5. のんびり、風呂三昧

 女になって初めて入った風呂は、でかかった。

 いや、湯船は人一人が縁に頭かけて寝そべったら反対側に足が届くか届かないかくらいの、俺の知ってる限り普通サイズだったけどさ、風呂場というか浴室全体がね。

 人に洗わせること前提で作られてるから、湯船の周りに広めの空間が取ってある。床も壁も石造りで、濡れても大丈夫なようになってるのはさすがっつーか。さすがに換気扇はないんだけど、上の方に小さい窓があってそこから湯気とか湿気逃がすみたいだな。湯船入って天井見上げたら、ちょうど見えたんだ。

 水、っていうかお湯は大きなタンクに貯めてあって、そこにくっついてるちっちゃい井戸のポンプから出てきてた。よく分からないけど、金持ちの屋敷にはそういうのがちゃんと備え付けてあるとのこと。ただしお湯はタンクで多少の保温は利くけど基本的にはいちいち沸かすから、お風呂の時間は前もって指示がほしいって。

 でも、俺のいてた世界とは違って毎日入るもんでもないらしい。普段はお湯で軽く身体を拭くくらいで済ませるそうで、このへんは気候の違いとかがあるんだろうなあ。今日は帰ってきたばかりだから特別、だそうだ。

 以上、本日のお風呂係ことオリザさんの解説より。俺がこの世界のことよく分かってない、っていうのは知ってるようで、だからいろいろ説明してくれるのはほんとありがたい。


「こんな感じの説明で大丈夫ですかあ? セイレン様」


「うん、ありがとう。ある程度知っておかないとさ、働く方の事情も分かんないし」


 腕を丁寧に海綿で洗ってくれつつ、オリザさんはにこにこ笑う。「はーい、腋洗いますねー」と腕をひょいっと持ち上げられて、その下から顔を覗かせた。


「セイレン様、シーヤの家で育ってらっしゃらないのに考え方、ちゃんとシーヤになってますねえ」


「そうなの?」


「はいー。旦那様も奥様も、使用人のことよおく考えてらっしゃいますよー」


 そうなんだ。

 あの両親、そもそも気を使うタイプなんだ、きっと。

 だから帰ってきた俺の晩飯、むりやり一緒に食べようとしたりしなかったんだな。


 大丈夫か、領主様なんだろシーヤ家。

 割と気の良さそうなタイプだと、よそからちょっかいかけられたりいいように利用されたりして苦労してるんじゃないのか?

 俺は施設育ちってこともあって、どっちかっていうとメイドさんたちの方に考え方が近いと思う。だからどうしても、使用人さんたちの事情を考えてしまうんだろうな。だけど、金持ちの親が気の良いタイプだと苦労しそうとか、そのくらいは考えられるし。

 院長先生はその点しっかりしてたけどな。いつだっけ、土地がどうとかでやってきたお役人さんとガチで張り合ってたなあ。あれ、ちゃんと決着ついたんだっけか。


「セイレン様、おっぱい形いいですねー」


 ってこら。

 人が考え事してる時に……と思ったが、そもそもここは風呂だった。

 メイドさんに身体を洗ってもらうのが当たり前、らしい家の風呂。

 そうなると当然、すっぽんぽんの身体をしっかりと見られるわけで。

 あー、まあ開き直るしかないか。少なくとも向こうは俺のこと、女としか思ってないしな。


「形いいのか? こうやって見るの初めてだからなあ」


「どーいう生活してたんですかあ? 大きくもなく小さくもなく、いい形してますよ」


 オリザさんはそんなことを言いながら、割と事務的に洗ってくれた。うん、そうしてくれた方がこっちとしては助かるし、向こうも考えてみりゃ仕事だもんな。


「はーい、下半身行きますよー。軽く足開いてくださーい」


「げっ」


「げっじゃないです。奥までは洗わないですから、安心してくださいねー」


「安心っていうのかー!?」


「だって急所ですもん。あー、腰細いのに太ももふっくらしてて、羨ましいなー」


 えーまーうん、その後もね。

 やっぱり事務的にありがとう、でした。

 言わせんな、いくら何でもこっ恥ずかしいだろ!

 あ、でも腕と太ももとふくらはぎ、肩はマッサージしてくれたので、それは気持ちよかったとだけ言っておく。




 湯船から上がって全身を大きなタオルで拭いてもらう。布地的にはタオルというよりは手ぬぐい、の方が近いのかな。吸水性のいい布地みたいで、ざっと拭いてもらっただけでもさらっとして気持ちいい、うん。


「セイレン様、お着替えをお持ちしました」


 その頃になって顔を見せたのはミノウさん。手の上に箱と、その上にはきちんと畳まれた服が載っている。一番上は下着。

 はい、パンツとブラジャーですね。白くてシンプルなやつ。ゴムがないのか、紐で止めるっぽい。


「あ、ありがと。……えーと、まさか服着るのもお任せとか言わない?」


「下着に関しては申しません」


 ミノウさん、分かりやすい答えありがとう。つまり、上に着る服に関してはメイドさんの手が出るわけね。了解。

 と言っても、実は下着でも手伝ってもらわなければならなかった。

 パンツはいいんだよ、紐に手間取りはしたけど素直に履けばいいんだから。前後間違えかけたのは内緒だけどな。

 問題はブラジャーの方。


「……着けたことないんで、どうやっていいか教えてくれる?」


「え、セイレン様ブラジャー着けたことないんですかあ? よく型崩れしませんでしたねえ」


「承知しました。まず肩紐を両方にかけまして……あ、下紐はこちらでお結びいたします」


 しょうがないだろ、あっちじゃ男だったんだから。ブラジャーなんぞ着けるどころか触る機会もなかったよ。型崩れなんざするわけないぞ、こっち来てからついたんだから。

 カップにおっぱい収めるのに上半身を前に倒して、とかやったこともないし。女って、見えないところで苦労してんのな。これから俺も苦労することに……なる、んだろうな。やれやれ。


「……これでいいのか?」


「はい」


「うん、やっぱり形いいですー」


 で、上手いこと胸の肉がカップに収まった。おお、サイズぴったり。すごいなーと感心してる俺の横でほとんど表情の変わらないミノウさんと、その向こうでお風呂を片付けながら楽しそうなオリザさん。彼女が手にしてるながーい金属の棒で、さっき見えた窓を開けるらしい。なるほど。

 ま、二人ともOK出してくれたみたいだから、ブラジャーのつけ方はこれでいいんだろうな。……明日はちゃんとできるかな。

 できなかったら復習ってことで、また手伝ってもらうしかないか。


 で、その後は上にゆったりした水色メインのドレスを着る、というか着せてもらう。下から履いて、背中をボタンで止めて、腹のところを着物の帯みたいな感じの布で締める。むう、さすがにこれはちょっと動く時とかにきついかな。これも慣れるんだろうか。


「セイレン様。着心地はいかがでしょうか」


「んー、お腹ちょっときつめだけどこれはそういう服なのか?」


 袖のボタンを止めながら尋ねてきたミノウさんに、素直にそう尋ね返してみる。はっとして「失礼します」と俺の腹の具合を触って確かめてから、答えが出た。


「申し訳ありません。この服はそういう服になっておりまして。セイレン様はこういった服には慣れておられないのですね」


「あーうん、あんまり腹全体しっかり締めたりしなかったかな。ごめん、慣れるようにするよ」


 いや、腰をベルトで締めるのは慣れてるけどさ、こうお腹全体をじんわりと締めてくるのはなかったから。

 いつだったか院長先生がぎっくり腰やっちゃってサポーター着けてたことあるけど、あんな感じなのかな。触ってみたあれは固めだったけど、それに比べればマシなんだろうな。

 ミノウさんには気を使わせてしまって、悪いなあ。女の服って、ほんと大変なんだ。


「セイレン様ー。靴履きますからこれに座ってくださーい」


 お風呂の片付けが一段落したらしいオリザさんが、部屋の隅から木の椅子を持ってきた。そっか、ミノウさん替えの靴も持ってきてくれたんだ。さっき服の下にあった箱、それか。

 と言っても、俺は今の俺の靴のサイズを知らない。男だった時は二十六だったけど、その時の靴が今はぶかぶかだからな。二十四以下かもしれない。


「って、サイズとか大丈夫かな?」


「私の目分量ですから、サイズが合っているかどうかは分かりかねます。ご容赦を」


「ミノウなら大丈夫だと思いますけどー」


 やっぱり表情変えずに、箱から靴を取り出しながらミノウさんはそう言った。目分量って、見ただけでサイズ分かるのか? 服ならともかく、靴だぞ靴。

 ま、今のところは持ってきてもらったリボン付きのパンプスを履くしかなさそうなので、俺は覚悟して椅子に座ってみた。




 もしかして、こっちのメイドさんって色んな意味ですごい能力持ってるのかも。だってさ。


「……うわ、ピッタリ」


「つま先や横幅は大丈夫でしょうか?」


「うん。歩いてみないと分からないけど、今のところ問題ないんじゃないかな。ありがとう、ミノウさん」


「……はい」


「ほらー、大丈夫だってわたし言いましたよー」


 これだもん。靴の中で指先はちゃんと動くし、特にきついっていう感覚はない。中敷きがちょっと固めだけど、これは仕方ないんだと思うことにする。何しろ素足に履いてるし。

 とんとんとかかと側に脚を合わせて、これまたふんわりしたリボンで足首をきゅっと結ぶ。真っ白な靴だけど、こうやって見ると可愛いな。履いてるのが自分だっていうことはさておいて。


「んじゃセイレン様、歩いてみましょうかー。お部屋でアリカが、お食事の準備してますから」


「お、そっか。じゃあ、一緒に帰ろうか」


「はい。ではお手を」


 オリザさんとミノウさんが、ごく当たり前のように手を差し出してきた。俺は両手をそれぞれ、彼女たちに預ける。しっかり握ってもらって、椅子から立ち上がった。

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