9. ゆったり、朝食休憩
パンとスープ、サラダに魚のソテー。
朝食はあんまり厳しいマナーにぶつかったりもせず、どうにか無事に終了した。ま、朝からフルコースとかさすがにないだろうけどさ。
たまに、サリュウがちらちらこっち気にしてるのが分かる。俺と視線が合うとあからさまにそらすからなあ、バレバレだっての。
変な女だと思われたかな……そりゃ変だろうな、中身男だから。さすがに兄弟なんていなかったせいで、俺もどう対処していいか分からん。ごめんな。
俺とサリュウの奇妙な空気はともかく。食後のお茶は、昨日とは香りの違うものだった。俺、紅茶の種類ってさっぱり分からないんだけど、そんな俺でも違うって分かる以上よっぽど別のものなんだなあ。
「あら、セイレン。どうしたの?」
「あ、いえ。昨日飲んだお茶と香り違うなって思って。どっちも好きですけど」
お茶ガン見してたら、母さんが気にしたのか尋ねてきたので無難に返しておく。うん、こういうお茶の香りって俺、割と好きだよ。いっぺんだけ飲んだことのあるチャイとか、癖の強いやつでも平気だったしな。
施設で贅沢言えなかったこともあるけど、そんなに好き嫌いはない。食べられるだけありがたいとかいうレベルではないけどさ、やっぱりな。院長先生、大変だっただろうし。
俺の思いが母さんに届くわけはないんだけど、少なくとも娘がお茶を気に入ってくれたのが嬉しかったらしく顔がほころぶ。にこにこ笑いながら、隣で仏頂面してカップを口に運んでいる父さんに向き直った。
「まあ、それは良かったわ。そうね、いろんなお茶を飲んでもらって好みを確かめないとね、あなた」
「そうだな。……正直わしはよく分からんのだが」
「ま、今朝の料理に合うようにと料理長が選んでくれたのに。でしたら、白湯でもお飲みになってください」
「……むう」
む、と軽くふくれつつきっぱり言ってのけた母さんに、父さんは決まり悪そうな顔で口ごもってしまった。そのままお茶を飲みながら、小さく「すまん」と言ったのはちゃんと聞こえてるよ。
それにしても、さりげに母さん強いな。父さんもさ、分からないなら分からないなりに言いようあるだろ。
この領主、絶対に苦労してるぞ。院長先生が腹芸得意だったけどさ、父さんはそういうの苦手みたいだし。
……食後に白湯、かあ。施設にいた時はご飯食べた後の茶碗にお湯注いでさ、そのままくっついたご飯粒と一緒にくーっと飲み干したりしたもんだ。たまに熱すぎて悶絶したり、いやそれは焦って飲んだ俺が悪かったんだけど。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
食事中どこかに消えてたミノウさんが姿を見せて、そろそろ解散かなというタイミングを見計らって席を立つ。控えていた、エプロンのサイズが大きめだから多分キッチンの方の担当だろうメイドさんが「ありがとうございます」って深々と頭を下げてくれた。
ほんとこの家、使用人さんどんだけいるんだろう。さっき母さんは料理長とか言ってたし、すると『長』じゃない料理担当も……ま、いるか。
「……あの、セイレン姉さま」
「ん?」
そのまま食堂を出かけた俺の後を追っかけて、サリュウがやってきた。俺と同じく、おつきらしいメイドさんが後ろにくっついてる。ボーイッシュな子で、今日お休みのオリザさんと近い感じの子だ。
「何かな? サリュウ」
「……その、先ほどはちょっと言い過ぎました。ごめんなさい」
「先ほど?」
「シーヤの家にはそぐわない、と言ったことです」
ありゃ。なんか悔しそうな顔して、頭下げた。ふと気がついて後ろのおつきメイドさんを見ると、小さく溜息をついて同じように頭を下げる。
ああ、サリュウ、メイドさんに何か言われたな。俺よりも彼女たちとはお付き合い長いだろうし、言いにくいことでもちゃんと言ってくれるメイドさんなんだろう。オリザさんも結構、ズバズバ言うタイプだし。
それに、こいつの言ったことは嘘じゃないからな。
「気にしてないよ。少なくとも今のところ、この家に見合ってない自覚はあるからさ」
「は、はい」
だからそう答えたら、弟はほっと胸をなでおろした。ふー、という息の音がこっちにまで聞こえてくる辺り、緊張してたんだろうな。
あ、せっかくだから今後もお願いしようかな。多分俺、『良い家の娘』になるの、時間かかるから。
「サリュウ」
「あ、はい。何でしょう、姉さま」
「俺、こういった家には慣れてない。だから、これからも何かおかしいことあるかもしれないし、気がついたら注意してくれると助かる」
「あ、……いいんですか?」
まあ、怪訝な顔をするのは分かる。だけど俺は、そうしてほしいから。
だってさ、きょうだいなんだもんな。おかしなことあったら、注意したっていいだろうさ。
「いいも何も、こっちがお願いしてるんだよ。無理のない範囲で頼むな?」
「は、はいっ」
だから俺が軽くダメ押ししたら、サリュウはピンと背を伸ばして答えた。あー、命令でも指図でもなくてお願いなんだけどなあ。この辺は考え方違うだろうから、しょうがないか。
「では、失礼しますっ」
「うん。またな」
どういうわけか、嬉しそうに出て行くサリュウを見送ってしまってから、ふと思った。
少なくともサリュウにとっては俺は姉でつまり『年上の女』だから、言いにくそうなことあるかもしれないなって。ほら、女の子って結構気が強いところあるじゃん。俺の周辺がそうだっただけかな。
ま、そこら辺は俺のとこのメイドさんとかユズルハさんとか、他の人が指摘してくれるか。
部屋に戻って、ソファで一服。あー、無意識のうちに緊張してたみたいだ。
アリカさんは一足先に部屋に帰ってて、「お帰りなさいませ」って笑ってくれた。はー、何かほっとする。
ほっとしてからふと、食事中に消えた二人がどこに行ってたのか気になった。
「そういえばさっき、いなかったね。どこ行ってたんだ?」
「はい。セイレン様のお部屋掃除とベッドシーツを外しました後、我々も別室で朝食を取っておりました」
「私は朝食後こちらに戻りまして、セイレン様にゆっくりお休みいただけるようベッド回りを整えておりました」
「そっか、ごめん。俺たちの食事中も仕事あるんだね」
……あの時間で部屋掃除してベッドメイキングしてご飯かよ。メイドさん、めちゃくちゃ忙しくねえか?。
時間って、そういえば時計あるのかな。くるりと部屋の中見回したら、家具に紛れるようにして縦型の壁掛け時計がどんと鎮座していた。音しないけど、振り子時計だ。文字盤は文字こそ分からないけど、普通に俺の知ってるアナログ時計と変わりなさそうだな。
今は……俺の読み方でいうと九時過ぎたとこか。ご飯に行く前に時計見てないから分からないけど、朝起きて外見た感じだと多分、一時間以上食堂にいたんじゃないのかな。……そりゃまあ、掃除できる、か。
あれ、朝はいいとして。お昼もタイミングあるだろうし。じゃあ。
「……じゃ、昨夜は? もしかして俺が寝た後で食べた?」
「慣れておりますので、ご心配なく」
「うわー」
平然と答えるミノウさんに、ものすごく済まない気持ちになった。
慣れてるってことは、それが当然のスケジュールだってことだ。つまり俺が寝ないと……少なくともメイドさんの手間取る用事済ませないと、ご飯食べられないってことか。
何も知らないでわがままやってると、働いてる使用人さんたちを振り回すことになっちまうんだな。施設にいた時は皆で掃除とか布団干しとかやってたからともかく。
「あー、ちゃんとご飯、皆と食べるようにするな。そんなところまで迷惑かけてる場合じゃないや」
「恐れいります」
「あんまりお気になさらないでくださいね、セイレン様」
アリカさんはそう言って笑ってくれるからいいけど、ミノウさんは言いたいことがあっても口にしなさそうだからなあ。気をつけるぞ、うん。
と、一区切りついたところで。さて、俺これから何しよう。
いいとこのお嬢さんって、一日の予定とかあるのかね。学校なんかも行かないだろうしなあ。
分からないことは聞いてみるのが一番、と俺はアリカさんを振り返った。うん、ミノウさんも悪い人じゃないんだけど、アリカさんの方が聞きやすくて。
「えっと、アリカさん。今日俺、何かやらなきゃいけない用事あるのかな」
「いえ、特には。奥様からはしばらくゆっくりするように、とお言葉を頂いておりますので」
「……そっか」
ゆっくり、と言われてもなあ。何しろ俺にとっては、屋敷の中も外もほとんど知らない世界なんだよ。
知らない。
あ。
「そうだ。アリカさん、今朝庭案内するって言ってくれてたじゃん。どうせだからさ、屋敷の中も案内してもらえないかな。どこに何があるかぐらいは知っときたいし」
知らないなら、知ればいいんだ。
幸いアリカさんも自分の発言を覚えてくれていて、だからかふわっと笑って頷いてくれた。
「そうですね。セイレン様にとっては初めてのお屋敷ですし」
「他の使用人と顔合わせもできますね。お供いたします」
ミノウさんも小さく頷いて答えてくれる。よし、屋敷探検だ。いや、そう思ってるのは多分自分だけだけど。
その時不意に、お守り袋のことを思い出した。いろいろばたばたしてたから、意識のどこかにおいていたはずなのに吹き飛んでたよ。あれ、どうしたっけ。
「……なー、アリカさん、ミノウさん。お守り袋知らない?」
「お守り袋ですか?」
「えーと、このくらいのちっちゃい袋。手作りでボロっちいやつなんだけど、どこにやったか知らないかな」
二人の前で、指で空中に四角を書いてサイズを示す。自分で作った袋だから、ボロっちいって言ってもいいよな。
こっちに引っ張り込まれてすぐ、母さんたちに中身見せるために出したのは覚えてる。あの後どうしたかな、ポケットに戻したんなら……服の中か。あ、あの服どうしたんだろう?
「あ、でしたらこちらに」
なにか気がついたのか、アリカさんが寝室の方に急いで入っていった。
程なく帰ってきたその手の中に、見慣れた手作りの小さなみすぼらしいお守りがある。両手のひらにそれを乗せて差し出しながらアリカさんが、どこにあったのか教えてくれた。
「昨日着てらした服を洗濯に出そうと思いまして確認しましたら、ポケットに入っておりました。それで、念のため取っておいたんです」
「ありがとう! よかったあ」
アリカさんから渡されたお守りを、ほっとして握りしめる。っと、袋だけあって中身がないなんてパターンだと困るな。何しろ、赤ん坊の指にはまるくらいの小さな小さな指輪なんだから。袋の上からだと分かりにくいんだよ。
慌てて袋の口を開けて、手のひらの上にひっくり返す。ぽとんと落ちてきたのは、青い石のついた可愛い指輪。あー、一安心。
「うん、中身もある。あー、ほんとよかったあ……」
「あら、可愛らしいリングですね」
「生まれた時に、両親が俺にプレゼントしてくれた指輪なんだって」
覗き込んできたアリカさんに、由来を語る。「まあ」と目を見開いた彼女と、軽く首を傾げたミノウさんを見上げながら言葉を続けた。
「俺、これつけたままいなくなったんだよ。で、拾われた先でもつけてて。俺を育ててくれた人がこれを大事に持っておけって言ってくれたから、この袋自分で作ってさ。ずっと持ってたんだ」
「そうだったのですか。お気をつけて、大事にお持ちください」
そう言ってくれたミノウさんが、ほんの少しだけ口元をほころばせる。うん、大事にしなくちゃな。
父さんと母さんと、院長先生が俺を大事に思ってくれたっていう証、だもんな。
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