半ば強引に美少女の持っていたスマホを取ると、RAINの連絡先をお互いのスマホに登録した。


そのままスマホを渡せば、美少女は嬉しそうに「ありがとう!」と微笑んだ。


(・・・もう私、女の子でいいや)


詩音の扉は全開になった。否、もはや全壊になったと言うべきか。


その後は素直にそのまま別れることになったが、去り際に「じゃあね、詩音ちゃん!」と教えても居ない名前を呼ばれた時はビックリしたが、それよりも新しく増えた友達に嬉しさが込み上げていた。


「・・・アレ、そういえばあの子の名前って何でしたっけ?」


しまった、名前を聞いてない。

今からRAINで聞くべきだろうか?


そう思ってRAINの画面を開き、先程登録した名前を見て衝撃の事実に気付く。


「なになに、はるみねみなとですか・・・んんっ?えっ、も、もしかして───春峰 湊ォォォッ!?」


この日、一人の少女の性癖が歪んだ。

それと同時に湊ファンクラブにまた一人、新たな新入りが参入したのはここだけの秘密である。

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