第六話 喧嘩(中)

ーーーーー美穂が部屋に入ってくる少し前ーーーーー




 ソラは自分がいる部屋に戻り、扉を閉めた。部屋の中は暗くて静かで、窓の外に広がる景色も見えなかった。ただ自分のロッカーからリュックを取り出し




「出てってやる!出てってやる………」




 ソラは怒りと悲しみを交えた声で言い放ち、衝動のまま荷物を詰め込む。そしてある程度の私物を詰め込んだソラはリュックを手に取り




「出ていくんだ!ここから出て!かえっ………」




 何かに気付いたソラは手からリュックを離す。そのままソラは崩れるように床にうずくまり、どうしようもない虚無感が包む。




「……もう帰る場所なんてないじゃんか」




 ソラはうなだれた。自分の家はもうなく、家族も死んだ。唯一の家族の繋がりであるグローブもなくし、自分を受け入れてくれたのはここ以外の場所はなかった。




「どうしよう……どうすればいいんだ……」




 ソラは自分に問いかけたが、答えが見つからなかった。ただただ悲しみと絶望に包まれたまま、ソラはひたすらにうずくまっていた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ソラ君………」




 美穂は彼を優しく見つめた。しかし、深い絶望と損失感がにじみ出てた少年の体は小さく今にも消えてしまいそうだった。美穂は彼を抱きしめ、ソラの肩を優しく撫でた。ソラは口を開いて何か言いたそうだったが、そのまま黙り込んでしまった。




「みんなから話は聞いたよ。ごめんなさい…わたしのせいなの、わたしがユウキにソラ君のこと構ってあげてってお願いしたの。だからユウキを責めないで」




 そう、責任は大人であるわたしのものだ。ソラ君にどう思われても甘んじて受け入れる覚悟はある。だがソラはうずくまったままだ。




「どこにも行けない……」ソラはうずくまって言った。「僕にはもう帰る場所がない。」




「違うよ。ソラ君の帰る場所はここだよ。わたし達家族がソラ君の帰る場所なの」




「違う!!」




 肩に触れた美穂の手を振り払いながら顔をあげる。ひどい顔だった、涙と鼻水で顔を濡らし喧嘩して怪我をしたのだろう切り傷ができていた。




「僕の家族はお父さんとお母さんだけだ!お前らなんて家族じゃない!!偽物だ!!」




 美穂はその言葉を失った。でも、怒ったりはしなかった。むしろ腑に落ちる、ソラが今まで私たちと距離を置こうとした理由を、彼はまだ受けらいれられなかったのだ、大好きな家族を失った自分のことを、龍一と愛里の死を受け入れてしまうかもしれない自分自身が怖かったのだと………




「でも無理なんだ……もう僕は一人ぼっちだ………」




 ソラはうつむき、小さな声でつぶやいた。だが、




「一人ぼっちじゃないよ」




 美穂は決して諦めなかった。もう一度ソラに触れて彼の耳でなく心に訴える。




「ソラ君がここで一人ぼっちになることはないよ。わたし達はいつでもソラ君を受け入れるよ」




 あの葬式で亡き親友たちに誓った、あなた達の子供は必ず幸せにしてみせると、そしてわたしがこの家を作った意味も、




「ソラ君、わたし達のこの家の名前がなんで『すずらん』なのか知ってる?」




「……………………」




 ソラは何も言わず、首を横に振る。




「すずらんの花言葉は、『純粋』や『純潔』とかいろいろあるけど、その一つに『幸せの再来』…再び幸せが訪れる』って意味があるんだ。だからわたしはこの名前をつけたのここにいる子供達がまた幸せになってくれますように願いを込めて…」




 ソラは静かに、美穂の言葉に耳を傾ける。




「ここにいるみんな…ソラ君のように訳があってわたしが引き取ったの、確かにソラ君の言う通り本物の家族ではないかもね………でもわたしは、偽物の家族でも愛情は本物でありたい。心から幸せになってほしいの、だってみんながわたしを『ミホかーさん』と呼んでくれるから、わたしを『お母さん』にしてくれるから。」




 ズキンと心が痛んだ。さっきフミに言った言葉が自分へと突き刺さる。




「だからね、わたしはソラ君の新しいお母さんにはなれないのかも知れない。でもわたしは………わたし達は、ソラ君の新しい家族になるよ。一緒にご飯を食べて、話をして、笑って過ごすことができる。それだけで、ソラ君はわたし達にとってとても大切な存在なんだよ。」




「………うぅ…くぅ、ヒクッ」




 ソラの口から、嗚咽が漏れ始める。心から感情が濁流のように雪崩だし、今まで抑えていたぶんコントロールが効かない…美穂はそんなソラを強く抱きしめてあげる。ソラはその温もりに触れ完全に感情を解き放つ。




「あっ、あう……うっ、、うわぁぁぁあああああ~~~~!!!!」




 ソラは泣いた。今まで我慢していた分をすべて洗い流すように、でも先ほどの怒りの涙よりも不快な感覚は一切なかった。そしてすべて洗い流した頃には、心に温かさと心地よさだけが残っていた。

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