6. ゆっくり、食事雑談

「あ、セイレン様おかえりなさいませ。お夕食の準備はできていますよ」


 オリザさんとミノウさんに連れられて部屋に戻ると、晩ご飯の準備をしてくれていたアリカさんが笑って迎えてくれた。扉の向こうから微かに、いい匂いがする。

 俺が風呂に入っている間に木のテーブルと椅子を持ち込んで、白いテーブルクロス敷いて、小さな花瓶に白や黄色の花が生けてあって。

 んでガラスのコップやグラスと、フォークやナイフが並べられている。並び方も形も、俺がテレビで見て知ってるのとさほど違いがないな。使い方も違ってないといいんだけど。


「準備ありがとう。一人でやったの?」


「いえ、ミノウが手伝ってくれましたから」


「そっか。ミノウさんもありがとう」


「仕事ですから……」


 うーん。

 確かに彼女たち、俺専属のメイドさんなんだからこういう準備も仕事のうちか。でも、してもらったことにお礼言うのは俺の中では当たり前だしなあ。

 俺は俺で行きたいよ。身体が女の子になっちゃっても、俺が変わるわけでなし。

 ……なんてことを思ってたら、ふとアリカさんが俺をじっと見ているのに気がついた。


「ん? 何、アリカさん」


「あ、はい。その服、よくお似合いですよ」


「そう? はは、ありがとな」


 褒められたので、素直に答える。頭を掻いてるのはまあ、照れくさいっていうかなんというか、な。

 お似合いと言われて、嬉しくないわけじゃないけど複雑なんだよ。女の子の格好してるわけだから。

 いや、女なんだけどね、とか思ってたら横からオリザさんが口を挟んできた。


「セイレン様、おっぱい形良かったんですよー」


「何で言うんだよ!」


「オリザ、そういった発言は慎みなさい」


 俺の反応と同時にミノウさんが突っ込んでくれた。ついでに軽くチョップ。ミノウさん、そういう突っ込みできたんだと変なところで感心する。

 いや、オリザさんって性格悪いわけじゃないんだけど言うことがなあ。まだこことかお風呂とかだといいんだけど、他の人がいるところでこんな発言だったら頭はたいていいかな。


「オリザさん、ほんと言うこと気をつけてくれな。俺どう反応していいか分からないだろ」


「てへ、ごめんなさい。気をつけまーす」


 ぺろっと舌を出しての謝罪。ほんとかよ。


「まあ、オリザもメイドとしてのプライドがありますから。第三者のいる場所での不用意な発言は控えるでしょう」


 ……ミノウさんがにらみをきかせてる間は大丈夫かなー。うん。




 さて、問題の食事のマナーだけど。


「フォークは左、ナイフは右。うん、一緒だ」


「そうですか。それは良かった」


「食事のマナーなんて、覚え直すのも大変だもんなー。ほんと助かった」


 というわけで、いちいち覚え直さなくていいらしい。

 食べるものもほぼ同じで、本気で助かる。というか、同じ世界なんじゃないかってくらい。

 前菜のサラダはさっぱり塩で。クリームスープは芋かな、具がほろりと口当たりが良かった。

 メインは近くでとれた川魚のフライで、魚は美味しかったんだけど油がいまいちかな。ちょっとギトギトしてた。

 一緒に出てきたパンはこの家の台所で作ってるそうで、素朴な丸いパン。ちょっと黒っぽいけど美味しい。

 デザートは果物のゼリーで、砂糖使ってないみたいだけど十分甘い。


 場所をソファに移して最後に出てきたのは、両親と初めて話してた時にアリカさんが淹れてくれた同じお茶だった。コーヒーはないのかな。……ま、いっか。さすがにそこまで一緒、ってことはないだろうし。


「美味しかったー」


「それは良かったです。厨房係に伝えておきますね」


「……あ、うん」


 当然のように笑うアリカさんに、俺は頷くしかない。

 はは、そりゃコックさんもいるよなあ。何かだんだん現実味がなくなってきたようなそうでもないような。

 ちょっと顔がひきつるのが分かったのか、メイドさんたちの視線が俺に向く。あー、何か話題ないかな。

 あ。


「あ、そういえばお風呂でオリザさんにマッサージしてもらったんだけど。オリザさん、上手いんだね」


「あら。それは良かったですねえ」


「えへへ、ありがとうございますー。実はミノウに教わったんですよ」


「ミノウさんに?」


「はいー」


 にこにこしたままのアリカさんと、嬉しそうに笑ったオリザさんの目が一斉に方向転換。俺も一緒に視線の先、ミノウさんを見る。

 あ、ちょっとだけ目を見開いてる。うん、表情ちゃんと変わるんだ、良かった。


「セイレン様、わたしのマッサージで喜んでたら、ミノウの番の時はもう空に上がっちゃう心地かも!」


「……オリザ。言い過ぎ」


「言い過ぎじゃないもーん」


「ミノウのマッサージは本当に効きますから。私からもお勧めです」


「アリカまで……」


 おー照れてる照れてる。視線があらぬ方向をふわふわしてて、どうすりゃいいのか困ってるって感じ。

 いや、マジで困ってるのかも。褒められてどう反応していいか分からないってこと、あるもんな。


「わはは。ミノウさん、機会があったらお願いするよ。楽しみにしてようっと」


「……ありがとうございます」


 だからってわけじゃないけど俺がそう頼んだら、ミノウさんはホッとしたように頭を下げた。




 身体の大きいミノウさんは力もあるらしく、食事に使ったテーブルと椅子を片付けるのは彼女の役目になっていた。食器を片付けるのはオリザさん。大丈夫だろうな、ほんとに。いや、お仕事としてメイドさんやってるんだから、大丈夫なんだろうけどさ。

 で、アリカさんは食後の休憩中でソファに座ったままの俺に、こんなことを言ってきた。


「本日は顔合わせということもありましたので三名でお世話させていただきましたが、明日からは基本的に私どものうち二名がセイレン様のお世話をすることになります」


「二名? あ、交代制か」


「はい」


 だよなー。

 毎日毎日人の世話ばっかしてたらいくら仕事でもほんと、大変だろうさ。

 ……院長先生、すごかったんだな。俺や施設の皆の面倒、年中無休で見てくれてたんだから。


「はい。ご了承願えますか」


「了承するも何も、お休みないと大変だろ。世話になるのはこっちの方なんだから、よろしくお願いします」


「いえ、こちらこそよろしくお願い致します。セイレン様」


 深々と頭を下げたアリカさんに、俺はちょっとだけ困った。でも、これがこっちの流儀なのかな、とも思う。

 俺は人を使うようなことはしたことがないし、正直将来は使われる側だと思ってたから。

 それが、何かイイトコのお嬢様で、専属メイドさんが三人だってさ。しかも今後はほぼ常時二人がつくって。


「……やっぱこういうのって、俺がいなくなってたから?」


「……はい」


 知らずに口に出ていた言葉に、アリカさんは頷いた。その返事に慌てて顔を上げると、もうミノウさんもオリザさんも仕事は終わってたみたいで三人並んで俺を見ている。

 俺がちっちゃい頃にこの家から消えてどっか遠いところに行ってて今日戻ってきた、ってことは多分、ユズルハさん辺りから聞いてるんだろうな。その消えてた間、実は男になってました、なんてのまで知ってるかどうかはともかく。

 だってそうでなきゃ、いろんなマナーとかものの使い方教えてって頼むのおかしいだろ。


「セイレン様がいなくなっちゃったのはきちんと警備ができてなかったからだ、って旦那様しょげてたんですって。だから、シーヤの家はこっそり警備とか厳しいんですよ」


「あー。父さん母さんや乳母の人いなかった隙に俺、消えたんだってな」


「はいー」


 だから、オリザさんが言うことも当然といえば当然だろう。俺は、娘のセイレンはどうにか戻ってきたけれど、でもいなくなってからもう十八年も経ってるんだから。


「ですから、専属で私たちがつくのは旦那様や奥様のご指示なんです。いつでも誰かがついていて、二度といなくならないようにって」


 生まれてすぐに消えて、やっと帰ってきた娘。

 その身辺警護が厳しくなるのは、ものすごく当然だ。目の前に現れた俺に抱きついた母さん、すっげえ嬉しそうだったし。泣いてたけど。

 そうでなくてもいい家の人間なんだから、きっちり護衛がつくのは当然なんだろうけどな。

 メイドさんが護衛役できるのかどうか、そこはとりあえず考えない。多分人目がある、ってのが重要なんだろうから。元いた世界で言う、防犯カメラみたいなもんかも知れない。


 要するに俺は、彼女たちにお世話になるわけだから。


「うん。それじゃ改めて、よろしくおねがいします。アリカさん、ミノウさん、オリザさん」


『お任せくださいませ、セイレン様』


 お互いに、頭を下げた。

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