貞操の危機より命の危機

とある路地裏。

水族館デートの帰りに謎の女性達に襲撃された僕は、今現在貞操の危機に陥っていた。


「げへへ、一体どんな顔してくれんだぁ?」


「ひぇぇ・・・」


勘違いしてもらっては困るけど、前者のセリフが女性たちで後者が僕だ。


逃げようにも腕と脚にきつく紐が結ばれてるせいで、思うように身動きが取れない。

せめて身体能力が下がってなければ・・・全力の六割くらいあれば縄を引きちぎれそうなのに、クソザコナメクジでしかない今は解けると思えない。


くっ、やっぱりここで童貞を卒業するしかないのかな?初めてが野外ってレベル高いんだけど・・・。


「さぁ!遠慮なく私たちに食われろぉ!」


「うわぁぁぁーーー!?」


万事休す。

何の抵抗も出来ない僕は、大人しく運命を受けいれるべく目を閉じた。


・・・あれ、来ない?


視界が光を失って数秒、襲い来るだろう衝撃に身構えていたはずが、何故か期待していた恐れていた身体に反して何も起きない。


何が起こってるんだろ。

確認したいから目を開けていいかな?


「・・・ッ、あれは!?」


不思議に思って瞼を動かして、目に映った光景に思わず声を上げてしまった。


視界に入るのは、暗い月明かりに照らされて輝く白い髪の少女が、周りの女性たちを引き倒しながら暴れている様子だ。


そして、僕はその白い髪に見覚えが“あり”すぎる。


「ちぃっ、なんだお前!いきなり襲って来やがって!」


「お前も楽しみてぇなら入れてやるから!まっ、入れる・・・のは私達だけどなぁ!?」


「きめぇわ!お前は黙ってろよ!」


仲間割れする女性達。

反して白い髪の少女は一人のはずなのに、バタバタと女性たちを倒していく。


一瞬、白い髪の隙間から赤い瞳が覗くのが見えた。


やっぱり───ッ!


「な、なんで君がここにいるのさ───雫」


「愚問。助けに来た」


夜を白に染め上げる白い髪が舞踊り、その度にまた女性達が倒れていく。


あんまり運動が得意じゃないはずの雫がなんでここにいるのか分からない上に、息も上がってる。このまま倒れるのも時間の問題だ。


「ちっ、ガキが!私たちの邪魔すんなぁ!!」


「疑問。私の湊を襲っているのは貴女達、邪魔するのは当然」


どうしよう、雫がカッコイイ。


って、いやいや落ち着け僕。

せっかく雫が助けに来てくれたのに、眺めているだけなのは格好つかないよ。


試しに力を込めて力ずくで外そうとしてみるけど、腕が痛くなるだけでビクともしない。


・・・身体能力が低下してるせいだ。

でもこのままじゃ雫がやられちゃう。


「おいおいガキィ、息上がってんぞぉ?」


「はぁ、はぁ、それが、なに?貴女達程度、私で充分」


追い詰められる雫。

口では余裕そうに振舞ってる。足も腕も震えてて限界なのを隠して、未だに無事な女性たちを睨み付けている。


・・・情けない。情けないぞ、僕。


「くっ、うぅ・・・はず、れろっ!!!」


僕は、“男の子”だ。

それ以上でも以下でもない。


大好きな友達が助けに来てくれてるのに、男の子として口を咥えて眺める?そんなの───。


「───カッコ悪いっ!」


ミシリ、と音がした。

それを皮切りに、今まで重しを乗せられていたような身体が軽くなり、縛られていた縄を完全にぶち破った。


失った身体能力が戻った・・・?


今までと比べて、二割くらいしか出なかった力が今では五割程出るようになっている。


な、なんでだ?・・・いや、今はそんなことどうでもいいよね。


「へっ、手こずらせやがって」


「・・・やるならやればいい。もう私は抵抗しない」


「ふん。殊勝な心掛けじゃないか?えぇ?」


「このバケモノを助けようとするとは、お前中々見込みあるなぁ!」


僕の目の前には、地面に座り込んだ雫を取り囲む女性たち。数は五人。


その間に割り込むように、僕は引きちぎった縄を空中で回転させてカウボーイみたいに、雫目掛けて巻き付けた。


「んなっ!?」


「くそっ!バケモノめ!」


「縄を・・・引きちぎったのか」


驚愕する女性達の合間を縫って雫に巻き付く縄。


「っ、湊!」


「さぁ、行こう!!」


そのまま力の限り引っ張って、雫を胸の中に抱き留める。


呆気に取られているうちに逃げよう。

今なら撒ける。しかもある程度余力を持った状態で、追ってくる女性たちを傷付けずにいけるはずだ。


いくら女性達とはいえ雫を傷付けられたのはムカムカするけど、抵抗出来なかった自分にも非がある。


だからここは、“母さん達”に任せよう。


「安堵。湊が無事で安心した」


「んーん、こちらこそ。それと思い切り引っ張ってごめん、痛かったよね」


「否定。むしろ・・・湊は何を言わせるつもり?やはりスケベ女」


「失礼なっ!?」


お姫様抱っこしてるから多少スピードは落ちるけど、追っ手は追い付けない距離にいる。

このまま逃げ出してしまおう。


雫も軽口を叩いてるけど声が震えてる。だから安心して貰えるようにしっかり抱きしめた。


「っ!」


「どうしたの?」


「し、羞恥・・・でも、これはこれで役得」


「そう・・・?」


「ん。追加情報、この先にバイクがあるから、そこまで寄って欲しい」


「えっ!?ば、バイクで来たの!?」


「一部肯定。この近くのコンビニに買い物に行った。その時にたまたま湊が連れて行かれるのを見たから、急いで家に帰ってバイクに乗ってきた」


「・・・ちなみに免許は?」


「湊、世の中には知らなくてもいいことがある」


「そうだと思ったよォーーーー!!」


なんて事だ。僕の親友は無免許でバイクに乗って来たらしい。


一応言っとくけど、雫の気持ちは嬉しいよ。

僕のためにそこまでしてくれたってだけで、胸がいっぱいになっちゃうくらいだ。


でもまさか、バイクを持って来くるとは思わないじゃん。しかも無免許なのに運転して助けに来てくれるとは思わないじゃんっ!


「って、待ってよ。じゃあそのバイクって誰の?」


「・・・お姉ちゃんの」


「お姉ちゃん呼び可愛い!じゃなくて、お姉さんのバイクなの!?も、勿論許可は貰ったんだよね!?」


「湊、世の中には知らなくてもいいことが・・・」


「雫のおばかぁ!!!」


クールな雫のお姉ちゃん発言にキュンと来たけど、それ以上に焦りで頭がパンクしそう。


もし雫が壊したら、これって勿論怒られちゃうよね?全責任は僕にあります!って言えば、雫はお姉さんに許してもらえるかな・・・。


これで許して貰えなかったら、代わりに僕が身体で支払うしか・・・。


「うぅ、僕頑張るからね雫!」


「疑問。湊が何を言ってるか分からない───あれ、あのバイク」


もし事故でも起こしたら、って慌てる僕をよそに発見したバイクはそこそこ大きな奴だった。


・・・しかもめっちゃ高そう。

嗚呼、神様。僕がお姉さんの脚を舐めれば許して貰えますか?


「ほ、ほんとに乗るの?」


「当然。ほら湊、後ろに乗ってしっかり私に捕まって───飛ばすよ」


ヘルメットを渡された僕は雫の後ろにしがみつくと、ぶおんぶおんとエンジンが唸り、ホイールが途轍もない勢いで回転を始めた。


「え?うわぁぁぁぁあああっ!?」


16歳。春峰 湊。

今宵、命の危険を感じます。

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