時すでに遅し
「なぁ、生徒会長さんよ・・・なんであんたが私達の湊とキスしてんだよ?」
「ふふふ、私が湊くんとキスするのはそんなにいけないことかい?」
「意味不明。倫理的に考えてダメに決まっている」
現場は一触即発の雰囲気に包まれている。
原因は、一人の生徒を巡る対立・・・というべきだろうか。
湊の親友である二人は、気を失っている湊を抱きしめる生徒会長を見据え、厳しい視線を向けている。
対して生徒会長である青峰 春陽は、そんな二人を相手にして尚飄々とした態度で冷笑を携えていた。
まさに龍と虎。
遠目で見つめていた湊ファクラブ達は、三人の後ろに龍と虎を幻視する。
「そもそもだ。君たちはただの友人だろう?なのに湊くんをそこまで縛るなんて・・・ちゃんちゃらおかしい」
「否定。湊は私たちにとって大切な親友。湊が困ってたら助けるのは当然」
「それを言うならアンタこそ湊のなんなんだよ」
冷笑を携えたまま遥と雫を嘲笑う春陽。
対抗する遥と雫は淡々と答えていく。
今の二人を支配する感情は怒りと疑問だった。
何故、特に接点のない湊と生徒会長がキスをしていたのか?
遥は美少女ランキングで湊に破れ二位の結果になったことに対しての腹いせだと思っていたが、雫はもっと別のナニかがあると予測した。
「私かい?そうだね───湊くんの未来の奥さんって言った方がいいかな」
対して出た答えが、なんとも要領を得ないものだった。
未来の奥さん?
何を言っているんだこの人は。
結婚したいくらい湊のことが好きなら、接点がなかった湊に対して、こんな大勢の前でキスをした挙句、混乱させるように未来の奥さんと自称するなんてことはしないはず。
つまり、全て独りよがりかつ他の思惑があるはずだ・・・と、雫は考えるに至った。
「笑止。笑わせないで。こんな事をするくらいなら、もっと別の理由があるはず」
「はぁ?だからって急にキスされて嬉しいやつがあるかよ。俺・・・私なら嫌だね」
雫は疑問を。
そして遥は常識的な問題を。
簡単に言うと、何言ってんだコイツ?である。
二人とも考えることは違っても、至る結論は一緒だった。
───湊が何に絡まれてるか分からないけど、困っているから助ける。
それは親友として、そして命の恩人として、湊を助けたいという純粋な想いからくるものだ。
それなのに・・・生徒会長は、青峰 春陽は嗤った。
「その言葉、全て返させて貰うよ。親友なら尚更、私が湊くんを保護するのを容認すべきだ。だって彼は───いやすまない。君たちはまだ気付いていないんだったね・・・何年も一緒にいるのに」
湊の真実にまだ気付いていない二人、その程度の友情しか築けていない二人に対して暗に、どこが親友なんだと馬鹿にする青峰 春陽。
しかし、二人の思考を支配するのは、生徒会長が言った彼という単語。
「・・・彼?どういうこと?湊は昔から可愛い女の子。出会いが無いからって湊を男の子にするのは良くないと思う」
「湊が男?ならあんたは自分より可愛い男に負けたことになるぜ?」
湊が男だという荒唐無稽な生徒会長の言葉を怪訝に思うも、二人は動じずやり返す。
両者一歩も引かない戦いだった。
しかし、突如その均衡が崩れた。
「う、く・・・ぁあ・・・」
湊が苦しそうな声を上げて、春陽の胸元で苦しんでいるのである。
「ッ!?だ、大丈夫か!?」
「・・・今すぐ湊を離して」
二人の間に動揺が走る。
余裕の面持ちを保っていた雫も、明らかに余裕がなさそうな顔で湊の苦しそうな顔を見つめる。
遥かに至っては今にも湊を抱き締めて、そのまま保健室に連れていきそうだった。
だがそんな二人と違って、未だに春陽は冷笑を浮かべたままだ。
いやむしろ、苦しそうな湊を見て嬉しそうにすら感じる。
「キスまでしたのに・・・身体機能の低下が半分以下なんて流石だね。やはり君は特異点なのかもしれないな」
と二人に聞こえないように声量で呟くと、今度は湊をヒョイっと抱き寄せて、そのままお姫様抱っこをした。
そして苦しむ湊を抱きしめながら、出口へ歩く。
その様子はさながら、物語の姫と騎士のような・・・絵になる光景だった。
『きゃーーー!』
『お、お似合いね・・・』
当然、ことの行く末を見守っていた者たちは歓喜の悲鳴をあげた。
「お、おい!どこ行くんだよ!」
「待って、話は終わってない」
焦る二人。
しかし無慈悲にも春陽は歩みをとめなかった。
無理やり止めさせることも可能だが、春陽の目的が分からない以上、余計な真似をして春陽を刺激することは避けたかった。
故にそのまま指をくわえて見守ることしか出来ない。
「いいや、もう話は終わった。私はこの子を保健室に連れていく・・・それまで保健室には入らない方がいい。きっと後悔する」
そんな二人を他所に、春陽は悠々と出口のドアをくぐる。
後に残ったのは放心した表情を浮かべる二人と、三人の湊を巡る争いを眺めていた群衆。
そして、山盛りのまま残されたチキン南蛮二皿だけだった。
───
──
─
むにゅん。
・・・ん?なんだろこれ。
「んっ、あ、こら・・・」
ふにゅん。
なんか柔らかい。
「あっ、もう・・・君は意地悪だね」
それになんだろう、何か声がする?
疑問に思い、閉じていた瞼をゆっくりと開ける。
朧気ながらここが学校の保健室ってことが分かった。
その途中でずっと触り続けていたマシュマロみたいな何かから手を離して、その正体が何なのかを見ようとして、絶句した。
僕の目の前で───生徒会長が寝ていた。裸で。
「~~~ッ!?」
「あぁ、やっと起きたかい?」
「な、なんで裸なんですか!?というかっふ、服!服を着てください!」
両手で目を隠しながら、早く着替えるように生徒会長に言う。
なんで?なんで?
なんで今僕こんなことになってるの?
正直言って僕自身も、今何が起こっているか分からない。
それに何か身体がスースーする・・・って。
「んぇっ!?」
どこか涼しいと思ったら、何故かシャツとパンツ以外の服が脱がされていた。
どこにあるんだと思ってキョロキョロしていると「お探しのものはこれかい?」っと、ベッドの布団で身体を隠した生徒会長がカゴに入った制服を見せてきた。
・・・えと、ごめん。どういうこと?
なんで僕下着姿なの?
それに、なんで生徒会長に至っては裸・・・?
訳が分からないんだけど?
頭の中ではてなマークが延々と浮かび続ける中、生徒会長が再び爆弾を投下する。
「いやぁ、脱がすのは手こずったよ・・・」
「えっ、生徒会長が脱がしたんですか!?」
なんで僕脱がされたの!?
僕が驚いた表情を向けると、生徒会長はふふっと妖艶な笑みで笑って僕を見つめ返す。
「あぁそうだよ・・・」
雰囲気は完全に事後だ。
もしかして、僕ヤった?
記憶のないままヤってしまった?
・・・嘘でしょ?
こういう時って取り敢えず謝罪?
それとも責任取って結婚しますって言えばいいのかな?
「ご、ごめんなさい僕。どう責任をとれば・・・?」
「・・・ん?何か誤解してないかい?」
「へ?だって生徒会長が裸で、僕が下着姿って・・・」
頬が熱い。
つまり僕は、青峰生徒会長とそういうことをしてしまったってことだよね?
なんで記憶ないの?
と軽く絶望していると、生徒会長が何故かまたふふっと笑って僕の手を握った。
「ふふっ、違うよ。私も君もまだ清い身だ・・・」
良かった。
どうやら僕はちゃんと童貞らしい。
・・・ちゃんと童貞ってなんだよ
でも待てよ?
それなら何で生徒会長は裸になって、僕も裸なんだろ?
僕の記憶では生徒会長と・・・き、キスをして、そこから記憶が途絶えているから、まず何かの怪我をした訳じゃないと思う。
強いて言うなら、少し身体がだるくて重いくらい?
なんならちょっと動かしにくい気がする。
ともかく、なんで生徒会長は裸なのかな?
「あの・・・なんで青峰生徒会長は裸なんですか?」
「・・・コホン。なぜ私が裸なのか、それについてはまだ知らなくていい」
「え、あはい」
聞いた途端に、有無を言わさぬ声色で顔を逸らす生徒会長。
思わず頷いてしまった。
ちょっと顔が朱い気がしたけど気のせいだろうか?
そんなことを考えていると、顔を逸らしていた生徒会長がいきなりドアップで、僕の顎を持って上にあげる。
「ふぇっ?」
「けどこれだけは知って欲しい・・・今している行為は、君を助けるためだ。なんなら私がしていること全て、湊くんのためを思ってしていると思ってくれていい」
正直、なんの事か僕自身あんまり分かっていない。
けど生徒会長が嘘をついていないことは分かった。
それになんだろう。
この人・・・懐かしい感じがする。
あの時、放課後で会った以外に・・・まさか、どこかで会ったことある?
そんなわけない、よね。
と、脳内に湧き出た考えを振り払った。
その時だ。
───ドゴンっ!
凄まじい音が保健室に響き渡る。
誰かが入ってきたんだ。
保健室のベッドだからカーテンで仕切られてるせいで、誰が入ってきたのか分からない。
けど、直感的に分かった。
これ、遥と雫じゃない?
しかも結構焦ってるのか、はぁはぁと息切れを起こしているのがわかる。
多分僕を探しに来てくれたんだ。
「はる「しーっ、静かに」むぐ」
思わず声を上げたけど、何故か生徒会長に止められた。
え?なんで?
と思うのもつかの間、今の声で気づいたのか遥と雫らしき二人のシルエットが、カーテン前まで来たのがわかった。
そして───「あーあ、バレちゃったか」
生徒会長の諦めた声とともに、二人がカーテンを開ける。
「湊!ここにいたのか!あぁ良か・・・」
「湊、遅れてごめ・・・」
そして固まった。
あれ・・・そういえば今、僕って顎クイされてるんだっけ?
傍から見たら、キスする3秒前みたいになるんじゃ?
しかも隣に裸の生徒会長がいるおかげで、余計そういう場面に見えない?
なんて、今更ながら僕は自分の状況を危惧した。
しかし残念、時すでに遅かった。
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