本末転倒

「恥ずかしがらないでくれ、私の目の前でだけでいい。なんなら先っちょだけでもいいんだ……見せてくれないか?私としては、形が分かればそれでいいんだが……」


……助けてください、お母さん。そして姉と妹よ。

僕はもう、この婦警さんから逃れられる気がしないよ……。


ふと周りを見れば、僕と婦警さんを取り囲むように輪が出来ていて、みんな顔を赤くして、食い入るように僕と婦警さんのやり取りを見つめていた。

そらそうだよね。


だって傍から見たら恥ずかしそうに俯く一般人と、その一般人の股間をぎゅっと掴んで下から覗き込む婦警さんの図なんだもの。

でもね?見てないで助けてほしいんだよ。


なのに、なに顔赤くして写真撮ってるのさみんなは。


「ん、こら君。目を背けない」


そう言って婦警さんは顔をぐぐぐっと寄せる。


くっ、さすがに美人な婦警さんのガチ恋距離は辛い。

前世でモテなかったからもう惚れそうだもの。


「いやその……どうしても見せなきゃですか?」


「まぁ、見せてくれた方が私としてはありがたいが、強制ではない。ただそうなると、警察官として怪しい君をそのまま返す訳にはいかないんだ……すまない」


「いえ、いいんです。でもそうですか……やっぱり見せないといけないんですね」


ここで僕に残された選択肢は3つ。


ドロン逃げるか、ボロンち○こか───いやこの2つだけはないね、うん。


「け、警察官さん」


「ん?なんだ?」


だから僕が取れるのは実質1つ。


でもこれは、美少女ランキングにノミネートされてしまった僕として、本当は取りたくなかった手段。


そう、つまり。


「その、実は僕───男なんです」


男だという、真実の告白だ。


そして、その真実を告げた婦警さんはと言うと……固まっていた。

ものの見事に、僕の股間を握ったまま固まっていた。


「………………………えっ?お、おとっ?」


婦警さん、沈黙。

この数秒間のうちに、僕と婦警さんの間に無言の空気感が流れていた。


そして……その沈黙のあとに口から漏れ出た言葉は、明らかに僕が男であるという現実を受け止めきれていなかった。


「はい、男です」


だからもう一度はっきり言おう。


「え、だっ、だってバッジをつけて………い、いや、それは言い訳にしかならないか……えと、その、なんだ……」


婦警さんは次に繋がる言葉を見いだせないようだった。

周りが騒々しい。


多分僕と婦警さんの会話は聞かれていないと思うけど、婦警さんの雰囲気が変わったからだと思う。明らかに騒がしくなっていた。


と、ここで婦警さんが口を開く。


「つまり私は……ずっと君の股間を握りしめていたのか?」


「はい、しっかりと」


「先っちょだけでもいいから見せてくれっていうのも?」


「ちゃんと聞きました」


「………うっ、ふっ……こ、殺してくれぇっ。な、なんて私は恥ずかしいことを……というか男性に触れた時点で私は……私はっ!!」


慈悲なく肯定していたら、限界まで顔を赤くして涙を溜める婦警さん。正直に言うとめっちゃ可愛いです。


だけどさすがにこの状況を放っておく訳にはいかないよね。


「しー!周りに聞こえちゃいますよ……大丈夫です。婦警さんはしっかりと業務に励んでいただけで、怪しい格好をしていた男の人にボディチェックをするのなんておかしくないですよ!」


「ッ!だ、だがしかし、結局君の肌に触れてしまったことに変わりは……」


「ちゃんと僕からの同意も貰ったじゃないですか!ですからなんと言おうと、あなたは悪くありませんよ!寧ろ最初に言い出さなかった自分が悪いですし」


「………ふふっ、そうか。君は優しいな」


僕が必死に説得すると、悲しく歪んでいた顔が晴れ、可愛らしくはにかんだ笑顔を僕に向ける。


ヴッ!?


女慣れしていない僕には、さすがに美人のハニカミは難易度が高かったみたいだ。思わず胸を抑えてしまった。


「?どうした?」


「いや……いえ、あまりにも笑顔が可愛くて……くっ、ご馳走様です」


そう言うと驚いたような顔をして、再び顔を赤くした婦警さん。指をいじいじといじっているあたり、かなり照れてるようだ。


───そう!これ、これだよこれ!僕が望んだ男女比が歪な世界はこういうのだよ!


「……そ、そういうのはあんまり女性に言うものではない、ぞ?あと、その……私が君にしたことは到底許されることじゃないと思う。だから次はこれを教訓に、あんまり強引なボディチェックはしないように気をつけるとするよ………それと、本当にすまなかったッ!」


「真面目な……人なんですね。悪いのは僕なので気にしないでください。というかむしろ、そんな危険な人達がいるならバンバンボディチェックしちゃってください!応援してます!」


こうして話をしてみて分かるが、この人は真面目で正義感が高いタイプなんだろうね。

そして間違いなくいい人だ。


取り調べも強引ではなかったし、最初の方にちゃんと同意を得てきたし。


だからこの人に落ち度は全くないんだ。


「あぁ!頑張るとするよ!……ところで君、バッジは付けて「あの、米倉先輩?ボディチェックは終わりましたか?」ん?あ、あぁ……無事、終わったよ」


どこか吹っ切れたようにサムズアップし、僕の目を見返す婦警さん。そしてその後に何か言おうとしてたみたいだけど、後ろで構えていた婦警さんの1人が話しかけてきた。


なるほど、米倉ヨネクラさんって名前なのか。


「へぇ!君……じゃなくて、あなたって米倉さんって言うんですね!」


「ん?あぁ、米倉だ。“米倉ヨネクラトーカ”。ところで君の名前は?あぁいや、言いたくないなら構わないが……」


ちょっと寂しそうに目尻を下げながらそう告げるトーカさん。いやいや、そんな風に言われたら何があろうと言わないとねぇ!こんなにかっこいい僕の男が廃るよ!


「僕、ですか?僕は“春峰ハルミネ ミナト”っていいます。もし次も会えたら、湊って呼んでください!」


「春峰君か。ふふっ、いいだろう。もし次会えた時には、寧ろ此方から呼びたいものだ───また、会えるといいな」


嬉しそうに春峰春峰と、何度も言葉を転がすトーカさん。もしかしたら次は会えないかもしれない。


けどやっぱり僕には、すぐこの人とばったり会いそうな気がするんだ。


「きっと、また会えますよ」


「っ!……そうか、全く嬉しいことを言ってくれるな。だが、名残惜しいが私達にも巡回の仕事がある。すまないな」


申し訳なさそうにこれまた目尻を下げるトーカさん。周りの人には一体何があったか分からないだろうから、目を白黒している。


後ろの2人の婦警さんも怪訝な表情だ。


「えぇ、大丈夫です。それでは……」


「あぁ、またな」


そう告げると僕は、この数分でいっきに仲良くなったトーカさんに手を振り、足早に家へと帰った。

また違う婦警さん達にボディチェックされても困るからね。


───ん?あと、僕何か忘れているような気がするけど……まぁきっと気のせいだよね。


さっさと家に入って玄関で靴を履き替えて、お風呂に入浴。


まるで何時間もあそこにいたかのように感じられたけど、実際は30分も経っていない。

にしても僕が男だって知った時のトーカさんの驚きようは凄かったけど、今の2人。ひいてはクラスメイト達が、本当に僕が男だってわかったらいったいどんな反応するんだろう?


驚く?笑う?泣く?もしかして騙されたって怒る?


まぁどちらにせよ、僕の実は男でしたムーブはこれからも続けるんだけどね?でもトーカさんのお陰で、尚更楽しみになってきたのは事実だ。


だから今はそのためにも、ゆっくりお風呂に入って体を癒すとしよう。僕はそう決めて、長い長いお風呂を楽しむのだった。













そしてその数分後、近所で「そういえば漫画の新刊買ってないじゃん!?」という誰かの悲鳴がこだましたのは、また別のお話。

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