違和感
「よーい・・・ドンッ!」
眼鏡をかけた雫が、手に持っていたスターターピストルを引く。
その瞬間にドパンッという大きな音が響いたのを合図に、僕達はスタートラインから足を踏み出し・・・追い抜く。
ビュンビュンと風を切りながら足を進めていくのはとても気持ちがいい。
その走りは自分で言うのもなんだけどかなりのもので、自分が風になったと錯覚してしまうほどだ。
足の進むままに前に進んだら、このまま風になれちゃいそうだ。
もしそうなったら女の人のスカートをペラっと捲りたい。
いやまぁ、そんなことできる勇気があるなら、今頃彼女出来てるんだろうね・・・うん。
なんだろう、自分で言うのもなんだけどなんで彼女できないんだ僕。
ま、まぁいいけどね!?
今はともかく、僕のすぐ後ろにいるこの2人に追い抜かれないように、全力で走るだけだ。
こんなやましいことを考えている間も後ろには由良と遥が追い越そうと足を動かしてるんだと思うと、手を抜くわけにはいかないよ。
みんなの青春がかかった勝負に、男も女もないしね!
「はぁっ」
走りながら息を思い切り吸い、ギアを上げようとし───その違和感に顔を顰める。
おかしい。
足取りが重く感じる。
いつもはもっと体が動くのに、何故か今は体が思うようなパフォーマンスをしない。
そんな疑問を抱えながら、僕はトップのまま雫がいるゴールへと到着した。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「ちっくしょーー!!」
やがて数秒遅れて由良と遥もゴールへ到着する。
やっぱり400メートルとはいえ、全速力で走るのはきつい。
まだ遥は余力がありそうだが、由良は息も絶え絶えというように肩で息をしていた。
だけど問題はそこじゃない。
キツいとはいえ、僕はここまで体力がなかったっけ?
そもそも、全速力で走ったとはいえここまで息が上がるものなのかな?
そんな僕の様子を知ってか知らずか、僕を持ち上げるように、赤い眼鏡をかけたジャージ姿の雫は、相も変わらず無表情で褒めてくれた。
「仰天。湊だけ異次元。でも他の2人も遅いわけじゃない。かなり早いタイム」
得意気に眼鏡をクイッとさせている雫を見るのは微笑ましくて好きだけど、今は少し集中出来そうにない。
「くっそー!はぇーよ湊ぉー!」
「はぁ・・・もう、早すぎだよみなちー」
「あ、あはは・・・まぁ?僕の手にかかればちょちょいのちょいみたいな?」
2人も悔しそうな顔を滲ませながら、僕を褒めてくれる。
汗をかきながらちょっと火照った二人は・・・めっちゃエロいですありがとうございます。
それにしても、二人には僕の異変・・・って言っていいのか分からないけど、全力を出そうとしても出し切れていないというのは気付かれていないみたいだ。
やっぱり何か原因が・・・?
いや・・・考えたってしょうがないか。
どうせ身体が鈍ってるだけだ。
この練習を繰り返していけば、どんどんスピードも上がっていくはず!
と、僕は自分を無理矢理納得させ、再びスタートラインに立って走り込みを再開した。
───
──
─
1時間後。
そこには息も絶え絶えになった僕ら三人が、グラウンドに倒れ伏していた。
「慰労。3人ともお疲れ様。飲み物は纏めてある」
「ありが・・・とう」
「た、助かったぜ・・・」
「死ぬ・・・かと・・・お、思ったぁ」
這いつくばりながら、あるいは夕暮れの空を見上げながら各々が感謝を雫に伝えて、雫が買ってきたペットボトルのお茶を手に取る。
始まる前に事前に雫が買ってきたらしい。
適度に水分補給したおかげで内容量は少ないけど、これでも充分だ。
僕たちのためにわざわざ買ってきてくれた雫には感謝しかない。
「ありがとう雫・・・もう大好き」
感謝を伝えながら、しみじみと呟く。
僕はなんて良い友達を持ったんだろう。
前世では友達なんて・・・いや、いたけどね?
ちゃんといたけど・・・ここまで親身になってくれる人はほとんど居なかった。
ていうかこんなにいい子なのになんでモテないんだろ。
性格?
見た目?
100点だと思うんだけどなぁ・・・。
「・・・こ、混乱中。ま、まさかいきなりあ、愛の告白を受けるなんて・・・流石湊、貴女はやっぱりできる女」
「あはは、雫照れてやんのー!」
ちょっと顔を赤くした雫を遥が冷やかす。
「ッ!」
それを聞いて
もっと顔を赤くした雫は、キッと遥を睨みながら茹でダコみたいに縮こまっていた。
・・・可愛すぎんか?
けど、それ以上いじめたら雫が拗ねそうなので、僕は雫の味方をしておく。
「そういう遥も、雫だけ一人で帰らせるの寂しいから、リレーとか出来れば手伝って欲しい・・・って、僕に相談してきたよねぇ?」
「へっ!?」
驚いた顔で僕を見つめる遥。
そんな遥に構わず僕はしゃべり続けた。
「それで雫が手伝ってくれるって知って喜んでた気がするけどなぁ・・・」
「~~~ッ!?お、おい湊!なんで言うんだよ!?」
「・・・しょうがない、遥は寂しがり屋。かまって欲しいならいつでも言っていい」
遥は恥ずかしそうな顔でプルプルしている。
これは後で謝っとかないとやばいかな・・・。
その反面、雫は無表情ながら嬉しそうにしているのが分かるくらいニヤニヤしていた。
僕はそれを見て大笑い。
「ほんと、仲良いね君たち・・・」
そんな中、由良だけがちょっと引いたような目で僕たちを見ていた。
なんか・・・ごめん。
───
──
─
一頻り休憩が終わって片付けを済ませた後、僕たち四人は着替えるために更衣室へ急いだ。
「はぁ・・・疲れたね」
「同感。もうヘトヘト」
「お前は走ってねぇじゃん!」
やいのやいのと騒ぐ二人。
なんだかんだ言って二人とも仲良いんだよね・・・ちょっと妬けちゃうなぁ。
なんてちょっとムスッとしてると、由良がニヤニヤと笑いながら後ろから僕に抱きついてきた。
な、なにしてんのこの人!?
ちょっとやわらか・・・じゃ、じゃなくてッ!!
肩にふにょんとした感触がッ!!
「顔がくらいぞー、このこのー!」
「うぇっ!?い、いきなりビックリしたじゃんかもぉーーー!!っていうか、か・・・肩にその・・・」
「えへへー、ごめんみなちー!・・・で、肩がどうしたの?」
・・・あぁ、母さん。
僕は紳士になるべきでしょうか?
それとも、悪魔になるべきでしょうか?
肩に由良の巨大な山脈が押し付けられているのに、女の子だって誤解されてるのをいいことに楽しもうとしている僕は、きっと悪い子です。
でも・・・でも!
男として!ここは譲らないべきだと僕は思うよ!!父さん!!(存在しない記憶)
「あれ、みなちー顔真っ赤だよ?熱でもあるの?」
「・・・くっ、可愛い・・・浄化されそう」
僕が必死に男をとるか紳士をとるか必死に悶えていた・・・が、コテン、と小首を傾げながら僕を覗き込む由良の茶色い髪と瞳に、僕はノックアウトされかけていた。
だって可愛いんだもん!
「ていうかその・・・顔近いです・・・ッ!!」
「へっ?・・・あ、あぁぁぁ!?そのごめん!?」
思わず敬語で顔を逸らすようにそっぽを向くと、距離感の近さに気付いたのか顔を赤くしてお互いに顔を逸らす。
でも抱き着いてるのはそのままだ。
これは僕から離れた方がいいのかな!?
でもでも、ここで離れたらまるでスキンシップを拒絶してるみたいだし・・・ど、どうすればいいの!?
「けっ、おいおい。何イチャついてんだよー!」
「呆然。やっぱり湊はビッチ。すぐに浮気する。さっきまで私に愛の告白してたのにもう由良に手を出そうとしてる」
当然、前の二人からブーブーと文句が上がった。
でも言い訳させて欲しい。
男なら今の場面で動く人はいない、つまり甘んじてたわわな山脈の攻撃を受けるのが男なのさ。
だからそう、素直に楽しんでた僕は悪くない・・・わけないよね、ごめんなさい。
だからモテないんだろうな、ハハハ。
「訂正。遥言い過ぎ。お陰で湊の目が死んでる」
「え、それ私のせいなの?」
「アタシが言うのもなんだけど、どちらかと言えば雫・・・いや、しずちゃんの言った言葉の方がダメージ食らってそうだけど」
アハ、アハハ。
前世と合わせてこれで36年は年齢イコール彼女なしか・・・泣きそう。
顔は悪くないと思うんだけどなぁ・・・やっぱりこのスケベな性格のせいだよね。
「おーいみなちー?あれ、ダメだ。全く反応がない」
「提案。このまま湊を持ち運んで更衣室に連れていく」
「お、いいなそれ。じゃー私が運んで行くぜ」
そいえば僕美少女ランキング一位だっけ・・・なんで一位なんだろ。
僕ほど男前な男の子はいないと思うんだけどなぁ。
・・・やっぱり筋肉?筋肉が足りないのかな?
でもどれだけつけようと思っても全くつかないんだよね。
あれ、もしかして僕詰んでる?
「否定。2人は疲れてる。ということで私がしっかり湊を運ぶ」
「いーや、雫は身長的に湊は運べないだろ・・・ということで私が運んでやるから任せとけって」
「・・・ほんと君たち仲良いね。でもしずちゃんもはるるんも、みなちーに何かしそうだからやっぱりアタシが運ぶよ」
「「な!?」」
あれ?身体が今フワって浮いたような・・・誰かに担がれた?
も、もしかしてもうお迎え来ちゃった?
彼女歴がなさすぎて、もはやこの世のいらない人間扱いされちゃった?
あぁ・・・ごめん母さん、姉さん、愛。
僕は先に天国で待ってます。
「きょ、驚愕。湊を背負いながら走ってるのにありえない速度」
「早すぎるだろ!?ちょ、おい待てー!」
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