私の親友がカッコイイわけが無い

私は今日死ぬかもしれない。


「うわぁ、見てよ遥ぁ!ペンギンがいっぱいいるよ!?かっわいいなぁ〜・・・」


ガラス越しに泳ぐペンギンの姿を見てはしゃぐ湊が可愛すぎて、何度か心臓が止まりかけた。いや、もしかしたら既に止まってて、天国で湊の幻影と遊んでるのかもしれない。


そう思ってしまうくらいには、今回のデートは魅力的すぎた。


くそっ、可愛いのはお前だぞ!って言えるような豪胆さが私にあればいいのに。残念ながら私はチキンだ。


「そんなに気になるなら、種類は違うけどこの先の触れ合い広場で、ペンギンを触ったり写真を撮ったり出来るらしいが・・・いくか?」


「っ、うん!いこいこ!」


私が提案すると、朗らかに微笑んだ湊がぐいっと手を引っ張ってくる。


しれっと恋人繋ぎにしている辺り、湊の無自覚天然タラシ具合がヤバい。もし男だったら確実に襲ってたぞ。


猫カフェで猫耳カチューシャを付けてもらった時の可愛さはとんでもなかったが、アクアリウムの水色の光に照らされる湊もいい───まずい、ちょっとドキドキするんだが。


い、いや待て、落ち着け私!

今日はあくまでも唯のお出かけ。俺と、じゃなくて私と湊が二人っきりでデートしてるだけだけだ・・・え、デート?


───私って今、湊と二人っきりで水族館デートしてるのか?


「〜〜〜ッ!!!」


そう自覚した瞬間、自分の顔が紅くなるのを感じた。


前を歩く湊の姿が、笑顔を浮かべる湊の香りが、私の手を握って離さない柔らかい感触が・・・何故か今は、胸をドキドキさせてくる。


なんか、顔熱い・・・風邪でも引いたか?


「?どうしたの遥、何か顔赤いよ?」


「へっ!?いっ、いや?何でもないぞ私は!?」


歩むのを止めた私の方へと振り返った湊に怪しまれながら、我ながら下手な誤魔化しをする。


そうじゃないと心の中まで見透かされそうな碧眼に、このドキドキを悟られそうだから。


遥、と呼ばれる声に自然と手を繋ぐ力が籠る。


「あっ、見えてきたよ遥!」


「お、おう」


「・・・もー、なんでそんなに緊張してるのさ。ほら笑顔だぞ笑顔ー!遥は笑った方が可愛いんだからさ?」


そう言ってにへら、と緩和な笑みを浮かべて私の目を見つめる湊に、再び胸が高鳴った。


あれ、おかしいな。

湊ってこんなに可愛かったっけ?


翻弄される胸中をよそに、いつの間にか湊は私の分の入園チケット代もスマートに買ってくれていた。


後で払うって言ったら、遥のためだから気にしないでよとウィンクして、隅っこにいたペンギンを撫で回そうとジリジリ近寄って行く。


「あっ、おい。そんなんじゃ逃げるぞって、言わんこっちゃない」


「うぅ、遥ぁ・・・」


案の定、湊の熱意に押されてしまったペンギンが逃げ出した。

それはもうとてつもない勢いで、もしペンギンに空を飛べる翼があれば飛んでいたくらいには一目散だった。


涙を浮かべ、情けない声で私の方を振り返る湊にまたドギマギする。


くそ、可愛すぎるだろまじでぇっ!!!


「っ、そんな顔すんなよ。ほら、この子とか触らせてくれるぞ」


「むむ、ほんとだ。はぁー、可愛いなぁペンギン。ベッドに抱いて寝たい・・・」


羨ましい。主に湊に抱かれて一緒に寝れるペンギンが。


雫がもし一緒にいれば、私と同じ思考をしていたに違いない。だってアイツむっつりだし。

この前なんか、湊の体操服から胸が見える角度を計算して覗き見しようとしていたくらいだ。


さすがに引いた。


親友としてそれはどうなんだ?と私が聞けば、ちょっと頬を赤くしながら私に力説してきたのは記憶に新しい。


暫く大人しくペンギンを湊と撫でていると、私の後ろには沢山のペンギンたちの行列が出来ていた。


「わっ、なんで!?なんで僕はこんなに威嚇されてるの!?」


湊は猫カフェに行った時と同様になかなか懐いて貰えず、触ろうと伸ばした指を嘴でペシペシ弾かれている。


気のせいか、私には湊とペンギンの間に白い稲妻が走っているように見えた。


ペンギンと張り合ってんのかよ、可愛すぎだろ。


「むむむ、この子雫みたいだ。全然撫でさせてくれない・・・」


「そうか?雫ならむしろ喜んで撫でられそうだが」


「えぇそうかなぁ。あっ、じゃあこの人懐っこいペンギンちゃんは遥っぽいかも!」


「人懐っこい?」


私の目には渋々撫でられているようにしか見えないが、どうやら湊にはこのペンギンが私に似ているらしい。


ふてぶてしい表情と無駄にでかい図体がかわいらしい。だがちょっと複雑だ。


首元に付けられたネームプレートを見てみれば、偶然にも『ハルカ』と書かれていた・・・お前、私と同じ名前かよ。


その後もペンギン達と戯れ、色んな生き物が泳いでいるアクアリウムも眺めたりした。


お土産コーナーで湊がペンギンの人形を大事そうに抱えながら「うちにいるサメちゃん人形の友達が欲しかったんだよね」とレジに通した時は笑ったが、同時にペンギンとサメに囲まれる湊を見たいと思ってしまう。


何故か私の分のペンギンも買って貰ったが、女っぽくない私の部屋にこいつが居たら変じゃないだろうか?


とはいえ湊からの贈り物だ。大事に使わせてもらおう。


ちょっと不細工なペンギンの顔を眺めながらどこに置こうか考えていると、湊が持っていたペンギン人形を撫でながら名前を付けていた。


「ふっふっふ、今日から君の名前はテバサキだ!」


「・・・喰うのか?」


「失礼な!こんなに可愛い子食べるわけないでしょ?」


「じゃあ聞くが、サメちゃん人形とやらの名前はなんだよ」


「うーんとね、フカヒレかな?」


「なんで食材なんだよ・・・」


湊のネーミングセンスが分からない。

でも、そういう所も可愛いと感じてしまう辺り私も変わってる。


雫ならもっと良さげな名前を出してくれそうだが、この大切な時間くらいは湊と二人っきりで共有したかった。


だから、雫には悪いが・・・湊がサメとペンギンの人形を持っていることは秘密にしておこう。


私と湊だけが知っている秘密。

その言葉に、少しだけ嬉しくなったのも秘密だ。


───

──


帰り際、赤い絵の具を零したような海を眺めながら湊の隣を歩く。


「今日は楽しかったね。遥はどうだった?」


満足気な表情を浮かべた湊が、少しだけ不安そうに眉を下げながら問いかけてくる。


私としてはもう、この世に言い残すことはないレベルで楽しかったデートだった。

湊の可愛い顔も、嬉しそうな顔も、ペンギンに構って貰えなくて泣きそうになっている顔も・・・今日だけで沢山知れた。


またスマホの中に宝物が増えて、後で見返して余韻に浸ろうと思う。


「私も。今日は本当に楽しかったぞ」


「っ、ほ、ほんと?良かったぁ・・・初めてのデートでさ、実はちょっと緊張してたんだ」


「・・・ほほう?つまり湊は、私でデート処女を卒業したわけかぁ。いやぁ雫に悪いなぁ」


「うぅ、未経験ですみません・・・」


初めてのデート、か。


───どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい。


揶揄う口調で湊に笑いかけたものの、自分でも上手く笑えているか分からない。


雫あたりが見れば「疑問。なぜニヤニヤしている、気持ち悪い」と言われそうなくらい、今の私は口元が歪むのを抑えきれそうにない。


しかもあんなに余裕そうに見えて、実は湊も緊張していたって───っ!?


「へっ?」


「あっぶな!?」


真横を自動車が通り過ぎる。

あわや轢かれるというところで、湊が肩を抱き寄せて歩道側に寄せてくれた。


もう少し横にずれていたら、轢かれていたかもしれない。


「もうっ、ちゃんと見ないとダメだよ?」


「・・・あ、あぁ、ごめん・・・気を、付ける」


抱き寄せられた胸元で、下から顔を見上げる。


心配そうに歪んだ湊と目が合って、気の抜けた返事を返すことしか出来なかった。


私の胸の動悸が激しい。ドキドキが収まらなくて、ひゅっと変な息を零してしまった。


おかしい、体が熱い。湊に触れられている箇所が熱を帯びて、全身に纏わりついてるみたいだ。


でも不思議と嫌な感じはしない。


「そ、その、なんだ。ありがとう」


「───ふふっ、どういたしまして」


おかしい、こんなのおかしい。湊の顔をまともに見られない。


湊に見つめられ度にドキドキして、思わず目を逸らしてしまう。


いやいや、落ち着くんだ私!

ドキドキってなんだ、なんで親友の湊に私はときめいてんだよ!?


湊の腕の中から慌てて離れた私は気を紛らわすために、とある提案をした。


「っ、そうだ。横に海があるから涼んでいかねぇか?」


「おっ、いいねそれ!」


「だろー?」


適当なことをついて、湊を海に誘う。でも正直、火照った顔を冷ますために風を浴びたかったのは本当だ。


恋人繋ぎをしたまま階段から海岸に下って、ジャリジャリ音のなる砂浜へ靴を進める。今日のために買った新品の靴だけど、そんなの気にしていられなかった。


だって、動悸が治まらないから。


夕焼けに照らされて、仄かに紅く染まった銀色の髪をたなびかせる湊が目に焼き付いて、自然と湊だけを眺めていた。


砂浜へと押し寄せる波が砂粒を攫い、また音を立てて侵略してくる。


その様子を眩しそうに目を細めて眺める湊の顔が、私にはとてもカッコよく見えた。


「・・・あれ、おかしいな。私の親友ってこんなにカッコよかったっけ?」


可愛いじゃなくて、カッコイイ。

今まで湊に抱いたことのない感情に戸惑ってしまう。


何言ってんだ、湊はどう考えても可愛いだろ。

そう自分に言い聞かせているうちに、湊がゆっくりとした口調で語り掛けてきた。


「ねぇ。体育祭のリレー、僕が勝てると思う?」


夕日に照らされて湊の顔が見えない。でも浮かんでいる顔はきっと、悩みと焦りが綯い交ぜになっているに違いない。


湊はここ最近、ずっとスランプ気味だった。


タイムが伸びてない、むしろ遅くなっている。その度に何度も練習して、へとへとになるまで頑張っている姿を私は知っている。


・・・馬鹿なヤツだ、そんなの答えは1つしかないってのに。


「当たり前だ。私の親友が負けるわけない・・・だろ?」


「ふ、ふふっ、そうだよね!あー、悩んでたのがちょっと馬鹿らしいや。よーし決めた、絶対にリレーで勝ってやるんだからな!」


当然のことだと告げる私の言葉にちょっと笑った後、吹っ切れたようにぐぐぐっと伸びをする湊。


今一番不安定になっているの間違いなくコイツだ。由良と私のタイムが縮んでいる横で、自分だけ伸びてしまっているんだから、その不安も分かる。


しかし私は知っている。


どんなことがあっても湊は諦めずに、最後の最後まで戦い続けると。


だがもし、もしも湊が負けるようなことがあるならその時は───。


「もし負けたら、私達が慰めてやるよ」


───私達が支えてやる。

それが親友ってもんだろ。なぁ、湊?


「・・・もう、遥ってばずるいよ。あーあ、どうしようかな?わざと負けたくなってきた」


「おい、どんだけ‪慰められたいんだよ!」


「てへっ、冗談ですよーだ」


全くこいつめ、私の心配も知らないで・・・べーと舌を出しておどける姿にイラッとするが、不思議と嫌な気はしない。


というか、普段の元気な湊に戻った気がして少し安心している。


こういうすぐ調子に乗ってしまう湊の方が、私は“好きだ”。


「あー、本当さ」


暫く何も会話せずに黙って景色を眺めていると、湊が夕焼けを遮るように私の前に立つ。


海の少し冷たい風がほっぺを擽って、顔の火照りを冷ましてくれたはずが、湊の顔を見つめると、コンロのように一気に熱くなってしまう。


「なんだよ?」


「遥のそういうところ───好きだよ」


はにかんで私を下から覗き込む湊。


今気のせいじゃなければ、私に“好き”って言ったか?


信じられないと、脳が理解を拒んでいる。

いや、分かってるんだ。きっと湊は友達として私のことを“好き”だと言っていることくらい。


でも、こんなに楽しくてあっという間に感じる幸せな時間に、更なるドキドキを詰め込んでくるのは卑怯だと思う。


「わ、私も好き、だぞ?」


「やーい、照れてやんの!」


「〜〜〜〜っ、照れないわ!」


揶揄ってくる湊を砂浜で追い掛けながら私は、夕焼けか、それとも違う何かで赤くなってしまった自分の頬を湊に見られないよう、必死に隠していた。


気のせいか、湊のほっぺも少し赤かった気がする。


それが夕焼けではなくて、私と同じ理由で赤く染っていたらいいな、と思わずにはいられなかった。

───

──


「おかしい、私の親友があんなにカッコイイわけが無い」


少し散らかったベッドの上。


あの後、湊が私を自宅まで送ってくれた。

思い出せば、今日のデートはおかしいことだらけだ。


湊の顔を見ただけでドキドキさせられるし、可愛いと思っていた湊が不意にカッコよく感じるし・・・今日は、本当におかしい日だ。


「あ″ぁ″ぁ″ぁ″ーーー・・・恥ずい」


私の腕に抱かれた、湊とは色違いのペンギンにグリグリと頭を押し付けながら、今日のデートの余韻に浸るのだった。

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