8. どうやら、家族一同

 ミノウさんが持ってきてくれた蒸しタオルならぬ蒸し手ぬぐいで顔を拭いた後、実の両親とはいえ人前に出るということでアリカさんが髪を整えてくれた。男だった時より長くなってるのを簡単に流して髪留めで止めてくれただけだけど、「可愛らしいですよ」と微笑まれたのでちょっとだけ嬉しい。


「どうなさいました? セイレン様」


「……あーいや、何でもない」


 ……可愛いと言われて喜んでるのに気がついて頭を抱えただけだから、アリカさんは気にしないで欲しいとは言えなかった。あと、化粧は勘弁してもらおう。うん。

 しかし、中身はまだ男なのに可愛い言われて嬉しくなってる辺り、あっさり順応しすぎだ俺。男として育ってはいても、大元が女だってのが原因なのかねえ。

 ま、男だった時も女顔だったし、自分で裁縫したりして草食系とは言われたことあるけどさ。


「食堂はどこら辺?」


「一階でございます。先ほどのサリュウ様もおそらく、ご一緒になるかと思いますが」


「おう、弟とか。俺、受け入れられるかね」


「……仕える側としては、仲良くしていただけると助かります」


「だよなー。姉弟ゲンカなんかして家の中ギスギスしたら、働く方も気分良くないもんな。気をつけるよ」


 ついてきてくれる二人と会話しながら、階段を降りる。ドレスの裾が割と長めなので、つまんで持ち上げながらゆっくりと。

 あー、この仕草ってちゃんと意味あるんだ。足元見えないと怖いし、布が脚にまとわりつくの結構うっとうしいもんなあ。この上……今履いてる靴はわりとぺたんこだからいいけど、ハイヒールでほいほい歩き回る女性ってすごすぎないか。

 たとえぺたんこ靴でもうっかり段を踏み外すと怖いので、転ばないように手すりに掴まってたりする。この手すり、がっしりした木で作ってあるんだけど、さすがに使い込まれてて黒っぽくて艶が出てるな。屋敷が古いのか、シーヤの家自体が古いのか。どっちも、かねえ。

 降り立ったところは、推定玄関ホール。だって正面に、どーんと大きな両開きの扉があるし。俺がもらった部屋も大概広かったけど、ここも玄関と言うには広いよなあ。階段どけたら学校の教室が二つ三つ入るんじゃないか、これ。

 そのホールから廊下でちょっと奥に入ったところが食堂、とのこと。その扉の前では、ユズルハさんが俺を出迎えてくれた。めっちゃ嬉しそうな顔してるな。昨夜俺が一人飯したの、何か言われただろうか……あ、いや多分、あの両親凹んだんだろうな。何かそんな感じがする。

 じゃあ、今朝は喜んでくれるかな。俺が、顔出すだけだけど。


「セイレン様、おはようございます」


「あ、ユズルハさん、おはようございます」


「さあ、どうぞ中へ。皆様がお待ちかねでございますよ」


 少なくとも、ユズルハさんは喜んでくれてるからよしとしよう。

 ユズルハさんが開けてくれた扉の向こうから、いい匂いがふわりと漂ってくる。朝から割とボリュームのある食事かな、これは。

 アリカさんの先導で入ると、そこは意外とこじんまりした、と言っても俺のもらった部屋よりちょっと広い空間だった。金持ちの屋敷の食堂だともっとどーん、とでっかいテーブルが冗談のように広い部屋のど真ん中を占領してたりするもんだと思ってたんだが。

 それでも、食器なんかを飾り付けてある棚に取り囲まれるように、部屋に合うくらいの大きめのテーブルが真ん中に据えてあった。入り口から見て縦長になってて、その一番奥には昨日初めて会った父さんが座っている。その隣、角挟んで入口から遠い方に母さん。そして、母さんの隣には、さっき見た少年……サリュウが座っていた。

 正式には俺は、まだサリュウには紹介されてない。ので一応、二人の親に挨拶をする。ちゃんと頭を下げて、多分生まれてはじめて言う言葉。


「おはようございます。……父さん、母さん」


 言ってみるとそれは、意外にしっくりとハマったように思える。ところで結局、呼び方これにしたけどよかったのかな。さま、の方が良かったかな、と考えかけた途端。


「おお、おはようセイレン。昨夜はよく眠れたかい?」


「はい」


 ものすごく弾んだ声で、挨拶が帰ってきた。

 あのー父さん、何だか顔がちょっぴりにやけてるような気がするんだけど。一瞬顔を引きつらせると、俺の後ろにいたミノウさんがこっそり「旦那様は嬉しいのですよ」と囁いてきた。あ、やっぱりか。

 んで、嬉しいのは父さんだけじゃなく、母さんもだったらしい。こちらはもっと分かりやすく、椅子から立ち上がっている。なんて言うかこう、キラキラした感じだ。何がって言われても困るけど。


「おはよう、セイレン。その服も髪留めもよく似合っていますね、選んだ甲斐があったわ」


「あ、ありがとう、ございます」


 これ選んだの、母さんだったんだ。まあ、父さんってことはないと思ったけど。いや、メイドさんたちが選んだのかなとも思ったんだけどさ、聞くのもあれだし。

 ……あれだ、母さんって娘着飾らせるの夢だったんだ、きっと。サリュウは男だから、そうもいかなくて。

 こりゃ先が思いやられるぞ。まだ今は割とシンプル目だからいいけど、レースどっさりとかフリルとかが来るんだきっと。が、頑張れ自分。

 やっぱり引きつった顔を何とか修正したところで、母さんの方もどうにか正気に戻ったらしい。ぱんと両手を叩いて、自分の隣にいるサリュウに目を向けた。

 弟くんは……あーなんか微妙な顔してるなあ、やっぱり。そりゃ、話聞いてるかどうかはともかく、いきなり湧いた姉だもんなあ。


「ああ、そうだわセイレン。ちゃんと紹介しておかなくちゃね。サリュウ」


「はい、母さま」


 名を呼ばれて立ち上がった弟は、こうやって見ると俺より少し背が高いようだった。まっすぐに見た顔は年の割にちょっと幼く、だけどきりっとして見えた。あ、こりゃ精神的に背伸びしてるかもな。本人としては領主の家の跡取り、という自覚もあるだろうし。

 さっき見たシャツとパンツの上にパンツと同系色のベスト、あとループタイっていうのかな、丸いブローチみたいなのに太めの紐通したやつ。

 身体はまあ、聞いたところによれば十四歳ってことだそうだし、まだまだ華奢な感じ。けどこれから、しっかりした身体つきに育っていくんだろう。

 母さんと一緒に、目の前までサリュウが歩いてくる。すいとアリカさんが横に避けたので俺は、初めて会う弟と真正面から向き合う形になった。


「あなたの弟のサリュウですよ。サリュウ、あなたの姉のセイレンです。挨拶をなさい」


「……初めまして、セイレン姉さま。サリュウと申します、以後お見知り置きを」


「あ、うん。初めまして、セイレンです。……あー、今後よろしくな」


 猫かぶってもしょうがないので、この際素で話してみよう。最初が肝心だ、とはどこで聞いた言葉だっけな。

 サリュウは俺の言葉遣いにびっくりしたのか、目を丸くしている。


「……ね、ねえさま?」


「驚かした? 俺、もともとこういう言葉遣いだから」


 苦笑しながら、彼の疑問符に答える。と、サリュウはあからさまに顔をしかめた。生真面目系か、こいつ。


「シーヤの家にはそぐわないですね」


「しょうがないだろ。俺がここの娘だって知ったの、昨日なんだから」


「……」


 腰に手を当てて言ってのけると、本気で眉ひそめてえー、という顔をした弟ににらまれた。

 この家にそぐわない娘だっていうのなら、それはしょうがないことだ。

 そりゃまあ、小さい頃からこの家で育っていればそれなりの言葉遣いになったかもしれないけどさ。

 俺はここじゃないところで、男として育ったんだからなあ。


「ま、そういうわけだからあんまり気にしないでくれよな」


「まあまあセイレン、その言葉遣いは何とかならないのかしら」


「今すぐはちょっと。母さんは事情はご存知ですよね」


 多分事情を知らない弟はともかく、母さんには肩をすくめて答えてみせる。両親は、俺が男だったことを知ってるはずだし。俺も気をつけないといけないんだろうけど、でもそう簡単に変えられるもんじゃないし。

 それを思い出したのか、母さんは慌てたように話題を切り替えた。父さんは無言で凍りついたようにじーっとこっちを見ている。大丈夫か、推定地方領主。


「そ、それもそうね。さあ、朝ごはんにしましょう。家族皆が揃って、初めての食事なんだから」


「はい」


「……はい」


 母さんに促されて、俺は母さんと向かいの席に座る。サリュウは不満げに俺を見つめたまま、さっきいた席に戻った。弟の着席を合図に、シーヤ家四人の朝食は始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る