11.いろいろ、屋敷案内その2

 ミノウさんについて、二階に上がる。いやほんと、手すりって重要だよな。足元おぼつかないお年寄りとか、絶対必要だろ。

 玄関から入って右側の階段を上がり、正面の廊下を少し奥に行くと俺の部屋。廊下を挟んだ向かい側が風呂、ただし出入口はグルっと回って向こうになる。湿気がこっちに来ないように、らしい。

 風呂はそんなに場所取らないんで、俺の部屋との間にはリネン室があるそうだ。扉が目立たなすぎて、気が付かなかったよ。

 ここには換えのシーツとか季節の違うカーテンとかいろいろ、主に俺や家族の分をしまってあるらしい。てか季節あるのか、何かほっとした。

 んで、風呂の入口前を奥に行った突き当たり、気が付かなかったんだけど実は渡り廊下を渡るとトイレ。玄関から見ると中央奥、かな。奥の方にあるのは臭い対策だそうだ。いや、十分平気だったけどな。

 で、俺の部屋回りは二階の右側。左側にも多分似たような間取り、いや鏡写しみたいな感じであるんだよな。ま、何となく想像はつくけど聞いてみるか。


「あっちの奥は?」


「あちらはサリュウ様のお部屋になります。内装や間取りは、セイレン様のお部屋とほぼ変わりません」


「へえ」


 やっぱり。

 じゃあ、俺の方だと風呂とトイレになるエリアは何だろう。


「そちらの方も昔は子供部屋だったそうですが、現在は客間に改装しまして客人がお泊りになる時に使われております。ご宿泊には基本的に離れを使用しますが、こちらでお泊りになる方もいらっしゃいます」


「あー」


 そうか、元子供部屋で客間か。

 言われてみればそうだよなあ。昔は子供が二人だけってこともなかっただろうし、当然もうひとつふたつあってもおかしくない。

 それに、今なら客を迎えることもあるんだから、そのお客さんを泊める部屋もあってしかるべきなわけだ。

 じゃあ、リネン室にはそのお客さん用の寝具も入ってるのか。納得。扉開けたらいっぱい詰まってるのかな。いや、施設の押し入れじゃあるまいし。面倒くさくて適当に布団押し込んだら、後で雪崩起こして怒られたっけ。


 そんなことを考えつつ、サリュウの部屋だと言われた辺りの壁に目を向ける。壁の向こうは俺の部屋とそう変わりない、弟の部屋。俺んとこ以上にシンプルだったり、兜や鎧飾ったりしてるんだろうか。

 朝ご飯の後、多分あいつも部屋に戻ってるんだろうな。そういやあいつ、普段は何してるんだろう。それに。


「昨夜はサリュウとは会わなかったなあ。やっぱり、跡継ぎだと忙しいの?」


「基本的に午前中は家庭教師の先生について勉強、午後からは剣の訓練に当てておられるようです。夜は早めにお休みになって、その分早朝から自主訓練をなさっておられるとか」


「それで朝、あんなとこにいたわけか」


 窓の下に初めて見た、弟の姿。あれは自主的な訓練の途中だか終わったところで、人に見られたから慌てて退散とかそういうことか。あの年頃はなあ、そういうことあるからな。

 義理の弟はどうやら、剣を振るのが好きみたいだな。本当なら好きな道に進ませてやりたいってのが姉心というか兄心というか……なんだけどさ、こういう世界だと無理だよなあ。

 というか、剣と魔法の世界か。あんまり実感湧かないのが何だけど、遠くまで来ちゃったんだなあ。うんまあ、目の前で派手な炎の魔法とかそういう奴見てないからかもしれないな。俺の中で魔法っていったら、ゲームやアニメで見るそういった派手目なやつだし。

 んで、剣と魔法の世界でも勉強は必要。で、今は午前中だから。


「ってことはサリュウ、今勉強中なのか。家庭教師の先生って、ここに通ってるの?」


「いえ。カサイ先生とおっしゃいますが、この屋敷の離れに住み込んでおられます」


「ぶっ」


 ミノウさんの返事に思わず吹いた俺は悪くないよな。

 メイドさんたちが住み込みなのは分かるけど、家庭教師までかよ。


「……住み込みなの?」


「はい。この屋敷は街から少々離れておりますので、その時間だけでも負担になるかと」


「そういえば、窓から見たとき、民家遠かったな。毎日通いじゃ大変か」


 ミノウさんに言われて気がついた。そうか、通勤時間の問題か。

 電車で一時間だか二時間だかかけて、会社に通うのとはやっぱ違うよな。どう見ても舗装してない道だしさ、自動車とかなさそうだからあれだ、馬車とか。がたごと揺れて大変だよな、うん。

 朝見た、窓の外の光景を思い出す。森の中の空間に、寄り添うようにして立っている十数軒の民家たち。眺めとしてはとても良かったけどさ、あそこから毎日通勤はなあ。

 それなら家に住んでもらったほうが楽だろうし、勉強きちんと見てもらえるか。施設で院長先生とか、年上のやつとかに宿題見てもらった時のこと思い出すな。


「そっか、さっき離れあるって言ってたっけ」


「はい。その中の一つで、以前のご当主が建てられた小さなコテージが屋敷のすぐ側にございます。カサイ先生はそちらにお祖父様と2人で暮らしておられます。お食事などはご自身で作られることも多いですね」


「へえ、お祖父さんとか」


 お祖父さんと一緒に小さなコテージで暮らして、料理作って。で、お仕事はこっちの屋敷に来て、御曹司の勉強を見てやること。

 いや、教師って大変な仕事だろうってのは分かるよ。人に教えるからには自分もしっかり内容理解してないといけないしさ。それに、生徒の性格把握しないともー、相手するのがめんどくさいってかね。施設では俺も教えてもらったけど、小さい連中には教えることもあったからさ、知ってるよ。

 にしても、コテージかあ。見てみたいな。


「午後から、外見に行ってもいいかな」


「アリカの用事も終わると思いますので、大丈夫かと。ユズルハさんに伺ってみましょうか」


「うん、お願いします」


 この家に来てから一度も外に出ていない俺のお願いを、ミノウさんは快く受け取ってくれた。

 ほっとして、ぽんと壁に手をやる。それから、気がついた。


「あれ。この壁の向こうって、確か……」


 二階中央、広間の上にあるこの部屋。こちら側からは窓も扉もなくて、中を見ることはできない。

 俺の記憶が間違ってないなら、この向こうにあるはずの部屋は。


 俺が初めて、母さんに抱きしめられた場所。


「そこは儀式の間、でございますね」


 俺の様子に気づいたのか、ミノウさんがそう言った。


「儀式の間?」


「はい。魔術儀式を行う専用の間になっております」


 当然のように彼女が告げたその言葉を、俺は頭の中で繰り返す。

 魔術儀式。

 そんなものを行う専用の部屋が、この家にはある。つまり、少なくともこの家で魔術は当たり前のこととして存在しているわけだ。夜の灯りも、そういえば魔術だもんな。

 そうして昨日この部屋で、よその世界に飛ばされた俺をこの家に呼び戻すための儀式が行われた、わけか。

 『男にされていた』俺を、女に戻して。

 だから俺が初めて見たこの世界は、あの広間。


「俺、この部屋からこっちに帰ってきたんだ」


「……そうですか」


「……うん」


 俺がそれだけしか言わなかったのを何となくミノウさんは察してくれたようで、小さく頭を下げただけだった。




 三階に上がる階段は、儀式の間の入口を挟むような形で存在していた。表からは見えない位置にあることもあって、知らないとびっくりしそうだな。

 その階段の前まで来て、ミノウさんはくるりと俺を振り返った。無意識のうちにだろうけど多分、通せんぼしてるつもりだ。


「三階は旦那様と奥様のフロアになっておりまして、許可がない限りは上がることはできません」


「そうなんだ」


 その言葉からして、これ以上は無理だって言ってるんだもんな。

 当主とその夫人専用フロア。

 たとえ娘でも、許可なしに上がるものじゃないらしい。

 俺の部屋にユズルハさんが入るのに、俺の許可を得なければならないのと一緒、なのかな。

 ここらへんは厳しいんだよな。さっきミノウさんが、俺と使用人さんたちとは違うんだって言ったように。


 妙な空気を断ち切ったのは、階段の上から聞こえたのんびりした声だった。


「あら、セイレン。どうしたの?」


「え? あ、母さん」


 自分の名を呼ばれて、慌てて見上げる。ベテランっぽいメイドさんを連れた母さんが、不思議そうに俺を見下ろしていた。まあそりゃ、用事もないのに何でこんなところにいるんだ、って思うよな。


「屋敷の中を案内してもらってるんです。俺、昨日来たばっかりで全然知らないから」


 だから、ここにいる理由をちゃんと説明する。母さんは「まあ」と目を丸くして、それから何だか楽しそうに頷いた。昨日帰ってきたばかりの娘が、よっぽど嬉しいのかな。


「じゃあ、ちょうどいいわ。私の部屋においでなさいな。昨日あなたが食べていたサブレ、まだあるのよ」


 ありゃ。

 もしかして、三階に上がれる? 許可というより、これは招待と思っていいもんな。

 それに昨日食べたサブレ、また食べたいなってちょっと思ってたんだよ。やった。


「あ、いいんですか? あれ、美味しかったんです」


「そのようね、顔が喜んでいるわ。それでは、私の部屋でお茶にしましょう。ミノウ、あなたもいらっしゃいな」


「は……」


 あれよあれよという間に進んじゃった話に、ミノウさんはぽかんとしている。うろうろと視線を巡らせた後困ったように俺を見る彼女に、俺は苦笑するしかないよな。

 可愛いところあるよ、ミノウさんも。


「うん。一緒に行こう」


「……承知しました」


 俺の言葉に胸をなでおろしたのか、ミノウさんは深く頭を下げて、それから俺の前に立つと階段をゆっくり上がっていった。

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