狂愛

「えと、誤解・・・だよ」


「言い訳は聞かない。湊はハウス」


「ワ、ワン」


「そう、それでいい」


・・・なんで僕は雫に抱きしめられてるんだろう。

さっきまでベッドの上にいたはずなのに、気付けば雫の腕の中にいた。


何度でも言おう。

気付けば腕の中にいた。


でも、雫に飼われるのもちょっとイイって思っちゃうあたり、僕は変態だと思う。


それに・・・雫の控えめなお胸様もいいと思います。


そうやって暫く抱きしめられていると、遥がベッドの上にいる青峰生徒会長に詰め寄った。


「おいおい、生徒会長さんよぉ。裸になって湊に抱きついてるなんてなぁ・・・よっぽど欲求不満らしいな」


遥はだいぶお冠らしい。

言葉の端々に怒りを感じるし、何よりいっつもニヤニヤしてる顔がどこか怖い。


「ふふっ、そうだ。最近は欲求不満でね・・・湊くんを抱きしめられてよかったよ」


なのに動じない青峰生徒会長。

それを見て余計にイライラしている遥。


・・・あぁ神様。今日僕は生きて帰れるんでしょうか?


二人の間に挟まれる勇気は無いので、大人しく雫に抱き着かれたまま黙っておくとしよう。

うん、それがいい。


けっして雫の感触がいいとか、そんな気持ち悪いものじゃないからね!?


「っ、くそ!埒があかねぇ!」


睨み合う生徒会長と遥だけど、結局遥の方から顔を逸らして話を断ち切った。


「もうここにいる必要は無い、早く戻る」


「ほれ、着替えたら行くぞ湊」


「あ、うん!」


そう言われ、雫の抱き締めから何とか脱出してカゴを取り出す。

遥と雫と生徒会長の3人に見られながら、なんとかいそいそと着替える。


僕は見られる趣味はないけど・・・ちょっといいかもしれないなんて考えたことは秘密にしておこう。


「よし、いこ!」


長袖のTシャツの上にブレザーを羽織り、長ズボンを履き終わった。

綺麗に畳まれてるお陰で履きやすいけど、Tシャツ一枚にパンツって・・・男だってバレてないよね?


ちょっと心配だ。


「ん、戻ろう」


「生徒会長さんもさっさと着替えることだな」


そう言い残して、遥達は保健室を後にしようとした。

しかしその瞬間、生徒会長が僕にだけ聞こえる声でこう言ったんだ。


───「君には体育祭で負けてもらうよ・・・ごめんね」


「え?」


思わず聞き返した。

僕には体育祭で負けてもらう?

一体どう言う意味なんだ?

そもそも・・・なんで僕?


疑問は尽きない。


でもこれだけは言える。


「僕、勝負事には絶対負けません」


「・・・そうかい」


そう宣言した。


すると、やる気に満ち溢れた僕を見て青峰生徒会長は、少し寂しそうな顔で呟いた。


僕と青峰生徒会長を取り巻く、重苦しい雰囲気。


だがそんな雰囲気を吹き飛ばしてくれるのが、僕の親友二人だ。


「湊ぉー!早く来ねーと置いていっちまうぞー?」


「嘘。そんなこと言いながら早く来ないかうずうずしてた」


「なっ!?言うんじゃねーよ!」


「・・・ふふっ。ありがとう遥、雫」


僕の親友二人は、これ以上ないくらい最高だ。

こんな僕でも手を差し伸べて、一緒に行こうとしてくれてる。


「ていうことで、すみません!失礼します!」


先に外に出て待ってる二人のこともあり、急いで未だにベッドの上にいる青峰生徒会長に挨拶をして、保健室を出ていく。


二人はやっと来たか笑って、僕を出迎えてくれた。


だから気付けなかった。


「ばか」


青峰生徒会長の顔が涙に包まれていることに。


───

──


「ばか」


誰もいない保健室で私は一人、声を堪えて涙をこぼす。

きっと私がこうやって湊くんのために動いたとしても、彼はきっと分からないだろう。


彼は───湊くんは狙われている。


それがどんな組織であれ、私は湊くんを守るつもりだ。

しかし、私だけでは守りきれないこともある。


だからこそ、私のお手つきであるという証明のために、あの食堂で私は彼にキスをした。


彼の唇は柔らかかった。

悔しいくらいに柔らかくて、それがまた自分の非力さを加速させた。


私では・・・私の力ではこうすることしか出来ない。


私が彼と会ったのは初めてでは無い。


彼がもっともっと小さい頃・・・そう、ちょうど私が7歳くらいだった時だ。

彼はその時4歳だった。


小さくて可愛らしくて、私の後によくついて来たのを覚えている。


母は言った。


「この子が貴女の将来のお婿さんよ。ようやく“成功”したの」


幼い私には何を言っているか分からなかったが、湊と将来自分は結婚できるんだと思っていた。


そう、思っていた。


湊が逃げ出したという報告を聞くまでは。

当時は絶望したものだ。


私は母に問いただした。


「湊はどこに行ったの!?」


しかし母は答えてくれず、世の中には知らなくてもいいことが沢山あると、私に言って聞かせたのだ。

なんだそれは。


冗談じゃない。


彼が・・・彼こそが、私の退屈な世界を彩ってくれる唯一の存在───特異点だったのに。


誰も彼の代わりなんて務まるはずがない。


だから私は探し回った。

外国にまで手を伸ばし、彼と関係することをあらかた探した。


だが、彼に関する情報は一切見つからなかった。


諦めかけていた。


その時、私は母からおぞましい計画を聞かされたのだ。

今の歳の貴方なら大丈夫よね?と、まるでなんでもない様な声色で、私に長々と計画を話した。


だから気づけたんだ。


湊は───ではないと。


「・・・君はずるいよ、湊くん。久しぶりに会った時、私は嬉しさのあまり抱きついてしまいそうだった・・・けど、覚えてないのは酷いと思ってしまうよ」


結局会えたのはこの高校に入学したタイミングだ。

私もまさかとは思ったが、美少女ランキング一位の枠に何故か湊くんが入っていた。


名前も変わっていた。


しかし直接見に行けば、湊が美少女ランキング一位になっていることが真実だと分かったんだ。


湊は昔より可愛く、可憐で、美しくなっていた。

思わず胸を高鳴らせたよ。


なのに・・・湊くんは覚えていなかった。

まぁ、当たり前と言っては当たり前なんだけどね。


さすがに私より可愛らしいのはビックリしたが。


「しかし・・・結局、美少女ランキング一位になったのは失敗だったな」


美少女ランキング一位というのは、その名前と可愛さ、美しさを世に知らしめるものだ。


母が今何をしているか分からないが、きっと湊のことも耳に入っているだろう。

だから私は湊を母から守ることにした。


───これは私の獲物だ、と。


そしてそれは、きっと湊の脱走を手助けした誰かもわかった上で、この学校に湊を送り込んだのだろう。


幼い頃仲の良かった私の加護を必要とした。


故に名前を少しだけ変えるに留めた。

あまりに違う名前だと私が食いつくはずがないと分かっていたからだ。


つまり、湊の保護者代わりをしている人間は、私のことをよく知っている関係者だろう。


そんな人間から託されたのだ。


湊をもうこれ以上目立たせるわけには行かない。

他に誰が湊を狙っているか分からないのに、これ以上湊を危険に晒すわけにはいかない。


しかし彼は───だから身体能力も頭脳も化け物だ、そんなだから昔から何度も何度も無茶をして、私を心配させていた。

だが母は───を制御するために、私か母の肉体的接触・・・もしくは体液によって、身体能力を制限することが出来る機能、言わばストッパーを取り付けた。


つまり、食堂でのキスは私の獲物と知らしめるマーキングであるとともに、湊を無効化するのに必要な行為なのだ。


湊の身体能力が高すぎて、キス一回だけでは制限しきれなかったのは驚いたが。


「なのに・・・なのに、君は私の努力を無に帰すのか」


一人愚痴を言う。


湊は頭は良いが馬鹿だ。

昔から変わらず大馬鹿者だ。


私だって、彼の友達の遥くんや雫くんを前にして少しも怖くないわけがないのに・・・結構無理をしたんだぞ?


それをまるで無駄かのように無視していくのだからたまったものではない。


まぁ、さっきからずっと裸で抱きついていたお陰で、湊の身体能力は全力の三割程度しか出せないだろう。


なんなら、代表リレー選手から除名されるかもしれない。


「恨むなら私を恨んでくれ、湊」


私に守る力がないから、こうするしかないのが惜しい。

私に力があれば、湊が体育祭で活躍するのも良い気持ちで見られただろうに。


嗚呼、辛い。


さっきので湊に嫌われてないといいんだがな。


ヘイトが向くのは私だけでいいんだ。


「愛してるぞ、湊。全ては君のため・・・だ」


私がここまでしたんだ。

結婚式では私が君の隣に立っていないと・・・私は君を許せない。

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