第13話 フォーチュン

 敵がどこから来るか分かるという事は、どう動けば相手と鉢合わせることなく進めるのか分かる。という事だった。そういう事であれば、弾薬を奪いつつアイのいる場所まで向かう事はすぐに出来た。


「――」


 スコピオの声が聞こえる。そして複数人が戦っている音も。


 俺は最後の角を曲がり、敵から奪った拳銃を片手に走りこむ。物陰から様子を窺うと、物陰にうずくまったスコピオと、アイと戦う二人組の男が見えた。


「安くねえ金払ったんだ! さっさと殺さねえか!」


 スコピオは男たちに悪態をついている。どうやら、やはり彼は覚醒者を操ることは出来ず。この二人組も金で雇っているらしかった。


 全員が気づいていない今なら、俺一人が圧倒的に有利だ。そうであれば「ツインスティング」でやったように、俺が狙撃をすれば――


 そう思って銃を構えるが、男二人は動き回っていて狙いが定まらず、スコピオは身体の大部分が隠れており、見えている場所だけを狙うには、肉眼では辛いところがあった。


「っ……!!」


 アイは、相手を倒すためというよりも、時間を稼ぐために戦っているようだった。俺が援護に戻ってくる。それを宛てにしていることがよくわかる。だが、俺はこの距離から援護をするのは難しい。


 外に陰になりそうなものを探すが、今からスコピオのいるところまで大回りしてはアイの体力が持たないし、かといってここから四人のいるところまでは他の物陰も存在しない。


 詰み。という言葉が頭をよぎって、俺は頭を振る。このまま見続けて、アイがなぶり殺しにされるのを見るか、あるいはのこのこ出て行って、男の片方に殴り殺されるか、そのどちらかのような気がした。いや、今彼女を見捨てて沢村と一緒に逃げ出せば――


「っ!!」


 一瞬そんな事が頭に浮かんだ。それが嫌で走り出していた。


 アイは、俺の力を必要としていた。理由はそれだけでいい。彼女が失ったものの代わりは出来ない。今日一日話を聞いただけ。それでも彼女を助けたいと思った。


 俺は誰かを助ける場面によく遭遇する。感謝状も家に複数ある。それはただ、俺がそういう場面に出くわしやすいだけだと思っていたけど、そうじゃない。俺は誰かを助けるために行動しているんだ。


 物陰から飛び出したことで、全員に気付かれる。二人の覚醒者のうち一人が、俺に向かって走ってくる。


「目の前の相手をしろっ!!」


 俺はそう叫んで、援護に回ろうとするアイを制止する。俺が飛び出したことで、アイまでそちらの対応に動いてしまうようなら、助けに入った意味がない。


 距離を詰めたところで、俺は両足を地面につけて拳銃を構える。こちらへ走ってくる以上、狙いはズレにくいはずだ。


 冷静に、幻覚の中で銀色の線と男の脳天が一致するように動かして、静かに引き金を絞る。アイのためなら、人を殺す覚悟はできていた。


 瞬間、弾丸は男の脳天を撃ち抜き、後方に血と肉片の飛沫をあげさせる。


「なにっ!?」


 スコピオが驚きの声を上げる。俺はそのまま走り出すと、アイの援護に向かう。おとといの「ツインスティング」では覚悟できていなかったが、今はもう、迷いは無い。


「チッ……引くぞ!!」


 スコピオの判断は早く、堅実だった。アイとの戦闘を引き上げさせて、逃走することを選択したのだ。


「貰った」


 しかし、それはアイから意識を逸らしてしまう事であり、その隙を狙わない彼女ではなかった。後ろからヤスリで頭をすり潰された男は、力なくその場に倒れる。


「クソッ……リジェネーターの方もだが、そっちもバケモノかよ……あの距離で、しかも豆鉄砲で頭とか――ああ、そういう能力だったか」


 一人となっても彼は軽い身のこなしで距離を取り、コンテナの上まで逃げてから、悪態をつく。俺はそのまま拳銃を構えて狙撃しようとするが、彼は頭を拳で覆って防御の姿勢を取る。


「だが、所詮は豆鉄砲、この距離なら腕を貫通した上で致命傷を与えられるほどの威力はねえ、予知だろうが幸運だろうが、起こり得ないことに対しては無力だ」


 スコピオは勝ち誇ったようにそう言って、逃げようとするが、俺の視界には別の幻覚が映っていた。


「フフッそういう訳にはいかないさ」


 夜中と言う事を忘れそうな光が現れ、男の行く手を阻む。


「全く、フットワーク軽過ぎじゃないかな? 君は」


 人を小馬鹿にしたような口調で、狼の毛皮のような銀髪を揺らす女性――ロボがそこにいた。


「すまないな、シンジケートとその背後にある関係を調査していたら合流が遅れた」


 振り返ると、そこには獅子のような琥珀色の瞳――レオがそこにいた。


「くっ……」


 スコピオは歯噛みをして、左右を見渡す。しかし、状況を好転させるものは何も無いようだった。


「君には二つ道がある。洗いざらい話すか、この場で死ぬかだ」


 レオが冷徹な声でそう言うと、スコピオは溜息をついて、無事な方の手で顔を覆った。


「ったくよぉ、話す方選んでも、話した後に殺すつもりだろうが、今殺すか、後で殺すかの違いだろ? だったら――」


 言葉と共に、スコピオの懐から何かが落ちる。俺は一瞬早く何が起こるか分かったので、とっさに目を覆った。


――閃光手榴弾。


 俺が思ったのは、ゲームでよく見るそれだった。周囲に凄まじい光を放ち、しばらく行動を制限する手榴弾。


「逃げるしかねえだろうがよ!」

「チッ、やってくれたねぇっ!!」

「やめろロボ! 視界が効かない状況で能力は使うな!」

「っ……!」

「じゃあな!」


 他の三人よりも早く視界が回復した俺が見たのは、走り去るスコピオの背中が見えなくなるところだった。



 ガコンという重々しい音を響かせて、コンテナの扉が開く。


「沢村! 無事か?」

「……志藤?」


 俺が声を掛けると、金髪の頭がひょっこりと顔を出した。


 家具の中から引っ張り出してやり、俺はようやく彼女の無事を確信した。


「よかった……」

「で、何が起きてるんだよ、コンビニから出たところで意識が遠くなったと思ったらこんな所にいるし……」


 俺は考える。どこまで話すべきか、どこまで黙っているべきか、そして……どこまで信じてくれるかを。


「沢村、今からその説明をするけど、どこまで信じてくれる?」

「は?」


 俺の質問は、説明してほしいと言っている人間への質問としてはおかしい質問だった。だが、俺自身もどこまで話せばいいのか分からなかった。一つの事を話せば、他の事も話さなければならない。


「そりゃ、全部信じるよ」


 不安でいっぱいの俺に、沢村はそんな言葉を返してくれた。


「お前がこういう時ふざけたり嘘つかねえのは知ってる。だから全部話せ、むしろ話してないことあったら怒るからな」


 沢村は、まっすぐに俺を見つめてくる。その目は俺を全面的に信じていると言っていた。この目に答えるなら、もう本当に全部を離さなければ済まないような気がした。


「分かった。じゃあ順を追って話すから、最後まで聞いてくれ――」


 俺は、彼女にかいつまんで今までの事を話す事にした。まずは二十九日の帰りに沙織と会った事、彼女の組織に協力することになった事、そして、さっきまで敵に捕まっていた沢村を助けるために色々頑張った事、俺の知る限りの情報を、彼女に伝える。


「……っていう訳なんだけど」

「はぁ、お前って、本当に色々巻き込まれるよな」


 話を聞き終えて、沢村は頭を掻く。確かに自分で話していて、信じてもらえるような無いようだとは思わなかった。だけど、俺は彼女にそれっぽい嘘を言うよりも、信じられないような事実を伝えることを選んだ。


「信じられないよな、ごめん。こんなこと言って」


 たとえ事実を話しても、相手が事実だと思わなければそれは事実になり得ない。俺はそれを痛感する。もしかすると、彼女を傷つける結果になるかもしれないと思い、俺は俯いた。


「いや、信じるけど」

「そうだよな――ん?」

「いや、だから信じるって」


 予想外の答えが返ってきて、俺は思考が停止する。いや、どこを信じたんだ? 覚醒者だとか、麻薬のシンジケートとか、信じられない単語沢山あったぞ。


「だってお前、遅刻の言い訳で大真面目に『おばあさんの荷物を運ぶ手伝いをしてました』とか言って、それが嘘でも何でもなくて事実の奴だぞ。そんな奴が言うならそうなんだろ」


 沢村は呆れたように言って、溜息をつく。その仕草が、俺への信頼を示しているようで、俺は嬉しかった。


「ていうか、帰りに巻き込まれたってお前らしいなーって思ったし、嘘を言うならもっとそれらしいことをそれらしく話すだろ。それに――」


 沢村は少しだけ言葉を詰まらせて、俺から視線を逸らした。


「……志藤はアタシに隠し事はあっても、嘘は言わないって信じてるから」

「っ――」


 今度は俺の方が言葉が詰まる。急にそんな事を言われたら、俺も動揺してしまう。


「さて、話を聞くかぎりじゃ、まだ仕事残ってんだろ?」

「あ、ああ、まあ……」

「じゃあ行って来いよ、おばさんには上手く言っとくから、始業式で会おうぜ」


 暗がりでよく見えなかったが、沢村の顔が赤かったのは気のせいだろうか。おれはその言葉を聞いて深く頷いた。


「助かる。あと――ドンキで買ったハワイ土産、忘れんなよ」

「ははっ、オッケーオッケー、どうせ端数出るし、お前の分は二個にしといてやるよ」

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