10.いろいろ、屋敷案内その1
俺の体感で十分くらい休んだあと、ミノウさんの案内で屋敷の中を回ることになった。アリカさんは他に用事があるそうで、「ミノウとごゆっくりどうぞ」と笑って送り出してくれた。
他に用事っつっても、俺専属なんだからほぼ俺関係の用事なんだよな。メイドさんたちには苦労かけるなあ。
「気にすることはありません、セイレン様」
名前を呼ばれて、はっと立ち止まる。視線を向けると、俺を先導してくれてるミノウさんが少し先に立ってこっちを振り返っていた。
「え? あれ、口に出てた?」
「いえ。ですが、セイレン様のお顔を見れば分かります」
「そ、そっか」
軽く口を尖らせながら、ミノウさんは困ったもんだというふうに答えてくれる。
あれ、俺そんなに分かりやすい顔してるのかな。それとも、ミノウさんが顔色を読むのが上手いのか。
さすがに超能力者、なんて線はないだろ。
「アリカがセイレン様のご用事を片付けるのは、セイレン様専属メイドとして当然の仕事です。ですから、セイレン様がお気になさる必要は全くございません」
ミノウさんがそう、アリカさんのことを説明してくれるのも当然の仕事、なのかな。
だけど少なくとも、俺が余計な気を回す必要はないんだって言ってくれてることは分かった。
「……うん、ありがと」
「礼には及びません」
そんな風に話しながら階段を降りて、玄関に辿り着いた。すれ違うメイドさんたちが、俺に頭を下げてくる。箒や雑巾持ってるから、これからお掃除なんだな。ご苦労様。
それはともかく。こういう案内って、まずは一階からが基本だよな。普通は外から入ってきてはい、ここが玄関ですよーっていうことだから当たり前だけどさ。
にしてもこのホール、やっぱり広いよなあ。さっき見た時は足元に気を取られててあんまりちゃんと見てないんで、しっかり見てみよう。
とりあえず床は大きな石のタイル。何となく綺麗だと思ったから、掃除は済んでるのかな。
中央部分に唐草模様ってのか、植物メインの模様が織り込まれたでっかいじゅうたんが敷いてあって、玄関扉の前に小さなじゅうたん。あっちはあれか、靴の裏拭くためかな。それにしてはやっぱりお高く見えるんだけどさ。
くるっと見回すと、俺の降りてきた階段とホールを挟んで向かい側に同じような階段がもう一つ。玄関扉の向かい、だから階段を降りてきた俺の右手側には両開きの扉がもう一つあって、その上には二階をつなぐ廊下がある。
上は後にして、一階。階段に隠れるように地味な扉がある。その手前に観葉植物のでっかい鉢があるから、理由があって隠してるらしい。
鉢で隠れないエリアは壁で、いろいろな絵が飾ってある。肖像画が多いけど、ご先祖様とかだろうか。いわゆる王様の絵とかだったら、もっと別のところに飾ってそうだし。
階段と右手側の扉の間は廊下になってる。ここを奥に入っていくと、朝ご飯を食べた食堂につながるわけだ。向こう側も廊下があるから、また別の部屋があるんだろうな。
ミノウさんに目を向けると、彼女はこほんとひとつ咳をしてから説明してくれた。
「この玄関ホールは、シーヤ家屋敷のほぼ中央にございます。あちらの扉が外につながる玄関です。向こうの廊下は物置、こちらにある奥の扉は広間につながっております」
「広間?」
「客人をお招きした時などに、パーティを催す広間です。お招きする人数が多い場合は扉を開放しまして、こちらのホールまで使用する場合もございます」
「なるほど」
あっちの廊下からは物置に行けて、玄関扉の向かいにある扉が広間につながってると。広間、っていうくらいだから、この玄関ホールよりも広かったりするんだろうか。いや、多分比較対象がおかしいな。
そんなことを思いつつ、玄関ホールをくるり。そんな広間で足りない場合にこっちまでつなげて使うって、どんなだよ。
「実際にこっちまで使ったこと、あるのかな。その、パーティとかでさ」
「私が働くようになってからはございません。先々代のご当主の頃にはそういった記録もあるようですが」
「先々代。俺の曾祖父ちゃんとかそのくらいか」
「はい」
最低三代は続いてるのか、この家。いや、多分もっと前からだな。
それで、やっと生まれたひとり娘が消えて、跡継ぎが必要になったからサリュウを養子として迎えて。
それでも娘を探し続けて、十八になった娘を取り戻した。
何というか、すごく親馬鹿な親だけど、本当は強いって言えばいいのかな。
やるべきことはちゃんとやって、その上でやりたいことをやってさ。
そうでなきゃ、長く続く家の当主なんかやってられないってことか。
不意にばたん、とこもったような音がした。それで考えにふけってた意識が、現実に戻ってくる。
音がしたのは……多分、階段の下に隠されてるドアからだ。誰か出入りしたんだろうか。
誰が?
分からない時は、聞いてみるしかない。
「なあ、ミノウさん」
「はい」
「階段の下にあるドア、あれ何で隠してるんだ?」
「……」
あ、あれ?
何か一瞬、ミノウさんがむっと怒ったように見えたけど。
俺、何か地雷踏んだ?
「あれは、使用人の部屋につながっております。セイレン様がご覧になるようなところではありません」
怒ったように見えたのは一瞬だけで、いつもの無表情に戻ったミノウさんはそう、きっぱりと言い放った。
そうか、するとさっきあの扉を通ったのは使用人の誰か、だったのか。
だけど、俺が見るようなところじゃないって。
「え、でも」
「セイレン様がお育ちになったところではどうだったのか、私は知りません。ですがここでは、セイレン様はじめシーヤ家の方々と我々使用人の間には身分の違いが存在します。どうぞ、それを納得してくださいませ」
「……」
ミノウさんは、まっすぐにそう言う。俺に反論を許さない、強い目で。
納得、しなければならないんだろうか。
この世界はそういう身分の違いが存在している世界だから。
この世界ではそれが当然で、ミノウさんがそれを俺に教えてくれたんだってことは分かるけど、でも。
……ああもう、ごちゃごちゃしてよく分からないや。
すっと緊張が解ける。多分、ミノウさんがほんの少し表情を和らげてくれたから。
そうして彼女はちょっとだけ首を傾げて、俺に問うてきた。
「……ご案内を続けさせていただいてもよろしいですか?」
「あ、うん。お願いします。……ごめんなさい」
謝った声、多分ミノウさんには届かなかったと思う。
でもほんと、余計なこと考えさせて、ごめん。
広間につながる扉を、ミノウさんがゆっくりと開く。そこは玄関ホールよりも奥行きがあって、やっぱり広かった。広間、だけなことはある。
床は玄関ホールよりも明るい色の、でも同じ模様の石タイル。
天井には豪奢な、真上に落ちてきたらお陀仏間違いなしなレベルのシャンデリア。
淡い色の大理石でできた壁には、やっぱり様々な絵が掛けられている。
奥には深みのある赤色の、厚手のカーテン。何となくだけどあのカーテンの奥って、舞台というか低めのステージみたいな気がする。
部屋の隅には両開きの、だけど地味めな扉がある。何かの作業用かなあ。横に衝立があるから、人がいる時はさっき見た観葉植物みたいに壁を作るのかな。
で、その中でメイドさんたちが数人、大きなモップで床を磨いていた。他に柱を拭いてたり、額縁に雑巾掛けてたりする人もいる。
そのメイドさんたちは俺に気づくと慌てて姿勢を正し、深く頭を下げるた。これって、俺が何か言わないとこのままかな。
「あ、すみません。見るだけなので、お掃除続けてください」
「はい、失礼します」
なのでそう言ってみたら、メイドさんたちはもう一度頭を下げてから作業を再開した。さっきミノウさんが言ってた身分がどうとかって、こういうところにも影響するのかなあ。
「こちらが広間でございます。普段は使用されておりませんが、ご覧のとおり掃除だけは欠かしておりません」
「お手入れとかちゃんとしないと、使う時大変だもんな。こんな大きな部屋だしさ」
「はい」
パーティ用の部屋ってことか。それだけの大空間をそのためだけに確保できるっての、すごいよなあ。
これだけの広間があったら、施設の皆に個室もらえただろうになあ。
昨日までいたのに遠く思える、あっちの世界をほんの少し思い出した。
広間を出ると、ミノウさんは食堂のある方に手を差し伸べた。今朝入ったから、行くまでもないと考えたんだろう。もしかしてあっちも今、お掃除中かな。
「あちらの奥は今朝お食事をされた食堂でございます。ご家族のお食事用に作られております」
「家族用? っても広くない? 昔はもっといたのかな」
家族用って、今家族は使用人さんを除くと父さん、母さん、俺とサリュウの四人だ。絶対広すぎる。
俺たちや父さんの代はともかく、その前はもっと家族がいてその皆で食事してたんなら、まあ納得だけどさ。
「昔については分かりかねます。ですが、旦那様や奥様のご友人やご親戚の方が来られた時は、お食事をご一緒されることもございますね」
「あー、その分広めに取ってあるのか。そりゃそうだよな」
なるほど。少しのお客さんなら、一緒に食べてもらえればいいよな。あんな大広間、使わなくていいわけだし。
施設だとあんまり人数変わることなかったからなあ。いつも同じ部屋で、同じテーブルで、両手を合わせていただきますって言ったっけ。カレーとかだとおかわり争奪戦になることもあったっけなあ。
こっちではいただきますじゃないけれど、食前に軽くお祈りをする。天と大地の恵みに感謝、だそうだ。……あんまり変わらないかな。
そんなことを考えていると、ミノウさんが俺に向き直った。あ、何かさっきと同じ顔。
「食堂の奥は厨房になっております。そちらも使用人の領域ですので、お入りいただくのはご遠慮願います」
「……うん。なんかあっても大変だよね。ごめん」
ここは素直に折れる。俺はミノウさんと喧嘩したくて、屋敷を見ているわけじゃないもんな。
でも、行かなくてもいいけど何があるかくらいは知ってもいいよな。
「で、厨房の近くには何かあるの?」
「あ、はい。その更に奥が食料庫でございます」
質問にはミノウさん、素直に答えてくれた。ああ、教えてくれるのはいいんだ。
食堂の奥が厨房で、その奥に食料庫。うん、当然の配置だよな。多分この世界って冷蔵庫なさそうだから、食材はこまめに買ってるんだろうな。それか漬物とか、干したりとかしてさ。
ん? あれ、奥の奥ってもしかして。
「こっちから見ると奥だけど、実は外とつながってたりする?」
「はい。よくお分かりですね」
お、正解した。何だろう、ミノウさんも嬉しそうだ。
「その方が、食材の搬入がしやすいですから」
「俺たちだけならともかく、使用人さんたちの食べる分もあるもんな。毎日大変なんだろうなあ」
「慣れておりますから」
そんなふうにそっけない答えだったけど、ミノウさんは満足気に頷いた。もしかしてミノウさん、力自慢だったりするのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます