僕は童貞じゃない!
「あー、楽しかったなぁ」
遥を送った帰り道。
そこそこ大きなペンギン人形を抱き抱えながら、街灯が照らす夜道を歩く。
今日は初めてのデートだった。
でも親友の遥と一緒に遊びに行くだけだから、そんなに緊張しないんだろうなって思ってたけど・・・結構緊張しちゃった。
遥と手を繋ぐのも新鮮でドキドキしたし、水族館デート中なんかは、もっとドキドキした。
触れ合いコーナーでペンギンを撫でている時なんか普段の悪戯っぽい表情が優しくなって、愛しいものを見るみたいな顔になってた。
「ん?おーい何見てんだよ。もしかして・・・私に見惚れたか?」
「い、いや別に?」
「ははっ、何だよそれ」
───あんな表情、初めて見た。
男勝りな遥が普段とは違う可愛らしい格好してて、手を繋いで歩いてる時はろくに顔も見れなかったし。
しかも終わり際、体育祭のリレーで少し焦っていた僕を見惚れちゃいそうな笑顔で元気付けてくれて・・・そういうところ、本当にずるいと思う。
遥をドキドキさせるつもりだったのに、いつの間にか僕の方がドキドキしちゃってたもん。
「・・・火照った顔、見られてないよね?」
あんまりにも綺麗な遥に見惚れて、僕の赤くなった頬を見られていないか心配だ。揶揄われたら死ねる自信があるよ。
でもそれ以上に、遥としたデートは楽しくて仕方がなかった。
僕の親友はやっぱり可愛い。
改めてそう思った。
「明日は雫か・・・よし!絶対にドキドキさせてやるもんね!」
いつも無表情な雫がドキドキしてくれるかは分からないけど、楽しかったって思えるようなデートをしたい。
僕の計画した、実は男でしたムーブ。
なかなか僕の性別に気付いてくれない鈍感な親友達含め、いずれネタばらしするつもりだから楽しみだ。
まぁでも、まだまだ先だと思うけどね。
───
──
─
「標的発見、追跡します」
ペンギン人形と戯れる湊の後方に、何人かの怪しい影が湊を追い掛けていた。
普段なら、あるいはデートという心理的に緊張がかかる前の状態の湊であれば気づけたかもしれない。
だが残念ながら、今の湊にはその影たちに気付く余裕はなかった。
───☆
青峰 春陽(生徒会長)side
この世の中は最悪だ。
男女比の差が顕著に別れており、田舎の方になると一度も男性と会ったことがない女性がいる程度には、男性は希少である。
それ故に女は飢え、男は捕食者から身を隠す被食者のように怯えて過ごす、もしくは威張り散らかしているのだ。
日本では宗教の自由が適用されているが、女を人と思わない男達の態度に辟易した女性たちが集い、男たちを滅ぼすべきという旗を掲げてしまうほど。
しかしそれでは、我々人は繁殖できない。
生まれてくる赤子に男のDNAを注入して男を作る研究があったが、成功確率と倫理的な問題で廃れてしまう。
だから───女は禁忌を犯した。
「ほんとに、本当に最悪な世の中だ」
そもそも男に産まれたとして、大抵が女を見下し差別する男になるのは自明の理。
ならばと声を上げたのが、
女に優しく差別せず、頭脳も身体能力も高い顔が整った男。上から目線ではなく、対等な立場で相手のことを考えられる優しい男。
そんな理想の男を想像しよう、と。
だが、結果としてこの研究は失敗に終わった。人間の遺伝子を素にして造られた三体の
“そういうこと”になっている。
「なぁ。貴方はどう思う、
「うふふ。最高の世の中だと私は思うけどねぇ?少なくとも、戦争が溢れていた時代よりは圧倒的にマシだわ」
「そう、か。やはり母上とは意見が合わないな」
書斎で紅茶を嗜む母から視線を逸らしながら、私は自身の書類を片付ける。
今も昔も、母と意見が合うことはなかった。
合理的な判断を好む母と、理性的な考えを好む私とでは当たり前だが。
だからこそ、母によく似た私の黒髪と黒い瞳が嫌いだった。
青峰学園、学園長───青峰
「では質問を変えるが。母上は男性分幸教という宗教団体をご存知か?」
「えぇ勿論」
「そうか・・・」
最近、悪い意味で話題になっている宗教団体、男性分幸教。掲げている思想は、男性を分け合おうというもの。
その思想自体は素晴らしいものの、教徒達のやり方が非常に凶悪だ。
例えばそう、バッグや衣服の中にナイフなどの危険物を仕込み、男性やカップルを見つけたら切り付けたり・・・。
まるで自身のパートナーが居ない屈辱を払拭するように、男を襲っているのだ。
男性を分け合う───つまり、分け合う男性が居ないのなら“襲え”と。付き合っているカップルがいるなら、分け合う気のない女は殺してしまってもいいと。
それが男性分幸教と呼ばれる団体組織の、真の思想だ。
「なら話は早い。青峰学園が糞な宗教団体に襲われる前に、体育祭は禁止した方がいい」
「・・・悪いけれど、体育祭は決行するわ。何があろうとね」
「っ、何故だ!この学園には300人弱の男子生徒がいるんだぞ!?そんなの連中からしてみればいい餌じゃないか!!」
ドンッ!と机を叩き、能面のような顔を浮かべている母に抗議する。
何故母は理解してくれないのか、私には分からない。
こんな状況で体育祭?しかも大勢の男子達が出る?・・・いい餌にしか思えない。
去年に比べ、何故か今年は男子たちの参加人数が多いせいで余計にだ。
男子達のお目当ては分からない。だが何の目的を持つにしろ、今やるには危険すぎる。
だが母は私の意見なんて知らない、という表情で語り掛けてきた。
「───貴方、相当“湊くん”に入れ込んでるらしいじゃない。」
「な、何が言いたい!」
「いいえ何も。強いて言うなら、あの子を狙われたくないなら貴女も黙っている事ね」
「んなっ・・・もし湊に何かあったら、私は母上を───貴女を許さないぞ」
そう言い放って私は書斎室を後にする。
母が一体何を企んでいるのか、私には分からない。いや、分かりたくもない。
今は私に出来ることを探すべきだが、学園長からしてみれば、一介の生徒会長でしかない私などただの生徒と変わりない。
だがそんな私でも湊は、湊だけは守り通さないといけない。アイツが私の人生に光を灯してくれたのだから。
願うのなら湊が体育祭に出場しないのが一番だが、あれだけ身体能力が下がっても練習を重ねているあたり、アイツも諦めるつもりがなさそうだ。
嗚呼、憎々しい。
私が一体どんな思いで君を見ているか、君は知らないだろう?
でも今はそれでいい。何も知らなくていい。
「命を懸けて、私が君を護るよ」
首元に提げた、幼い頃の湊のペンダントを眺めながら、私は深く心に誓った。
───☆
湊side
「げへへ、あんたもなかなかやるようだが、数の前では無力みたいだなぁ?」
「うっ、く・・・」
突如後ろから複数の女性に襲われた僕は、両手を縄で縛られた状態で囲まれていた。
身体能力が低下した中でだいぶ健闘したと思うけど、女の人を傷付けないように手加減しながら逃げるのは容易じゃない。
お陰で手足を縛られて逃げ出さないようにされ、下卑た笑みを浮かべた女の人達に舌なめずりされているのである。
うん、僕ちょー大ピンチ(震え声)
「くっ、ころせ!」
「げひゃひゃ!殺すわけないだろぉ?お前みたいな可愛い男をよぉ!」
「そ、そんなぁ!」
「「げへへ・・・」」
「僕の属性はカッコイイだぞ!?」
「「あ、そっち?」」
可愛いと連呼されて傷付いたけど、それ以上に身の危険を感じざるを得ない。
いやね、分かるよ?
僕イケメンすぎるから、襲いたくなっちゃう気持ちも分かる。
僕の存在が罪、みたいな?
「げへへ、せっかくだからあんたが好みのやり方で犯してやるよぉ!」
「ヒェッ!?・・・えと、その、和姦です。イチャラブ純愛エッチもの、です」
「「・・・か、可愛い」」
でもね?やっぱり僕はこういった強姦ものよりも、カップルがイチャイチャしながらエッチする純愛ものが一番だと思う。
キュンキュンするようなモノなら尚よし。
恥ずかしくて中々見れないけど、小さい頃から結婚の約束してる幼なじみと・・・とか最高です。
嗚呼、僕も結婚の約束してる幼なじみが居たらなぁ。
「ッ?」
あれ、何だろう。急に頭が痛い・・・?
風邪でも引いたかな。でも雫とデートに行かないといけないから、風邪だけはやめて欲しい。
僕が襲い来る頭痛に痛みを堪えていると、周りを取り囲んでいた女性たちが動揺し始めた。
「イチャラブ純愛もの・・・純愛、かぁ」
「私達がしようとしてるのって純愛に入るかな」
「・・・こんな穢れを知らなそうな顔してる男の子襲うの?めっちゃ心痛いんだけど」
何かダメージ受けてるんだけど。
和姦っていうのは、美少女や美女ばっかりの世界で浮かれないために課してる僕の縛りみたいなもの。
元の世界と比べて普通じゃないから、まともには過ごせないのは分かってる。
だからこそ、純愛なんて実現しないと思う。
でも僕は!やっぱり!イチャラブ純愛モノがいいと思います!
「イチャラブとか実在しないから。もしかして君、童貞?」
と思ったら、一人のお姉さんが嘲笑しながら僕の地雷を踏み抜いてきた。
前世も合わせて、年齢=彼女いない歴=童貞歴だった僕には鋭すぎる言葉だ。
あれ、目から涙が。
とはいえイケメンすぎる僕のことだ。
きっと誤魔化したとしてもバレないはず!
「ど、童貞じゃない!・・・もん」
「ぐっ!?」
「やべぇ、鼻血出てきた」
「童貞の男の子って実在したんだ」
あっ、ヤバい。
お姉さんたちの目がマジになった。僕が童貞と分かって明らかに興奮してるよ・・・。
なんで?どう考えても非童貞にしか見えないでしょ僕!?それとも顔か?顔なのか!?
ていうかさっきからお姉さんたち目が血走ってて吐息も荒いし、じりじり近寄ってきてるからちょっと怖いんだけど。
声を出そうにも人通りが少ないところに誘い込まれたから、助けは来なさそうだ。
・・・詰んだじゃん僕。
「さらば、僕の相棒」
数秒後に訪れるだろうエロ同人みたいな展開を想像しながら、僕は目を閉じて相棒の無事を祈った。
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