第14話 リジェネーター
レオとロボ、俺とアイで二班に分かれる事になった。
「私達はこれから港湾地区の検問と、深河繁華街の浄化作戦に向かう。ナナシとアイはこの地域でスコピオを探してくれ」
「フフッ、じゃあね、外の事は僕たちに任せてくれていいよ」
レオとロボは、いつもと変わらない様子で港湾地区を去っていく。残された俺とアイは、二人で行動することにした。手分けしたほうがいいのは確かだが、アイは奇襲に弱く、俺は戦闘に弱い。そう考えた結果、スコピオが何をしてくるか分からない以上は二人で行動するべき。という結論にお互いが落ち着くことになった。
「ナナシ、見当は付く?」
「俺を万能センサーかなんかと勘違いしてるだろ、相手は肩を怪我してるんだ。そう遠くまでは行けないはずだから、地道に探そう」
レオからの情報では、スコピオは自分の背後にいるボスを殺して支配者に成り代わろうとしたが、それを失敗して組織全員から追われているらしい。だから、あの時大勢いた非覚醒者はタイラントで操った男たちで、覚醒者の二人はスコピオ自身の私兵だろう。というのがレオの見方で、俺の見解とも一致していた。
俺達は残っている血痕を頼りに捜査範囲を拡大していき、彼の逃走経路を探っていく。暗くて探しにくいが、地道にやっていくしかないだろう。
「……? どうしたの」
さりげなくアイの様子を窺っていると、彼女はその視線に気づいた。
「いや、意外と冷静なんだなって」
半年前、アイのバディであるブランが死んだのは、スコピオの事務所を襲撃した時の事だ。だとすれば、今の状況は親友の仇が目の前にいるようなもので、とても冷静に行動できるようには思えなかった。
「……私が怒っても、スコピオを殺す事は出来ないから」
アイは簡潔に、そう答えた。
答えは簡潔だが、そこに至るまでの思考は想像するに壮絶な物だっただろう。俺は彼女の表情が読み取りにくい理由の一つを知ったような気がした。
つまり、冷静さを失っては敵討ちは出来ない。もう既に殺す事は決めているから、後は情に流されず、することだけをする。そういう事だ。彼女が抱いた覚悟の片鱗を、俺はただ受け入れる事しかできなかった。
「……ふう」
しばらく沈黙が続いて、コンテナの影や倉庫の中を一つ一つ確認していく途中、ふと腕時計の時間が目に入った。意外なほど時間は進んでおらず、もうすぐ花火大会が始まる時間だった。朝はそれを一緒に眺めて、楽しく一日を終わるんだ。とか思ってたんだよな。
「そういえばさ、俺の能力だけど」
「うん」
スコピオを探しがてら、集中を切らさない範囲でアイに話しかける。どうやら彼女と話して精神を落ち着けるのが、俺のルーティンになってしまったようだった。
「視界に変な像が重なる以外にも、能力があるんだ」
「能力が二つって事?」
覚醒者の能力は、一人につき一つ、それはレオにも教わった事だった。だが、これは明らかに能力と言わざるを得ないだろう。
「いや、多分これは一つの能力が二つの形で表れてると思うんだけど……なんて言ったらいいのかな、俺が何もしなかった場合の未来が見える。みたいな感じで」
最初に見えたのは、アイと協力して「ツインスティング」を襲うと決める直前、二回目は今日、アイの過去を聞く直前、両方とも、彼女に協力するかどうかで、断ろうとした時の出来事だ。
「正直、協力しないとこんなひどいことになるっていう印象しか無くて、鬱陶しいと思ってたんだけど、なんか、違う気がするんだよな」
ただ単に、能力が嫌な光景を見せてくるわけではないような気がする。本当にただ単に嫌な光景を見せるのならば、じゃんけんをした時に沢村が攫われる光景が見えなければおかしい。
「つまり?」
「なんだろうな、俺の目が見てるもの、本当に空間だけなのかなって」
たとえば、鳥は風の動きを見ることができるっていうし、特殊な波形を見ることができる動物もそれなりに居る。だとすれば、空間以外の何かが見えているっていう事も十分あり得るんじゃないか? 俺はそう考えていた。
「だから、えっと、覚醒者って肉体が強化された人が殆どじゃん? 俺は視力っぽいか何か――第六感とかが強化されたのかなって……」
「……」
俺の要領を得ない話に、アイは返事を返さなかった。まあ別にいい。覚醒者の能力は、リジェネーターとか筋力が高いとかが多いけれど、レオ達を見ればわかるように、十人十色だ。自分の能力は、自分にしか分からない。
「もしかしたら――時間が見えているのかも」
「ど、どういう事?」
時間って見えるものじゃないし、風とか風と違って流れが速い襲いがあるわけじゃない。見えると形容するには、違和感があった。
「私達は空間を視覚で認識しているけれど、ナナシはそれに加えて時間も認識しているのかなって思った。だから空間軸と時間軸が視覚に併存してるのかなって」
「つまり、アイが言いたいのは予知?」
「予知、なのかな? うん、未来を観測できるっていうのは、予知と同じだと思う。でも、たしかナナシは予知っていうのと感覚が違うって言ってたでしょ、だから『時間が見えている』って表現にした」
そう言われて、俺はある程度腑に落ちる部分があった。
銃口から伸びる銀色のガイドのような線は、時間によって移動する弾丸の弾道そのもので、兄貴のゲームを手伝っていた時には、数秒先の未来が見えていたという事だと考えると、整合性が取れるような気がする。
だとすれば、俺の脳裏に浮かんだ幻覚も、この先で起きた事をそのまま観測していたと考えれば、納得できる部分があった。
「誰かが死ぬのは見たくないから、それが遠い時間軸で起きたとしても、それが目について、認識してしまう……そんな感じかな?」
「多分……私はナナシの能力を体感してるわけじゃないから、正確には分からないけど」
アイはそう言って、首を振る。覚醒能力の効果自体は、一元的な視点から見た効果でしかなく、実際は何か別の能力であることが多い。というのは、アイのリジェネーターを見ても頷けることだった。
手足の欠損などでもすぐに元通りまで治るというのは、明らかに人間の治癒範囲を越えている。骨折やただの怪我でも、治り方次第では元に戻らないことがあるはずで、リジェネーターの「怪我の直りが早い」だけでは説明できない部分がある。
「ナノマシン散布事件から二十年経ってるけど、研究は遅々として進んでいないの。体感としてのデータも研究する上で貴重な資料だから、もしかしたら後で研究機関に呼び出しされるかもね」
アイが珍しく冗談じみた事を言ったので、俺は少しだけ笑ってスコピオの捜索を再開することにした。
今は港湾地区に残された血痕を頼りにスコピオを追いかけている状況で、その血痕が倉庫の一つへ向かっていくのを、俺達は確認した。その血痕はシャッターの空いた倉庫の中へ続いていて、彼がその中に隠れていることは確実だと思えた。
「止血は出来ていないみたい」
血痕の量が減っていないことを見て、アイが呟く。だとすれば、相手は確実に弱っている筈だった。
倉庫の中に足を踏み入れ、注意深く周囲の状況を伺う。既に組織から切り捨てられ、私兵も使い切った彼が何かをできるとは思えなかったが、警戒しすぎるという事は無いはずだ。
「っ!?」
視界の隅で何かが動いた。と思って視線を向けると、ネズミが一匹だけそこを走り去っていった。暗くて状況が分かり辛いな。
「アイ、明かりをつけよう」
「うん」
アイに確認を取って、入り口付近にある電灯スイッチを鳴らすと、天井にある水銀灯が弱々しく光りはじめる。薄明かりの倉庫の中、俺達は気色の悪いものを見てしまった。
ネズミがいた。
それも、一匹や二匹ではない、灰色のうごめく塊のようになっている。
「なんっ……!?」
「っ……!!」
そのおぞましい外見に、俺とアイは言葉を失う。この港湾地区すべてのネズミが集まったような存在に、俺達は生理的嫌悪感を露わにしていた。
「おう、ガキども……ようやく来たか」
スコピオがネズミ団子の向こうがわから現れた。上衣を脱ぎ去った彼は、肩の傷口を何かで縫い付けて止血していた。
「スコピオ……」
「いや、やってみるもんだよな、ホッチキスでの止血とか、戦争映画とか漫画でしか見たことねえもん」
俺は銃を構えて彼を狙うが、距離がありすぎていて、致命傷を与えることはできそうになかった。だから俺は距離を詰めようと、一歩踏み出そうとするが、それはアイに止められてしまった。
「ククッ……そうだ。女の方は察しがいいじゃねえか、そう、お前が一歩踏み出した瞬間、ネズミはお前らを襲う」
スコピオは葉巻を咥えて火をつけると、一体の人形を摘まみ上げて、ネズミの群れの中へ放り込む。すると、ネズミたちはいっせいに人形に噛みつき、数秒も経てば人形は跡形もなくバラバラになっていた。
「こっちの方もやってみるもんだよな、人間が操れるなら、他の動物でも当然操れるはずじゃねえか」
「っ……」
改めて、俺はスコピオへ銃を向ける。状況はとても悪かった。
俺の能力もアイの能力も、複数相手には向かない能力だ。それが数人とか十数人くらいなら、まだ対応の仕方は考えられたが、相手は数百匹のネズミだ。数匹を捌けたとして、群れの動きを止めることはできない。
「おっと、変な事を考えるんじゃねえぞ、お前らがネズミの餌食になってねえのは、ただ単に俺がお情けで話してやってるからってのを忘れるな」
アイがヤスリを投擲して攻撃しようとしたのか、スコピオは声を上げてそれを制止する。
「それでいい――じゃあ、次はそっちの女の方、スコピオは倒したって伝えてこい」
「――は?」
彼が言い出した要求を思わず聞き返す。
「その間、男は人質だ。お前がそれをしたら、解放してやる」
「……」
恐らく、彼の能力は、ロボのカグツチと相性が悪い。その上彼女の性格上、一般人を盾にしようと躊躇なく殺しに来るはずで、スコピオとしては、ロボにだけは鉢合わせたくないという考えらしかった。
アイも同じことを思い至ったらしく、警戒するように武器を握りなおした。
「お前らの能力は把握してる。お前らじゃこの能力を打開できねえ……だから、これは取引というより命令だ。分かったら早く行ってこい」
俺は考える。この距離では銃は届かないし、あの数のネズミでは、スコピオ本人の場所にたどり着く前に肉片となってしまう。
俺ではどうしようもない。なら……アイならどうだろう? 彼女なら、なんとかネズミの群れを越えられるかもしれない。だが……確実性に欠ける。
「……分かっ――」
アイがスコピオの命令に従おうとした瞬間、俺はスコピオに向けて引き金を引いていた。
「チッ……お前ら!」
銃口から火花が炸裂し、その瞬間ネズミたちが一斉に俺へ殺到する幻覚が見える。それを確認した後で、俺は声を上げる。
「アイ! 頼んだ!」
「っ!!」
彼女は、その一言だけで俺の意図を理解してくれた。
俺に向かって猛然と襲い来るネズミたちを避けて、彼女はスコピオへと突貫する。一方の俺は襲いくる幻影をからなるべく身を離して、なんとか時間を稼ぐために走り出す。
「マジかよ……っ」
想像しなかったわけではないが、襲いくる幻影は、目の前のネズミ以外にも大勢あった。あらゆる方向の物陰から、飢えたネズミの奔流が溢れ出す。ついに足元に噛みつく幻影が見えたとき、俺はスコピオの方を見る。
アイが足をかまれつつも彼へと迫り、首を削り飛ばす幻影が見えた。俺はその姿を見て安心すると、自分の顔と頭を腕で覆った。
すぐに足元で鋭い痛みが走り、続いてその痛みが上へと昇ってきて、遂には立っていられなくなり、地面に倒れる。
そして次の瞬間には全身をネズミに――
「……」
かじりつかれる事は無かった。
ただ、異常な獣臭さと、ひりつくような足元の痛みだけが残っている。恐る恐る顔を上げると、蜘蛛の子を散らすように逃げていくネズミと、その先で血にまみれたヤスリを持ったアイが立っていた。
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