遅刻のすえに

「はぁ、酷い目にあったよ……」


無事遅刻し、担任の教師である神崎カンザキ ツカサ、通称ツカっちゃんに叱られているうちに、気づけば時計の短針が10時を指していた。


ツカっちゃんって普段はほんわかしてて見てるだけで癒されるのに、こういう時に限って「ぷんぷん!湊ちゃんだめじゃないですかー!もう!次も遅刻したらもっと激おこですからねー?」なんて可愛く怒るんだ。


うっ、だめだ思い出すだけでロリコンになりそうに……くっ、落ち着け、イエスロリータノータッチだ。

ビークールだぞ僕。


───ん、待てよ?


あれ、そもそもこういう男女比逆転モノの世界って、男子が不登校にならないように叱らないのが定番じゃないのかな?


ていうかツカっちゃん思い切り僕のこと湊ちゃん呼びしてたけど……え、流石に大丈夫だよね?


僕担任の教師にまで男であること忘れられてないよね?


い、いや!流石に大丈夫!……なはず。


「ま、まぁいいや!考えても仕方ないしね!」


ネガティブ思考からポジティブ思考に切り替えて、勢いよく1-2組の教室を開けた。


今の時間はちょうど軽い休み時間のようで、誰も気にした様子がなかった……ある2人を除いては。


「あっはは!お疲れ湊ー!結構叱られて……プフッ……ご、ごめフッ……」


「自業自得。しかし怒られている様は面白かった」


くそうこの2人、生徒指導室に連れていかれる途中まで教室で叱られていたから、思いきり僕が叱られてる場面を見ていたようだ。


そしてそれを今、茶化してきたらしい。


「性格わっるぅ……はぁ、やれやれ。だから君たちはモテないんだよ」


「「あ?今なんつった?もういっぺん言ってみいやおい」」


「ひぇ!?な、なんでもないですッ!?」


なるほど、今のがバトル漫画モノでお馴染みの殺気か。オーケー、チビりそうだ。


これからはもう二度とモテないなんて言わないようにしよう……でないと最悪僕の首が飛ぶ。


「と、ところでさ?なんか……ほら、気づくことない?」


この日のためだけに習得した上目遣いで、2人の注目を寄せる。ちなみにめちゃくちゃ腰を屈めないといけないから、腰が痛くなるのが玉に瑕だ。


「けっ、はいはい可愛い可愛い。大変お似合いですことー」


「疑問。昨日の髪型の方が可愛いと思う」


そう、僕が遥と雫の2人に見せたのは、昨日よりも短めに(肩にかからないくらい)に切った今の僕の髪型。


「はっはーん、2人とも分かってないなぁ……僕の流行が最先端すぎるんだよ。時代が僕に追いつかないってやつ?」


口では大言壮語を吐くけど───まぁもちろん、そんなのは唯のミスリード。


僕は昨日、寝付けないながらにまた1つ、人類史に残る素晴らしい名案が頭に浮かんだのだ。


その名も───あれ?私の幼馴染ってこんなにカッコよかったっけ?作戦である。


つまり、だ。


分かりやすく例えるなら、男だと思っていた幼馴染と夏祭りに行った時に、ふとした瞬間に可愛い女を感じ、あれ、俺の幼馴染ってこんなに可愛かったっけ?俺ってノーマルのはずなんだけどなぁ……と思わせる作戦である。


そして僕はそれに更に改良を加えた。


ほら、性別不詳キャラっているじゃん?アレだよアレ。


元が少し長かっただけに今ぐらいの髪の長さなら、男とも女とも判断がつかないと思う。


だからこそ感じるはずだ。


あれ?こいつって女だよな……?え、でも見た目はすこし男っぽいようなそうじゃないような───という脳のバグが。

心では女だと分かってるのに、もしかしたら本当に男なのかもしれないという淡い期待。そんな悶々とした感情を抱き始めた時に───ネタばらし。


うん、我ながら惚れ惚れする。

まぁおかげで今日遅刻したんだけど、そこはご愛嬌だと思う。


実になんと分かりやすく簡潔な説明なんだろう、と自分でも分かりすく悦に浸っていた。


「納得。アホのする解答」


うん、呆れたような感情がそのジト目からビシバシ伝わってくる。間違いなく前世ならショックで死んでたなぁ。


「うん、アホだね。でもやっぱりなんか似合ってんの腹立つ」


そんな雫とは対称的に、椅子に寄っかかりつつもちゃんと褒めてくれる辺り遥は流石としか言いようがない。


「ん?そうかな〜!そう言って貰えると嬉しいや!」


「「んぐふっ!?」」


「……って2人ともどうしたの?」


「「だ、大丈夫」」


なんか急に胸抑え始めたけど……まぁ、大丈夫ならいいや。


もし本当にキツかったり大変だったりしたらきっと言ってくれるだろうしね。


しかしそれは兎も角───今日から2人……いや、クラス全員に実は男でしたムーブをするとして、多分2人は最初の僕の策にハマってくれたはず。


まぁ、雫は似合ってるって恥ずかしくて声に出さないけど、実はあとでLINEにこっそり似合ってたよって送ってきてくれるタイプだし、遥は言わずもがな。


うーんそう考えると───なかなかに順調な気がしてきた!


いやぁしかし、ネタばらしした時のクラスのみんな……特に親友である2人の反応が、楽しみで仕方がない。


あ、ネタばらしはいつにしようか……まぁそれは今度でいいか!


今はとりあえず、もうそろそろ始まる授業の準備を………。


───


「寝た?」


「心拍良好。快眠中」


「はやっ!?流石にはや過ぎない?冗談で聞いたつもりだったんだけど……いやほんとに寝てる」


いや、ほんとに何がしたかったんだろうなー湊は。


「不解、私には理解できない……けど、この天使みたいな寝顔を見られただけで満足」


嵐のように教室にやってきて、波のように静かに眠った親友。その寝顔を見ながら、これまた可愛らしく微笑むもう1人の親友の雫。


うーん、なかなか絵になるなぁ。これは眼福かも。


「あー、こんなに可愛くて優しくてスタイルいいのに、なんで湊は男にモテないんだろうね?まぁ、胸はないけど」


「一言余計。だけど確かに不可解。何かいい匂いするし、アホではあるけど馬鹿ではないし、頭の回転は学年トップレベルの成績なだけあって早いし、何かいい匂いするし。モテない理由がない」


あーほんと、いつ聞いてもどんな完璧超人なんだってセリフだけど、でも、実際に可愛く寝息をたてている目の前の“女の子”がその完璧超人なんだから、理不尽だと思う。


天はニモツを与えずっていうけど、この娘の場合は荷物以外の全てを背負ってるような、そんな出鱈目な量を与えられたようにしか思えないくらい、完璧に近い。


でもそんな子が私達の前じゃこうして可愛らしく居眠りをかましているところを見ると、やっぱり昔の湊と変わってないって分かって嬉しくなるんだ。


「ほんと、男子って見る目ないなぁ。ま、男子が誰もこの子の魅力に気付けなかったら私が貰おうかな?」


「………議論の余地あり」

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