可愛さの権化

「おーい姉さん?そろそろ起きてくれないと僕の膝が悲鳴あげてるんだけどー?」


……なんだろうか、この柔らかい枕は。まるで人をダメにするかのように、私の心を溶かしていくじゃないか。


「あっ、こら!ハーフパンツ掴まないの!中のパンツ見えちゃうじゃん!」


んんぅ?パンツ?

なぁに硬いことを言ってるんだ。


そんなことを言わずにもっと近くに来てよぉ……。


「あっ、あっ、ちょ、だめだめだめ!?こら!いい加減起きてよ姉さん!」


───ゴトンッ!


「あいたッ!?……え?」


心地よい目覚めとは言えない痛みが急に頭を襲い、思わず私は飛び起きた。


え?え?え?と混乱するのも束の間、私は瞬時に自分の置かれている状況を察し、土下座を遂行した。


だ っ て 目 の 前 に 顔 を 朱 く し た 湊 が い る も の !


何が起きてるか分からないけど、とにかく私が悪いことは分かる。


でもごめん、言わせて欲しい───頬を朱色に染めて怒る湊が可愛すぎるんだが?


「〜〜〜もうッ!姉さんってば、せっかく僕が膝枕してたのに服脱がそうとしてくるんだから!姉さんのえっち!!」


……え?それマジですか?


私ってば、知らない間に膝枕されて、知らない間に湊にセクハラしてたの?


「……たいへん、ご馳走様でした。それと、脱がそうとしてごめん」


これは私の本音だ。

前世でどんな徳を積めば、湊の膝枕なんて味わえるんだろう。


見てるか全世界の女達。


私勝ち組やぞ。


「……う……ぼ、僕も寝てるのに頭落としちゃってごめん……姉さんがハーフパンツの中に手を入れてきたから驚いちゃって……」


なんて、恥ずかしそうに顔を朱くしながら告げる湊。


……え、なんてことしてんの私?


私こんなに純粋で可愛い弟の服を脱がそうとした挙句、男性器まで触ろうとしたの!?


───最高じゃねぇか。


でも、もしこれが湊じゃなくて普通の男性だったら、私は間違いなく刑務所行きだった。

そして裁判官達の嫉妬によって無期懲役にされるんだきっと。


やばい。こうしちゃいられない。


何とか湊の機嫌をとらないとっ!


「えと……湊カッコイイ!ほんとカッコイイぞ!私の……じゃなくて余の学校でもイケメン高校生って人気だったんだぞ!」


これはほんとだ。


まぁカッコイイじゃなくて、めっちゃ可愛い女子高校生ってことで大人気なんだけど、それを言ったら湊は拗ねるから言わないでおく。


私はできる女なのだ。


「えーほんとぉー?……えへへ、僕のカッコ良さをみんな分かってくれたんだぁ〜!」


「……うわちょろ」


と、両手で頬を抑えながらくねくねと喜ぶ湊。


……かっこいいとは程遠いですやん。可愛さの権化ですやん。むしろ結婚してくれほんとに。


明らかなご機嫌取りにここまで喜びます普通?


はぁ、可愛すぎですやん……まぁそのお陰で私達の湊に女が寄り付かない訳だけなんだけどね?


「あ、あぁ!余の学校では知らないものはいないくらい人気だぞ、うん」


「ふふっ、そっかそっかぁ〜!もー照れちゃうなぁ!」


嘘は言ってない───ただちょっと真実を捻じ曲げて言ってるだけだ。


と、心の中で湊に平謝りしながら、私はとある異変に気付く。


………って待てよ!?母さんと愛の姿がないぞ!?


「なぁ湊?母さん達はどこにいったんだ?」


「うへへぇ〜……あぁ、母さん達?コンビニに買い物に行くって言ってたよ?」


「ッ!?わかった、ありがとう。それじゃあ余も行ってくる」


その言葉を聞いて、私は急いで立ち上がる。


“コンビニに行く”……それはつまり、我が家での湊の女関係について話す会議をしているという、暗黙の了解。


くっ、こうしてはいられない。


湊には申し訳ないけど、姉として、ひいては家族として湊の女関係について話すことは大切だ。


───だって私の全てを捧げてもいいくらい、湊は大切な弟なのだから。


「えー?結構時間掛かったけど大丈夫?夜暗いよ?」


「あぁ、大丈夫だ。余のことは心配しないくていい」


「むぅ、僕の大切な姉さんだから心配してるのに……気をつけてね?」


「あぁ。いってくるよ」


さて行こうじゃないか。

何よりも大切な弟を守る、私達家族の定例会議に。


───湊サイド。


「あぁ。いってくるよ」


なんて言って、かっこよく部屋から退出する姉さん。

その姿はどこか様になっていて、さっきまで僕に土下座してた人とは思えない。


「や、やっぱり心配だなぁ……それに、思いっきり頭打ってたし……うぅ、僕が驚いちゃったのが悪かったかなぁ?」


膝枕───初めはただの出来心だったんだけど、母さんと愛から、こうした方が姉さんが喜ぶよ!って言われたからやってはみたけど……まさか失敗に終わるなんて。


で、でも、まさかパンツに手を掛けられるなんて思わなかったんだよぉ!


「……はぁ、恥ずかしい」


婦警さんの時は気が貼ってたし、緊張で気にしてる余裕なんて全くなかったけど、今回のは違う。

完全に気が抜けてて、心の準備出来てなかったんだよなぁ。


……まぁ、今更気にしていても仕方ないか。


「つ、次はパンツ脱がされても耐えるもんねッ!」


なんて誰もいない部屋で一人叫ぶ僕。

やばい、男なのにちょっと情けないかもしれない。


まぁいいもん。


男に二言はないって言うしね!


なんて考えていたら、ソファーの傍に置いておいたスマホが鳴る。


───ピロリン!


「ん、RAINかな?」


こんな時間に送ってくるってことは、多分遥だと思うけど……なんの用だろ?


と、遥が送ってきそうなメッセージを思い浮かべながら、RAINを開いて遥から送られてきたメッセージを確認する。


えと、なになに?

『明後日テストでマジでやばいから湊様教えてください』……ねぇ。


「……明日は何分遥の集中力が持つかな?」


遥の平均集中力は、僕計算でだいたい3分くらい。それに僕の応援で30分くらい持つんだけど……まぁ、それでも長くは続かないと思うなぁ。


あ、でも1回、頑張れ遥!なんて耳元で囁いたら3時間くらい集中してたし……どうだろ?


でもどちらにせよ、僕には親友が困ってるのを助けないような育てられ方はしてないから、何があろうと頑張って教えるんだけどね?


「いいよっ、と……」


遥からのメッセージに返信し、返事を送り返す。


そして送った瞬間にすぐさまつく既読。思わず笑いが零れちゃった。

多分今頃なんて返信しようか考えてるんだろうな、なんて考えたら余計笑えてきたよ。


暫くの空白のあと、再び遥からメッセージが送られてきたのを確認して、内容を見ようとして ───「な、なっ、な!!?なんてもの送ってきてんのあの親友は!?」───思わず赤面してしまった。


そこにあったのは、『さすが親友!愛してるぞ♡』というメッセージとともに送られてきた際どい写真の数々だった。


考えても見て欲しい。


僕、年齢+前世の年齢=彼女なし歴なんだよ?


なのにこんな……あ、あられもない写真ばっか送ってきよってからにぃ!!


「もう!これだから男たらしは!」


反射的に送られてきた写真を消そうとして……写真フォルダの中にきちんと保存した。


や、やっぱり送られてきた物を消すのは良くないよね!う、うん!


でもこんなのきっと、僕以外の男子なら勘違いして告白してるからねこれ!?


ソースは前世の僕。こんなのが送られてきたら間違いなく告白してたよ……うっ、黒歴史がぁ……。


「くっ、乙子の純情を弄びよってぇ……もう知ーらない!」


きっと今頃遥はニヤニヤしながら僕の反応を待ってるはず。でもここでメッセージに返信しないのも親友として違うから、メッセージを送り返しちゃうんだよねぇ。


『純情を弄ばれたから寝る』


なんて送り返す。


すると暫くして、また返信が送られてくる。


『うぇ!?ご、ごめんってぇ!』


……ふふっ、もう。


『じょーだんだよーだ!べぇーだ!』


『うっ、テスト勉強助けてくらさいぃ……』


なんてメッセージの返信を見て、情けなくお願いしてくる親友の姿を想像して、思わずふふっと笑ってしまった。


───あぁもう、これだから僕の親友は……やっぱり嫌いになれないや。


『いーよ。いっぱいしよーね?』


よし、こんなんでいいかな?


と、眠たい目を擦りながら、何とか返信した。


「ふぁー……んん」


だめだ、欠伸が出ちゃう。夜更かしは美容の天敵だって言うし、そろそろ寝ちゃおう。


かくして僕は階段を上がり、自分の部屋のベッドにダイブして就寝するのだった。


───蛇足 水瀬 遥サイド


『いーよ。いっぱいしよーね?』


……え、見間違い?


「え、なにこれ?絶対湊寝ぼけて送ったでしょ」


えっろ。


てかこれ、どう見ても他人から見たらヤッてるカップルの会話にしか見えないんだけど?


……もしかして私がおかしいの?


───いやでもこのセリフ、普段清楚で可憐で可愛い湊が言うと、かなり破壊力抜群だわ。


「あ、やばっ、想像したら鼻血でそう」

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