第七話 喧嘩(下)

どれくらい泣いていたのだろうか……外はすっかり日が暮れていた。


 ソラはしばらく泣き続けたが、やがて涙を拭いて美穂を見上げた。




「ごめんなさい、美穂さん。もう大丈夫だよ」




 美穂は微笑んでソラの頭を撫でた。




「大丈夫、気にしないで。わたしはソラ君の家族だから。」




「うん、ありがとう……」




 美穂はソラの手を取り、ゆっくりと彼を立ち上がらせた。まだ、家族としての抵抗感は拭えていない。でもこの人達となら共にいたいと思えるようになっていた。




「さてと………今度はユウキを探しに行かないと」




「あっ!僕も一緒に探しにいくよ」




 一緒について行こうとするソラ。美穂はソラの意志を尊重し、にっこりと笑った。




「ありがとう、でも大丈夫だよ。わたしが探すから、ゆっくり休んでて。」




「でも、僕も……」




「心配しなくていいよ。ユウキは絶対にわたしが必ず見つけてみせるから。ソラ君はみんなをお願い、今ここで一番の年長はソラ君だから」




 そう言って美穂は、ユウキを探しに行こうとしていたところドタバタと誰かが走ってくる足音が子供部屋の扉が開きそこには息を切らしたフミの姿が、




「どうしたの?」




 美穂がフミに問いかけると




「ハァハァ!ユウキお兄ちゃんが帰ってきた!」




「えっ!?」




 その言葉に、驚きながらも急いでユウキの元に向かう美穂。ソラも美穂についていく。ユウキのいる玄関についてみると、そこにはずぶ濡れになって帰ってきたユウキの姿が、殴られてできたのだろうか目の上は赤く腫れていた。




「ユウキ!?」




 そんな酷い姿でずぶ濡れのままのユウキを強く抱きしめる美穂。




「心配させて…今までどこにいたの!?それにこんなずぶ濡れで………」




 そう問いかけたが、ユウキから返事はない、ただ目線はこっちではなく何故かソラの方を見ていた。見つめられているソラ自身も目をそらさずに見つめ返す。ふと、ユウキが美穂から離れるとソラの方へ向かっていく。よく見たらユウキの手には何かを持っていた。




「…………ん……」




 ユウキがそれを差し出す。その正体は濡れ汚れたグローブ、だがそれは確かにソラの物であった。




「これっ………!?」ソラは驚きと共に、ユウキからグローブを渡される。




「………あの後、下流まで探してみてさ、ちょうど流木に引っかかってたのを見つけた。泥で汚れちまったけどよ………それ、お前のであってるよな?」




「うっ、うん………えっとごめん………」




「はぁ?何謝ってんだよ?落としたのは俺だから謝る必要なんかねぇし………」




「でも、本当にありがとう……」とソラは感謝の気持ちを伝えた。


 その光景に美穂はほっとした表情を浮かべ、家族としての絆が深まっていくことを感じた。




 ーーー




 その後、ソラとユウキは殴り合いの喧嘩をした件については美穂にみっちり怒られた後に二人まとめて浴室に投げ込まれた。




「二人とも喧嘩したバツとして互いの背中を洗いっこすること、特にユウキ!あなたは風邪ひかないように充分温まる事!」と言い残して美穂は浴室を出る。そしてーーー




「ったく………お前のせいでミホかーさんに怒られたじゃねぇか」




 ユウキはソラに愚痴をこぼしながら美穂の言いつけ通りソラの背中をスポンジで洗ってあげていた。




「いてて………それに思いっきりパンチしやがって腫れちゃったじゃねぇか」




「それはお互い様だろ………」




「学校のやつらに笑われたらお前のせいだからな………ほらっ次はお前な」




 ソラの背中を洗い終わって背中を向ける。ソラはユウキからスポンジを受け取ってユウキの背中を洗おうとすると………




「っ!?このキズっ!?」




 ソラはユウキの背中を見て驚愕する。そこには何箇所に痛々しい古傷が残っていた。




「あっ、、びっくりしたか?」




 そういうと、古傷の経緯をソラに話す。どうやらユウキが物心つく前にユウキの本当の両親から虐待を受けていたそうで、それを偶然知った美穂がユウキを保護するようになったという。だがそれくらい悲惨な出来事もまるで他人事のようにユウキは話した。




「………ごめん、つらかったよね………」




「なんでお前が謝ってんだよ~俺もあんま覚えてないしどうでもいいよ。それに…」




 ユウキは言葉を続ける。




「今こうしてミホかーさんと、ここの家族と一緒に居られて充分幸せだからよ」




「……………………」『お前らは血がつながってないただの他人だろ!』




 あの石橋の上で言った言葉、フラッシュバックする。ゴシゴシ動かしていた手も止まる。




「ごめんなさい………僕、ひどいこと言っちゃった」自分のしたことに後悔が募る。




「………それ、ちゃんとあいつらにも言ってやれよ」




「うん、、うん………」ソラはもう一度、ユウキの背中を洗い始めた。




 しばらくして、二人は浴室を出て、美穂と子供達がご飯の準備をして待っていていくれた。献立はカレー、この家にきて最初に食べたのと同じものだが、そのカレーの味はこの前食べた物よりも一層おいしいものだと感じられた。

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