痴女

───ジリジリジリッ!!


「ッ?んぁ〜……あと五分……って訳にもいか……ないよねぇ……」


ジリジリと鳴る目覚まし時計の音によって、ゆったりと流れているようだった意識が急激に覚醒する。


煩わしく響く目覚まし時計は既に切ってある。


閉じきったカーテンから漏れ出る陽の光が、朝の訪れを表していた。


「ふぁぁ……」


……眠い。


自分で言うのもなんだけど、僕はかなり朝は弱い方だと思う。朝起きて数分はベッドの上から動けないし、冷静に動く頭とは違って、身体は動かそうと思っても動かないし。


だから僕は朝は苦手だ。


……でも、そろそろ出ないと学校行きのバスに間に合わないよねぇ。


「……起きよ」


眠たい目を擦り、欠伸をあげながらゆっくりと階段を下っていく。そのまま洗顔と歯磨きの直通コースだ。


でもこれは正直そんなに時間がかからない。パパっと済ませて、ご飯を食べるべくダイニングルームに向かう。


「ぬ、おはようだな湊」


と姉さん。母さんと愛はいないので、2人とも既に外出しているのだろう。


……にしても、やっぱり寝起きで見る姉さんは家族贔屓なしで、喋らなければ超絶美人だと思う。


「ん、おはよーねーさん」


そんな姉さんへ挨拶を返して、食卓に置かれてある食べ物へと目を移す。どうやら今日はスクランブルエッグとチキン炒め物らしい。


ご飯をお茶碗に入れて、ぱぱっと食事を開始する。

勿論眠たいさなかでも頂きますを忘れないのが、僕の偉いところだと思う。


うん、ちょーえらい。


「モッキュモッキュ……ゴックン」


時間がないので、急いでご飯を掻き込んで食べる。母さんの料理だから美味しいのは間違いないんだけど、今は四の五の言ってられないからね。


「………なるほど、小動物ってこんな可愛さがあるんだな」


「む、ねーさん何か言った?」


「いや、口を膨らませて食べてるの見るとお腹いっぱいになるって言っただけだ」


「えー、なんかそれ、僕が食いしん坊キャラみたいになってるじゃん!」


訂正するけど、僕は決して食いしん坊キャラでも何でもない筈。

精々ご飯なんて1回で15杯くらいしかお代わりしないし、その後に大盛りパフェを食べようとしても8杯くらいしか多分お腹に入らないと思う。


むしろ皆が少食なんだよ!


なんてことを考えながらも、モッキュモッキュと朝ごはんを食べていた。


そして、ふと時計を見る。


「───ってあ!?時間やばいぃ!!もーいくね!?」


ドタドタと階段を駆け上がり、急いで制服に着替えて靴を履く。


まだ半分頭は寝惚けたままだけど、何とか切り替えて家のドアを開けた。


「行ってきまーす!」


───


「……はぁ、はぁ、ふぅ……危ない危ない」


プシューと音を立てて閉まるドア、急激に身体が斜めに揺れる感覚とともに、バスが出発する。


これなら多分学校にも間に合うはず……だよね?


僕がちょっとした一抹の不安を抱えながらも、バスは学校へ向かって走り出す。


通勤ラッシュだから、かなりの人数の人が入ってくるんだよね。だからちょっとバスが止まったりしたら慣性の法則に従ってその───押し付けられるというか、うん。


こればっかりは多分、僕ずっと慣れないと思う。


「……うぅ、みんな近いってぇ……」


例え目を瞑っていても分かってしまう。


背中に当たる胸の感触。

肩にふにょんとぶつかる胸の感触。

正面から襲い来る胸の柔らかい感触。

そして───どこかからお尻を念入りに撫でられる感触。


───ん?お尻を撫でられる感触?


なんて思ったのも束の間。


「ぴゃいっ!?」


お尻を撫でていた手が……今度はがっしりと僕のお尻を掴んできた。

予期せぬ感触に、思わず変な声が漏れる。


この一連の行動で、僕は確信した。


───間違いなく、僕はこのバスの中で誰かから痴女されてるってことを。


そして、そう考えたのも束の間。


───ふにょん。


「んひっ!?」


今度は僕の太ももが標的にされた。

変に緩急をつけながらも揉まれ触られ擦られる太もも。


擽ったさと言い知れ様の無い恥ずかしさが、より僕の感度をあげてるように感じる。


……くっ、痴女されるのは吝かじゃないけど!

けど!けどだよ!?


どれだけ我慢しても変な声出ちゃうし、なにより痴女してる女の子が誰かに見られて捕まったら、それこそもう言い逃れは出来ない。


そしてきっと重い罪に問われちゃう……よね。


だからやめさ「ふぁっ!?」───うん、痴女してる女の子は大分盛り上がってるみたいだ……お陰で僕の尊厳がずたずただよぉ!


……でも耐えるしかないか。

僕が耐えれば、痴女してる誰かの未来が閉ざされないんなら、やるしかないよね。


あと五分くらい耐えきれば学校に着くから……それまで耐え忍べば何とか……っ!


「うぅ……くっ……」


口元を抑えて、なんとか声を出さないように我慢するけど、その分責めは苛烈になっていく。


って、あっ、ちょ!?脇腹はダメぇ!?


「ふっ、くっ……あぁ……」


『ッ!?……ッ!!!!』


……なんだろう、僕が頑張って声を抑えているのを見て、余計痴女さんが興奮している気がする。だって、さっきまで片手だったのにいつの間にか両手になってるし!


でもこれもきっと、僕がイケメン過ぎるからなんだろうな……なんてしょうもないことを考えながら、僕は必死に耐え続けた。


───

──


「はぁ、はぁ、はぁ……」


滴る汗、火照った身体。恥ずかしさと擽ったさでパンクしそうになる頭を必死に回した。


そしてその結果───『青峰学園、次は青峰学園です』という音ともに、僕にとってもはや馴染み深い景色が、人に埋もれた窓から垣間見えた。


……そうか、僕は耐えたのか……僕は耐えきった……僕は、耐えきったよぉ!!


「よ、よかったぁ……ッ!」


それがわかった瞬間、思わず安堵の溜め息がこぼれる。

これ以上続いてたら僕はきっと恥ずかしさで倒れたに違いない。


女性に痴女されるっていう天国と、バレたらヤバいっていう地獄をずっと行き来してるんだもん。


心臓が裏返るかと思ったよ……でもまぁ、そこはもういいよ。


問題は……この痴女をどうするかだね。


確かに、警察官さん達に突き出すのはやめにしたけど、ここで何も言わなかったらまた再発しそうな気がする。


……だからちゃんと注意しとかないとね!


そうと決まれば即実行、早速未だに僕の脇を擽っていた手をガシッと掴んだ。


『ふぇっ!?』


すると痴女さんの驚いた声が背後から聞こえた。


ふっふっふ、よくも僕のことを痴女してくれたねぇー!


と、余裕が出てきたお陰で大分いつもの調子に戻ってきた。

さてさて、痴女さんの顔を拝むとしようか。


逃がさないように片手でしっかりと握りしめたまま、その場で半回転する。


まず目に付いたのが、青峰学園の制服を来ていること。そして僕が知らない顔のため、恐らく二、三年生の先輩だと思う。


『あっ、あぁ……』


そんな人が、僕に顔を見られてあわあわしていた。


めちゃくちゃ動揺していらっしゃるねぇ……まぁ、僕が言うことはただ一つなんだけど。


「ねぇ、先輩?」


『ふぇ!?は、はいぃ!』


どうやら完全に意気消沈しているようだ。まぁ、男子に触ってるからそりゃもう青ざめてるよね。


今にも泣きそうで、ちょっと可哀想に見えちゃうけどしょうがない。


まぁこういう時は、さっと耳に口を寄せて一言───「え っ ち ♡」


『うっ、ご、ごめんなさぁぁい!!!』


……ほら、こうして謝りながら逃げていくんだよね。


多分これでもう、バスで痴女された回数三桁はいったんじゃないかな……ふっ、モテすぎて困っちゃうぜ!


まぁ、お陰で痴女への必勝法を編み出した訳だけど……あ、そういえばあの人───確か生徒会の方で似た容姿の人がいた気がするんだけど……後日行ってみよーかな?


ふっふっふ、今日から本当に楽しみだ!

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