意地悪な先生

「し、失礼します!」


トントンと生物専用教室のドアを叩き、中へと入る。

教室内はホルマリン漬けされた魚や蛙が無造作に置かれていて、何かの薬品の匂いが、ツンと鼻を刺激する。


だから僕はこの教室がちょっと苦手だ。


まぁ、遥と雫にあれだけ激励されたらやるしかないんだけどね?


「あら、来てたのね」


暫くすると、教室の奥側に配置されているドアから1人の教師が出てきた。

ゆったりとした白衣を身にまとい、知的そうな眼鏡を掛けていて、自己主張の激しい豊満な胸がたゆんたゆんと揺れている。


そう、この人こそが北川 紀香先生。

生物担当の教師だ。


にしても・・・・・・アッ、スゴクオオキイデス・・・・・・ッ!


「は、はい!急いできました!」


胸に沈む意識をなんとか覚醒させて、先生の問いかけに答える。


・・・・・・なんでこの世界の女性って胸が大きい人が多いんだろうね?僕の周りで胸が控え目な女性は雫を除いてほとんどいない。


まぁ、僕からすれば眼福だからありがたいんだけど。


「・・・・・・そう。まぁいいわ。じゃあ、あそこのプリントを運んでちょうだい」


そう言って先生が指さした先を見ると、ありえないほど積み上げられたプリントの数が・・・・・・え、これ運ぶの?


そのあまりの量に、思わず目が点になる僕。


ま、まあ?僕男の子ですし?

このくらい余裕で運べるし?


───なんて考えていた時期が、僕にもありました。


「ふんぬぅっ!!!」


重い、重すぎるよこれ。

体感的には女の子3人分くらいの重さがあるって絶対!


そして何よりこれを、僕たちのクラスに運ぶ必要があるっていうのが凄く辛い。


母さんと姉さんを同時に運べるくらいは筋肉があるつもりだけど、流石にこの量は運べないよ・・・・・・頑張るけどね?


「ほら急いで湊さん。もう少しで授業が始まるわ」


なのにこの人北川先生は涼しい顔で僕を急かしてくる。勿論手には殆ど何も持っていない。

せいぜいプリントと同化させる為のタブレットを持ってるくらいだ。


で、僕はのろのろ歩きながらなんとか先生のあとについて行っている。先生の歩く速度が早くて、何度も落としそうになってるのに見向きもしないんだもの。


めっちゃ腹立つぅ!


・・・・・・でもまぁ、先生も“力持ちの男子”が必要だから僕を呼んだんだろうし、ここでへこたれてたら男の名が廃るよね。


そう思い直して、気を保つ。


「う、くっ・・・・・・は、はいぃ」


───数分後。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・せ、せんせぇ!もう僕限界です・・・」


「えぇそのようね、でもあと少しだわ。だから頑張りなさい」


現在地、教室から約10m。

先生の言う通りあと少しだ。


本当にあと少しなんだよ・・・・・・けど、正直身体が言うことをきかない。

ていうかさ?そもそも広すぎるんだよここの校舎!


「ぐぅ・・・・・・うぉりゃぁーー!!!!」


各なる上は───全力疾走。

もう身体がボロボロだけど、これ以上は本当に不味い。だからこその全力疾走だ。


火事場の馬鹿力と言っても過言ではないと思う。


「え、ちょっと!?」


なんていう先生の呼び掛けを無視して、足でドアをこじ開け、ドゴンッ!と教卓の上に置く。


ミシッと軽く教卓にヒビが入った。


「いやどんだけ重いのさこれ」


思わずツッコんでしまった。

これ間違って落としでもしたら、僕の足が潰れてたね。間違いない。


「ちょっと湊さん、なんですか今の!?あれではまるで・・・・・・ッ!?い、いいえ、なんでもありません・・・・・・それでは、そのまま授業を始めましょう」


少し遅れて先生が入ってきて、何かを言おうとして、やめた。

いや、そこまで言うなら最後まで言って欲しいんだけど?

めっちゃ気になるんだけど・・・・・・しかし先生はそんな僕を気にすることなく授業を始めた。


「───だから───となります」


「・・・・・・なんか北川のやつ、進むの早くねぇか?」


「同意。話を簡潔にしすぎてよく分からない部分が多い」


なんて遥と雫が愚痴を言うけど、僕はそれに反応することが出来なかった。


だってめちゃくちゃ先生が睨んでくるんだもの。

怖くて相槌すら打てないよ・・・・・・。


「なんですか?」


「い、いえ!なんでもないです!」


───とある警察官side


「もしもし、私だ。あぁ、男性保護二課の米倉 トーカだ」


男性保護に関係する者しか扱うことが出来ない特殊スマホを耳に押し付けながら、今日も私は街の治安維持。ひいては、男性の住みやすい街にするべく奔走する。


最近は包丁や刀などの得物を持ち歩く女性達の報告が多いせいで、なかなか気を休めることが出来ないが、これも仕方の無いことだろう。


「で、男性の保護は出来たのか?・・・・・・そうか、なら良かった」


今私が対応しているのは、女性に襲われた男性の対応だ。男性達が我々女性達にいい思想を抱いてないのは、主に自らの性欲を抑制できずに暴走してしまう女性たちがいるからだろう。


私が管轄している男性保護二課では、主にそういった犯罪を取り締まっている。


男性への無闇な接触はそれだけで罪だ。そしてもれなく重い。


執行猶予が与えられる場合もあるが、殆どが直ぐに実刑判決を受ける。大体5年から10年の間だろう。

2回目になると殆どが無期懲役だ。


───とはいえ、私も人のことを言えた口ではないのだがな。


今でも思い出す。

街中で一際オーラを放っていた怪しい人物。


マスクとキャスケットで顔が分からなかったために、申し訳ないながらもボディチェックを行ったあの日。


私は・・・・・・お、男を知ってしまったんだッ!!!

しかも、ただ男を知った訳では無い。


思い切り揉みしだき、あまつさえ捉え方によっては卑猥に聞こえる単語を連発してしまっていたのだ。

私は恥じた。


男性の保護を目的とし、犯罪者を捉えて男女関係なく過ごしやすい街を作っていこうと志してはや4年。

少し年の離れた妹の面倒を見ていたが、最近漸く高校へ入学してくれた。


しかしそんなさなか、私は・・・・・・罪を犯した。


だが───だがしかし、当時の私は本当に不注意で愚か者だと思うが、同時に良くやった!と思ってしまう自分もいるのも確かだ。


だってとてもいい匂いがしたんだ!

それにちょっと筋肉質だったうえに、マスク越しの顔の破壊力が凄かったんだ!

いわゆるかっこいい、というより美しいや可愛いという顔立ちだったが、思わず吸い付きたくなるくらいには魅力的だったんだ!


───はぁ、私は一体何をしているのだろう。


ともかく、この前の体験ヘヴンから分かるに、私は男経験が少ないのが仇となったのだろう。


だからこそ決して下心はないのだが、誰か・・・・・・出来ればあの男性───湊くん、といったはず───とお話でもして、男女問わずに冷静に対応出来るようになりたいものだ。


本当に、決して下心はない・・・・・・筈だ。


いかん、自分のことを信じずにいてどうする。

ともかく今は、私のなせることをなそう。


「それが私の出来ることなのだから、な」











───しかし、妹の体育祭が控えているんだ。出来ればこの事件も早く解決することを願おう。

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