短編番外編:男子達の雄叫び
その日、男達に激震が走った。
青峰学園、総男子生徒数───289名。
男女比1対22のこの世界では、異例の男子生徒の数である。
そのうちの殆どの男子が、とある”女子生徒”へ恋慕を抱いていた。
その女子生徒の名を、“春峰 湊”という。
この世界の男子は貴重であり、普通であれば男に選ばれる女というのは、いわゆる勝ち組に属する側になる。その男の顔がどんなにブサイクであっても、女はそれに逆らわず、むしろ喜んで飛びつくものだ。
しかしただ1人、春峰 湊という女子は違った。
女子生徒なら思うだろう男子生徒への欲望の眼差しを彼女は浮かべることなく、如何にも友達に話し掛けるように、男子生徒へその純粋な眼差しを向けるのだ。
そのせいか、一番最初に話し掛けられた幸運な男子生徒は、その彼女の可憐さと身に秘める美しさ、なにより純粋無垢な性格とその虚乳に───魅了されたのである。
いや、むしろ魅了されない方がおかしいと言うべきだろうか?
しかもそれに加えて、運動神経も勉強も国内トップクラスの高校である青峰学園の、更にトップの成績を収めている。
才色兼備とはまさに彼女に送るべき言葉だろうと、青峰学園の男子生徒達は一斉に答えるだろう。
故に、だ。
彼女は男子生徒達からモテていた。
いや、モテすぎていた。
ありとあらゆる男子を虜にした彼女は、人気すぎるがあまり不可侵の条約が密かに男子生徒の間で結ばれているのである。
その名も、“
しかし今日未明、その条約が破られようとしていた。
話題の発端は、とある男子生徒───
「湊ちゃんが・・・リレーに出るって言ってたんだけど」
本当に何気ない会話。
笑って冗談を言い合えるような和やかな雰囲気の中、彼の発言は凪の水たまりに巨石を投げ込むような、そんな
当然、その発言は水面に沸き立つ波のように次第に大きく広がっていく。
「なん・・・だと?」
「おい、その情報は本当か?」
「うそだろ!?ちょっと待て、俺今からリレー出るように申請してくる」
男子生徒のみ入ることを許されている特別教室、“メンズ”の生徒たちは、各々の反応を示す。
1人は驚き、1人は嬉しさのあまり泣き叫び、1人は気絶したように脱力する。
まさに阿鼻叫喚。
これの凄いところは、この光景を引き起こしているのがたった1人の
高嶺の花であり、ただ本人は皆と仲良くしたいがために壁を作ることなく話し掛けている、そんな女子は男子達からすれば、己の全てを賭けても手に入れたい程の女性だろう。
この世界では、普通ならありえないことだ。
1人の女性を取り合ってとか、昔話の九尾の狐のように怪しい術を使って男たちを魅了しているとしか考えられないほど、異例な事態。
それがかえって、男子たちの湊への不可侵を固くしている要因でもあったのだが、今回の田中の発言でそれが全て崩れ去った。
まるでベルリンの壁のように。
たった1つの発言で全てが変わったのである。
俺が行く!いや、俺が行く!お前はリレーが苦手だろ?俺が行く!と、皆引かず退かずの間合いでやいのやいのと叫ぶ男子たちは、男への憧れを募らせる夢見がちな少女女性諸君にとっては悪い夢に等しいだろう。
だが悲しいかな、これが現実である。
普段女子生徒達の事を見下し、男子生徒が絶対優勢の如く今まで扱われてきた彼らも、実際はただの人に変わりないのである。
いや、彼ら
彼らが見苦しくも他人を見下げ、そして自分を良いように誇示するような人間は、湊は好まないというのに。
いや、そもそも前提として性別の観点からお断りすることは明白だろうが・・・それに気づく男子たちはいない。
「おい待て!ここは言い出しっぺの俺が!」
と、田中が名乗りをあげる。
しかしここで邪魔が入った。
「お前はすっこんでいろ。私が彼女の隣を頂く」
田中とは1クラス違う佐藤が、田中の名乗りを妨害したのだ。
これで立候補者は2人。
2人の誰かが湊の隣を取ると、周りの群衆は確信していた。
その時だ。
「ふっ、待て待て。俺の事を忘れているぞ」
なんと、これまた田中と佐藤の間に鈴木が入ってきたのである。
キメ顔と流し目をしながら悠々と宣言する鈴木。
どうやら勝負は田中、佐藤、鈴木の3人に委ねられたようだ。
皆が固唾を飲んで見守る。
この3人は同世代。いや、先輩を含めた3学年の中で、かなりの顔面偏差値を誇っている。
湊の前世の基準で言う中の中。
名前と同じく平均、ど真ん中の顔面偏差値。
この世界ではそれが上の下から上の中となる。芸能人のスカウトを受けるレベルだろう。
そんな3人が一斉に構えをとった。3人とも拳を握り、やる気満々である、
そして、勢いよく振りかぶり───「「「じゃんけんぽん!」」」
男子生徒の争いは比較的平和である。
女子生徒の血みどろとは違って、かなり温和である。
田中はグー。佐藤と鈴木はチョキ。
傍から見ても田中の勝利は明らかだった。
瞬時に勝利を理解し、喜びを顕にする田中。
「ッ!?やっ───「ぽん!」───た・・・?」
明らかに場違いな可愛らしい肉声。男を魅了する香りに、可愛らしい瞳。ぷっくりとした唇は柔らかそうで、吸い付きたくなるような蠱惑的な魅力を誇る。
そしてその完成された顔。
傾国の美少女と言っても過言ではないほどに可憐で、そして美しい───そう、彼女。いや彼こそが、男子や女子を狂わせる魔性の男。
“春峰 湊”である。
そんな世にも珍しい美少女が・・・パーをだしていた。
もう一度言おう。
パーを出していたのだ。
グー、チョキチョキ、パーとくれば、それは当然あいこ。
つまりやり直しである。
「あ、あはは・・・ごめんつい。邪魔するつもりなかったんだけど、何か楽しそうにしてたから・・・てへ?」
少し照れたようにハニカミ、冗談っぽく舌を出す仕草は色気すら感じさせる。とても同年代とは思えない色気である。
お陰で相対する田中、佐藤、鈴木は固まっている。
いや、周りの群衆達も全員固まっているのだ。
「・・・あ、あれ?みんな怒ってる?」
という、悲しげに問いかける湊の疑問には誰も答えない。いや、答えられないが正しいだろうか。
悲しそうな顔ですら可愛いというのは反則といえるが、誰も文句を言うことは出来ない。その虚乳が男たちを惑わせるのだ。
それ故のしばらくの沈黙。
湊は涙目だ。
「・・・お邪魔したみたいだね、失礼しましたぁ・・・」
やがてこの空気に耐えきれなかったのだろう、湊はそそくさと特別教室から退散した。
後に残るのは湊の
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