見透かされる恋心 (読み切り)

湊とえりは同じ高校で、仲の良い友人同士だ。

だが、湊はえりが好きだった。

長い間遠恋中だったえりに、何とか振り向いてほしかった湊だが、えりの彼氏(パブロ)が外国から帰国する形で、その思いは玉砕した。

さらに、湊はその彼と意気投合し友人になってしまった。

湊は、もう諦めざるを得なかった。



「えり、おはよ」

湊は登校時、前を歩いていたえりに駆け寄り声をかけた。

「…おはよ…」

「反応薄…」

湊は嫌な顔をした。

「だって、人前で声かけてくるの珍しいから…」

「そう…だね」


湊とえりは、家庭の事情が似ていた。

中学の頃から、湊は妹(春乃)、えりは弟(孝司)の世話をしていて、正直友達と遊ぶ時間もなかった。

そして、それを人に話さずに過ごしていた。

春乃と孝司が同じ幼稚園で仲が良かったのがきっかけで、湊とえりもお互いの事をしり、仲良くなっていった。

が、やはり家庭の事情を他の人には知られたくなかったので、湊はえりと仲が良いことは秘密にしていた。


「ねー、えり」

「ん?」

「もうさ、バラしていい?」

「何を?」

「俺達の関係」

「(俺達の関係…?)…いいんじゃない?」

「そっか。…付き合ってるって思われるかもね」

湊はいじわるそうに言った。

「んー、でも友達なの隠してるほうが面倒くさいかも…」

「付き合ってるって思われてもいい?」

えりは一瞬、それを想像してみた。

「…湊ファンにボコられそうだから、全力で否定しておくよ」

「俺、モテるからね」

「そうだね」

「気をつけて」

「ソウデスネ」

えりは湊の話を流した。

「もし、私と付き合ってるって噂がたったら、湊はもっとモテるんじゃない?」

えりはニヤッとした。

「?逆じゃない?」

湊は、えりを見た。

「相手が私なら奪えるだろうって子が出てくるし…、今まで皆の湊だったのにその均衡が崩れてさ…」

「ふ~ん」

「知らんけど」

「本当にそうなったら、面倒臭いね」

「そうだね。あー…」

「何?」

「寒いねー」

「あ?うん」(流しすぎじゃない…?)

「えりは、冷え性?」

「全然。手足ぽかぽか」

えりは自分の手を見て、グーパーと動かした。

「湊は?」

「俺、冷え冷え」

「フフッ。そうなの?」

「ほらっ」

湊はえりの前に手を出した。

えりは指先をチョンと触った。

「冷たっ」

「あったかっ」

2人の言葉が被った。

「2人を足せばちょうどいいね」

湊はそんな事を言ってみた。

「そうだね。パブロがね、私よりもっと温かいんだよね」

「あー、あの人は温かそうだね」

「ね。今はいいけど、夏暑そう」

えりは笑った。

「いいね、ラブラブで」

湊は皮肉を込めて言った。


「湊、おはよー」

湊のクラスメートと思われる男女数人が後方からやって来た。

「…湊の彼女?」

湊の友達がえりを見るなり聞いてきた。

「違うよ。友達」

「へぇ。何組?」

廉はえりにきいた。

「5組」

「へぇ。5組に、こんな可愛い子いたんだ」

「え!」

「え!」

湊もえりも驚きの声をあげた。

えりは、自分はともかく湊も驚いていた事に腹を立てた。

湊はそれに気がついて、えりを指さして言った。

「可愛いの?」

「違うけど…」

「なのに怒ってんの?」

「怒ってないけど…」

「可愛いの?」

「うるさいっ」

湊とえりはいつもどおり、軽く言い合いをしていた。


「…めっちゃ仲良しじゃん」

女子の華が言った。

「あー、中学一緒だったから」

湊は説明をした。

「私も一緒だったけど?」

華が自分を指さして言った。

華は自分の事を忘れられて気分を害したようだった。

「あー…。委員会とか一緒だったから」

「へー」

華は納得していないようだった。

えりはそれを見て、華は近々、湊に告白するんじゃないかと思った。

「付き合うの?」

廉が聞いてきた。

「付き合わないよ。この人、彼氏いるしね」「そうなの?」

「うん」

えりは嬉しそうに笑った。 

「湊、振られた〜」

「振られてねーわ」

(振られたけど…)

湊は引きつった笑みを浮かべた。

「私達、ホントに友達で…」

えりもフォローをした。

「へぇ」

湊のクラスメートは、珍しいものを見る目つきで、湊とえりを見た。

「ま、いいじゃん。じゃ、えり先に行くわ」

「うん」

湊はえりに手を振りながら、クラスメートと先に歩いて行った。


えりから遠ざかると廉は湊に聞いた。

「湊、さっきの子の事、下の名前で呼んでんの?」

「うん。別にいいじゃん」

「ホントに好きじゃないの?」

「だから、彼氏いるんだって。しかも、3年くらい付き合ってるし」

「そうなの?」

「そう」

「ま、可愛いけど、湊の相手って言う程ではないよな」

湊はその言葉を発した友人を睨んだ。

「俺の友達なんだけど?」

「ごめんごめん!」

「いいけど…」

湊はプイッと顔をそらした。

「じゃ、本当に付き合うとかじゃないんだ」華が湊を見つめた。

(あ、コレ、えりが言ってたやつ?告られる?)

「そうだね。えりの彼氏とも仲いいしね。それに、俺は今、誰とも付き合いたくはないし」

「そっか」

華がショボンとした。

(付き合わないけど、反応かわいいな。えりも見習ったらいいのに…)

そんな話をしながら、湊達は学校へ入って行った。



中休み。

「えり」

えりが呼ばれた方を見ると湊がいた。

「どうしたの?」 

えりが教室から出てきた。

「教科書忘れたから、貸して」

「珍し」

「うん。だから貸して」

「待って」

えりは自分の机の中から教科書を持ってきて、湊に渡した。

「ありがとう」

「湊に何か貸したの初めて」

「うん。いつもはさ、違うクラスの女子に借りてて」

「そうなの?今回はやめたの?」

「うん。何か、最近俺の事好きなんじゃないかって思って。面倒くさいからやめる」

「最低ー」

「そんな事言っていいの?俺のファンに囲まれるよ」

「湊ファンめっちゃ怖いじゃん」

「俺の一言で動くから」

「わ、最低」

「うん。我ながら最低だ…」

湊は口は悪いが、性格は真面目だった。

自分の言った事に落ち込む湊を見て、えりは笑った。

「ま、モテるのも大変だね」

「春乃のモテ具合は俺の倍だけどね」 

「えー!そうなの?孝司、心配じゃないのかな」

「心配してないよ。むしろ、春乃の事好きな男子に協力してるんだから。バカだから」

「人の弟ですよー」

「わかってるけど、春乃が可哀想じゃん。ずっと片思いしてんだぞ?」

「すいません。あんな可愛い子に片思いさせて」

「ホントだよ…」

湊はため息をついた。

キンコーンカンコーン

「やべ。じゃ、教科書ありがとう!」

「うん。じゃ」

2人は笑顔で手を振って別れた。

チャイムが鳴ってしまったので、えりのクラスメートは誰も何も言わなかったが、あの小林湊と仲の良いえりを見て、驚いていた。

昼休みになると、何人かがえりに声をかけてきた。

湊がいかに有名人でモテるのか、えりは改めて思い知った。



それから、湊は堂々とえりと一緒にいるようになった。

その度、2人は付き合ってると噂され、今では、公認カップルのようになっていた。

えりはそんな噂に気がついていなかったが、湊はその状態はしっかり把握していた。


湊は周りから、えりと付き合っているのかを、よく聞かれた。

「いや、彼女じゃねーし」

と湊はあえて軽くかわしていた。

そんな状況も相まって、噂は更に加熱していった。

「湊君、最近5組の女子とよくいるよね?」

とか

「湊に彼女できたって本当?」

とか 

「あの子…、ほら湊くんの」

など、女子を中心とした噂話はそこらで行われていた。

湊の耳にも、もちろん届いていた。

そして、そんな事を言っている友人に対して、聞かれれば付き合ってない事は話したが、積極的には否定してこなかった。

(自ら訂正しないだけで、別に嘘ついてるわけじゃないし…)

湊はそう心の中で言い訳をしていた。


とある日の昼休み、グランドで、湊を含めた数人がサッカーをしていた。

そのグランドの横をえりが友達2人と歩いていた。

「あ、男子サッカーしてる」

「うん。皆うまいねー。サッカー部かな」

「ね、どうなんだろ」

3人は横目でチラチラと見ながら話していた。

「あれ?えりちゃん。湊君いるよ」

友達はウキウキしてえりに報告した。

「え…?あぁ、ホントだ…」

えりは、さらっと返答した。

「えりちゃんて、彼氏の前だとあまり甘えたりしないの?」

えりの湊への反応があまりにもドライなので、友達はえりにそう聞いてきた。

「甘え…てるかな。うーん…」

えりは頬を染めながら言った。

「わぁ。えりちゃん可愛い」

友達はえりの彼=湊 だと思っていた。

もちろんえりは、パブロの事を思って話していた。


一方、グラウンド内では

「湊。えりちゃん見に来たよっ」

(わざわざ来るわけないから、たまたま通っただけだろうけど…)

湊はえりに手を振った。

えりも振り返した。

湊の事を特に好きでは無い女子は、かなり盛り上がっていた。

「キュン」

「いいなぁ」

「あの子、よく見ると可愛いよね。ね?湊君」

女子が湊に問いかける。

「ん?うーん」

「照れてる。かわいい」

女子がさらにキャッキャしだした。

「可愛い彼女で、いいね」

「ハハッ。彼女じゃないって」

「えー」

「付き合っちゃえばいいじゃん」

「そんなに簡単に付き合えないでしょ」

「わー、大事にしてあげてるんだね」

「いいなぁ」

(女子の想像力すげぇな…)



湊はえりが入っている美術部に顔を出した。

「湊?」

「おう。コレ」

湊は袋を差し出した。

「…もしかして、孝司の忘れ物?」

「うん。うちに帽子おいってた」

「いつものゴメン」

「全然。ね、パブロ君元気?」

湊はえりが座っている席の近くの椅子に座った。

「うん。勉強大変そうだけどね」

「大学生だもんな」

「ね。見えないよね」

「パブロ君、童顔だもんね」

「性格も」

「あぁ。でも、たまにしっかりしてるじゃん」

「そう?」

「春乃と孝司が動物園で迷子になった時とか、すぐに対応してたし」

「あぁ、あったね。私と湊、泣きそうだったやつ」

「…泣きそうだったわ…」

「あははっ。ホント、私達だけだったら、どうなってたか」

「無事見つけたとしても、心配した分すんごい怒ったと思う。怒鳴ってたかも…」

「だよね。早く見つかったから、そこまで空気悪くならなかったもんね」

「ね。やるな、お前の彼氏」

「うん…。って恥ずかし」

えりは顔が赤くなった。

「君たちカップルは癒やされるね」

湊はフッと笑った。

「バカにしてる?」

「してないよ。羨ましいよ」

「…何かあった?」

「たまに褒めるくらいいいだろ…」

(なんだかんだ、盛り上がるのってパブロ君の話なんだよなぁ…)

えりが、湊の顔を除きこむように見ていた。

「見んな、バカ」

湊は照れくさくて、目をそむけた。

えりは湊が可愛くて笑った。



とある日の下校時間。

「湊〜」

1人歩いていた湊は、声のする方を振り向いた。

パブロが手をあげて近づいてきた。

パブロはえりの彼氏だが、湊とはすぐに仲の良い友人になった。 

パブロは湊がえりを好きなのを知っているが、湊を親友だと思っている。

お互い友人として、相思相愛の関係だ。


「パブロ君、久しぶり」

湊は嬉しそうに歩み寄った。

「久しぶり。湊の制服姿初めて見た〜」

「そう?」

湊は照れくさそうに言った。

「似合うね」

「…女子に言うようなセリフだな」

「そう?」

「えりに言いなよ」

湊はそう言うとフッと笑った。


「パブロ君は大学の帰り?」

2人は並んで歩き出した。

「そ」

「医学部だっけ?」

「そ」

「パブロ君て頭良さそうに見えないのにね」湊はニヤニヤしながら言った。

「そうでしょ。地頭は悪いよ。ゴリゴリの努力型だからね」

「…すげーな」

「努力でどうにかなるもんだねぇ」

パブロはしみじみ言った。

「…えりのために頑張ってるの?」

「そうだよ」

パブロはサラッと言った。

「すげーなぁ」

湊はなんの躊躇もなく答えるパブロに勝てないと思っていた。

「あと、孝司と。あと、湊と」

「俺ぇ?」

「うん。大学で成績良くないと、外国に強制送還サレテシマウノデ…」

パブロは外国人ぽく言った。

「どんな大学だよ」

「湊ともこれからも一緒にいたいからね。頑張ります」

「…パブロ君て」

「ん?」

「…素直な人だよね」

「うん?」

「…飾り気がないというか…」

「飾り?」

「アホみたい」

「うるせ」 

2人は笑った。

「だから…、一緒にいたい?とか言われたら素直に嬉しい…」

「かわいいな。湊は」

「やめろ」


「だから、パブロ君はえりに好かれるのかな」

「えりが俺のどこが好きか知らないからなんとも言えないけど」

「…知らないの?」

「いや、一緒にいて楽しいとかはあるよ」

「そう」

「そしたらさ、えりが湊といる時と変わらないし。じゃ、何が?って言われたら、なんだろうね」

「…余裕ぶっこきやがって」

「余裕じゃないよ。一番の恐怖がお前なんだから」

「…なんで」

「俺が湊の事を好きだから」

「え?」

「そんなん、強いでしょ」

「…強くないよ」

「でも、策略家ではあるよね」

「え?」

「例えばさ」

「え?」

湊は嫌な予感がしてきた。


「高校では俺いないからさ、えりと存分に仲良くできるでしょ?」

「別にクラス違うし」

湊はドキドキしてきた。

「そんなの、関係ないじゃん。むしろ、クラス違うのに仲良いって、周りから見て一番あやしいから」

「あやしいって…?」

「だから、高校でえりと仲良くして、えりと付き合ってるんじゃないかと噂が流れ、そこで少し気分を晴らしているのかなって」

「え…」

パブロの目が、面白そうに輝いてきた。

「俺への配慮もあるし、付き合ってるなんて嘘はつかないだろうけど、周りの噂はあえて、否定しない的な」

「…ちょっ…」

湊は汗をかいてきた。

逆にパブロは乗りに乗ってきた。

「ま、想像だけどね」

パブロは笑った。

「…えりが何か言ってたの?」

「何も。だって湊の気持ちにすら気がついてないんだから」

「…そう。でも、俺、友達にえりには彼氏がいるってちゃんと答えてるから」

湊は平静を装って言った。

パブロはまだあるぞというような目で湊を見た。

パブロは湊の反応を見るのを完璧に面白がっていた。

「例えば…」

(うっ…!何だよ!)

「意味ありげな笑顔で、彼女じゃないよ、とか言ってたり…」

「は?」

「淋しげな表情で、えりには彼氏がいるよとか言えば、そのたび、ミーハーな女子から、キャーとか、キュンとか言われてない?」

「………」

「ん?」

「…。…言われてる…」

湊は観念したようにうなだれた。

「あははっ」

「…ごめん…」

「いいよ」

パブロは楽しそうに笑った。

「俺、こういうのうまい方なんだけど…。パブロ君、鋭すぎない…?」

「そう?」

パブロは湊の顔を見て満足そうに笑った。

「やっぱ湊は、可愛いな」

「…パブロ君は可愛くない…」

「あははっ。湊はバカだな」

「うるさい」

「湊とえりは似てるな」

「嘘だぁ…」

「似てる似てる」

パブロは湊を見た。

「まぁ、容姿の違いは大いにあるけど」

「え?」

「湊の方が可愛いもんね」

パブロはニコッと笑った。

「…自分の彼女にひどいな」

湊はパブロを横目で見た。

「ん?だって…」

「何?」

「恥ずかしいじゃん…」

「可愛いかよ…」


湊は照れたパブロを見て、やっぱりパブロとえりを応援したいと心から思った。

(でも…、学校では今まで通りでいいや)

湊がふと横を向くと、パブロが意味ありげな顔で湊を見ていた。

「…!」

湊は思わず口が開いた。

「別にいいんだよ?」

パブロは湊の顔を見て面白そうに笑って言った。 

湊は恥ずかしさと怒りで顔が赤くなった。

「もう…!じゃっ、そうする!」

湊はパブロがあまりにも見透かすので、腹が立って先にスタスタ歩いて行った。

「湊〜」

「うるさいっ」

パブロが湊の横に並ぶ。

湊はそっぽを向いたが、口元は笑っていた。

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