可愛さの暴力(元から)
「ふんふふーん」
カーテンから光が差し込む朝、僕は鏡の前であーでもないこーでもない、と着ていく服を選んでいた。
ふと時計を見れば、選び初めからかなりの時間が経過しているようだが、僕はこの何でもないことに時間を費やすのが好きだ。端的に言ってイケメンな僕の服をコーディネートするのは、意外と楽しい。
コンセプトは隣に遥みたいな美少女が並んでも恥ずかしくない格好だ。
なにせ、今日は遥とデートに行く約束である。
「よし、これにしよーっと!」
結局選んだのは、黒のジーパンと白の長袖シャツ。それに伊達眼鏡とネックレスをつけて完成だ。
・・・なんか最近似たような格好ばっかしてる気がするけど、気にしちゃダメだ、うん。
「ふっ、さすが僕だ。こんなシンプルな服装でも似合ってる・・・」
と鏡の前でしっかりと格好をつけて、母さんたちにバレないようにそそくさと家を出た。
───
──
─
───遥side
「落ち着け、落ち着くんだオレ・・・じゃない私ィ!」
ヒッヒッフーと深呼吸をして落ち着こうとするが、一向に心臓のドキドキは収まらない。
今、私はかつてないほどに緊張していた
なぜなら今日が、湊とのデートだからである。
「髪は・・・よし、口紅も大丈夫だな。メイクも落ちてない・・・」
スマホの内カメで何度もメイクの出来を見ながら、おかしなところがないか確認する。いつもならここまで確認なんてしないし、そもそもメイクをすることすら稀だ。
だが、湊とデートに行くことになった前日の夜にメイク本を読みあさり、なんとか形にして当日に挑めた。
黒のゆったりとしたタートルネックに、同色のキャスケット帽子とショートスカート。ブーツとストッキングもどうせならと黒色にしたのはいいものの、見事にまっくろくろすけの出来上がりだ。
決して黒色の服しか持ってないからとかじゃない、そう決して。
だがこのファッションも、このメイクも全て今日この日のためなんだ。
スマホをちらっと見れば、時刻はもう既に待ち合わせ時間の30分前まで迫っていた。まだ大丈夫と思う反面、もうこんな時間なのかと緊張する気持ちが抑えられない。
だがそれを無理やり押さえつけ、まだ大丈夫ということにして呼吸を整える。
そう、大丈夫だ。きっと湊が来るのはもう少し遅くなるはず。
「おぉい!はるかぁ!」
・・・なるはず?
気のせいか?今私の耳にマイラブエンジェル湊の声が聞こえたんだが・・・いや、この私が間違えるわけがない。
今の声は間違いなく湊の声だ。
ということはつまり。
「おはよ!ってあれ、もしかしてメイクした?」
湊が集合時間の30分前に私に会いに来てくれた、ということになる。
・・・あ、やばい、尊くて死にそう。
だが私は湊の前でボロを出す訳にはいかない。小さい時から雫と湊を守ってきた私が、ここで湊とのデートを楽しみにして本気でファッションして来たと知られたら、社会的に死ねる自信がある。
だが何よりも、私がメイクしたことに湊が気付いてくれたのが嬉しい。
やっぱり私の親友は細かいところにも気を配れる、最強の美少女だ。
「ま、まぁな」
気づいてくれたという嬉しさを隠しながら、私の顔を覗き込んでくる湊の顔を見つめ返す。
───伊達眼鏡してるぅーー〜!?
は?可愛いんだが?なんだ湊お前、ただでさえ可愛いのに!
ネックレスもつけてるし、ほのかに甘い香水の香りもするし・・・もしかして、湊も気合を入れて来てくれたのだろうか?
メイクはしてないようだが、そのくせにとんでもないキラキラとした可愛さを振り撒いてる辺り、通り魔なんかよりも厄介な生体兵器と化している。
・・・天使かな?天使だったわ。
その上目遣いなんだよ、反則だろマジで。
可愛いの暴力で埋め尽くされた視界を何とか上空に逸らし、手を合わせて合掌する。せっかくのデートなのに、可愛いに打ちのめされていたらきっと集中出来なくなる。
それを懸念しての合掌だ。
故に───今、私は無心だ。これから何を言われたとしてもきっと動じないだろう。
そう確信して、湊の返事を待っていると。
「やっぱり!普段も可愛いのに、メイクしたらもっと可愛くなってるじゃん!すごー!!」
「ンぐふっ!?」
・・・う、うぅ・・・ウレシィィィィィッ!!!!
我ながら酷い即落ち二コマだと思うが・・・だってしょうがないだろ!?
これには堅物むっつりスケベな雫も、「肯定。私も喜色を抑えられない」って言うくらいには、湊の言葉の攻撃力は高かった。
最初の普段も可愛いの時点で合掌が解け、メイクしたらもっと可愛いでボディーを貫かれ、すごー!!なんていう可愛い反応をされたせいでKOされた。
「それに服も似合ってるよ!・・・うん、やっぱり遥は何着ても似合うね!」
「ぶふぉっ!?」
そしてさらなる追撃。
もはや私の身体は粉微塵になって消えてしまいたいくらいの喜びに包まれてしまっていた。
あぁ───ゴメン雫、私
「・・・あ、あとね。遥に謝っておきたいことがあるんだけどさ・・・」
「ん、なんだよ湊?」
半ば記憶を失いかけながらも、辛うじて湊の言葉を聞き取って返す。
だが当の湊は恥ずかしそうにモジモジして、私の手と顔をチラチラ伺っていた。
・・・もしかして、手繋ぎたい?
いやいやまさか、そんなことあるわけがない。
「いやその、せっかくのデートだからさ。手繋ぎたいな・・・って───ダメ、かな?」
湊が言い終わるが早いか、私は音速を超えた速度で湊柔らかい手をぎっしりと掴む。ふにゅんふにゅんの柔らかい手が、優しく私の握った感触に応えてくれる。
「あっ・・・えへ、ありがとう!」
「あぁ・・・」
少し照れたように頬を赤くしながら、満面の笑みで手を握り返す湊。
・・・人間って、尊さが限界突破すると逆に冷静になるんだな。
湊の柔らかい手をぎゅっと握りしめながら、私はこの世の理を一つ解明した。
「じゃあ行こっか!」
「そう、だな」
半分意識がないまま手を引かれて、事前に話していた場所へ歩く。
歩いて数十分ほどの距離だが湊が可愛すぎて、そこら辺を歩いていた通行人までもがポーっとした顔で湊の顔を見つめている。
中にはフラフラと湊に寄ってくるやつまでいたので、全力で威嚇してやった。それが功を奏したのか、ヒィッと叫び声をあげて逃げていく。
ふっ、私達の湊に手を出そうとするからそうなるんだ。
「あ、こら。そんなしかめっ面しないの」
「うっ、ごめん」
威嚇していた所為でしかめっ面になっていたのを咎められる。
こうしていないと、湊に迫る女たちがワラワラと這い出てきてしまうが・・・仕方ない。
確かにデート中にしかめっ面は萎えるよな・・・。
顔を解して、いつも通りの顔に戻す。
湊はそれを見て「うん、可愛い!」と呟いたあと、再び握っていた手を引っ張って私を連れていく。
こ、このタラシがァっ!!
可愛いって言ってくれるのは嬉しいがなぁ!!
それよりも一番可愛いのはお前だよォ!!
なんでそんなに可愛いんだよォ!!ふざけんな!!
ある程度湊に慣れている私でこれなのだ。
もし湊が男だったら、間違いなく国を傾けてしまう魔性の存在なっていただろう。
だから今は、湊が女の子であることに感謝しないといけないな。
「あっ、ほらアレ!見えてきた!」
大人しく連れられること数分、テンションの上がった声で指を指している湊の視線の先には、可愛らしい猫の看板がぶら下がったオシャレなカフェがあった。
そう、今回のデートの最初は“猫カフェ”。
お互い可愛いものが好きなだけあって、決まるのはそれほど遅くなかった。
「ここが入口か」
「めちゃくちゃ凝ってるね・・・」
猫じゃらしのような形状のドアを開けて中に入る。
受付で段取りを手早く済ませ、猫ちゃんたちが寛ぐ癒しの空間へ足を踏み入れた。
受付には猫の餌や猫耳カチューシャがあり、かなり売れている。
猫ちゃん達は8匹いるようで、それぞれ違う種類のようだが、私達が入ってくると寄ってくるくらいには人懐っこい子たちだった。
受付で渡された猫じゃらしのおもちゃをフリフリと振ると、それを追うように視線を向かわせるのがなんとも可愛らしい。
「僕もうここで死ぬのかも。可愛すぎでしょこの子達」
私の隣で全力で猫の匂いを嗅ごうとしている
・・・猫と湊か。
湊はどちらかと言うと犬っぽいが、気分屋なところは猫そっくりだ。
もし湊が猫として存在してたら、即刻飼って養うのに・・・。
「あっ、ま、待ってよ!先っちょ、先っちょだけでいいからぁ!」
猫吸いに失敗して猫ちゃんに逃げられた湊が危ういセリフを吐きながら、恐る恐る猫ちゃんたちに近づく。
完全に不審者だが、湊が可愛すぎるせいで絵になってるのが凄い。
「くっ、かくなる上は・・・てい!」
近づく度に避けられる湊。ならばと猫じゃらしのおもちゃを巧みに使い、目前の猫ちゃんたちをおびき寄せ始めた。
・・・めちゃくちゃ必死な顔してる。
私はそんな湊から目を逸らし、自分の太ももの上に乗ってきた黒猫の頭を優しく撫でた。
柔らかい絨毯のような毛が、撫でる度に優しく包み込んで心地がいい。
「かわいいなぁお前」
ゴロゴロと喉を鳴らして、気持ちよさそうに私の撫で撫でを受け入れる黒猫。耳がペタンと垂れて、完全にリラックスしていた。
・・・耳?
可愛らしい猫の耳を見て、ふと何か引っかかる。
そういえばさっき、猫耳カチューシャがあった。色と模様は様々だったが、白い猫耳カチューシャもあった気がする。
「えい!やぁ!とぅっ!」
隣を見れば、分身しているのかと錯覚してしまうほどの速度で、湊が猫じゃらしのおもちゃを操っていた。
・・・湊って銀髪だよな。
そこで私は、とんでもない考えに至った。
───湊に白い猫耳カチューシャ付けたら、とんでもなく可愛いんじゃね?と。
「頼む湊!この猫耳カチューシャつけてくれないか!?」
思い至ったら即実行。100パーセントの下心で、俺は湊に頼み込んだ。
猫と戯れているさなかに呼び出したからか、少しむぅっとしている・・・が、そんな湊にお願いを聞いてもらう秘策が私にはある。
「ぜったいに似合う!間違いないから!だから一回だけ!ほんとにちょっとだけでいいんだよぉ!!」
それ即ちゴリ押し。
湊はこう見えて(?)押しにかなり弱い。
幼い頃からの付き合いである私達にしか知りえないが、めちゃくちゃお願いすれば最後に湊はいいよと言ってくれるのだ。
そしてそれは今も変わらない。
「・・・えぇ、そう?でも恥ずかしいしなぁ」
「着けてくれたら駅前のパフェ奢るから!」
「よし分かったすぐつけてあげる」
ふっ、釣れた。
ゴリ押しからの食べ物で釣ると、湊はもう断らない。
パフェを奢ると言えばノリノリでカチューシャを付け始めた。
「あ、ちょっと待ってくれ。写真撮りたい」
「えー?・・・一枚だけだよ?」
普段なら嫌だって断っていたと思うが、パフェと天秤にかけた結果許可をくれたようだ。
あまりにもちょろすぎて、将来が心配である。
そして───
「あの、付けたけど・・・ど、どうかな?」
───天国は、実在した。
私は多分、目の前の湊の可愛らしい姿を脳裏に焼きつけるのに一秒も掛からなかったと思う。
光を反射する湊の綺麗な銀髪と、可愛らしい白の猫耳カチューシャの相性が抜群すぎて黒の伊達眼鏡と合わせると、とてつもない破壊力が生まれたせいだ。
「んめっちゃいい」
数十秒ほど生まれてきたことに感謝しながら、思わず撮影ボタンを連打してしまう。
だがそこで、また新たな欲望が湧き上がってきた。
───ニャン、て言わせたい。
そんな醜い欲望が脳裏を支配する。しかしさすがにこれ以上は高望みだと、撮影を中断しようとして。
「ニャンって言ってくれない?」
脊髄反射のように思わず口にしてしまった。
・・・え、何言ってんだ私。
仮にも親友だぞ?幼なじみだぞ?なのに私の醜い欲望を押し付けていいんだろうか?
答えは否だ。
「ごめんやっぱ───」
戸惑いの表情をうかべる湊に謝って、聞かなかったことにしてもらおうとした。
その時だった。
「に、ニャン?」
ご丁寧に両手を猫のように丸め、首を傾げながら恥ずかしそうに呟いた湊の“ニャン”。
それは私の網膜を突き破り、直接的にその可愛さを植え付ける。
銀髪美少女の猫耳カチューシャからのニャン?
これが見れただけで、私は明日死ぬとしてもその運命を受け入れると思う。
「あれ、遥?」
そして雫。
「おぉい遥ー?」
私は今日のデート、生きて帰れないようです。
「ねぇってばぁ!」
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