第5話 魔王誕生
そんなある日、人間がひとり迷い込んできてしまった。
怪我をした旅人だった。
ドラゴンは、放っておけといったが、ぼくはその人を見捨てられなかった。
ぼくはその人に食事を与えて、介抱した。
そして、その人は傷が治ると、お礼をいって立ち去っていった。
おかしなことが起きはじめた。
森の近くを武装した人間がうろついているのだ。
ここにいる魔物たちは人間に危害を加えない。
ぼくはそう武装した人たちに伝えるべきだとドラゴンに言ったが、ドラゴンは無駄なことはするなと、ぼくに言った。
ぼくのように、人間は魔物たちと仲良くできるはずだと信じた。
ぼくは武装した人たちの中で一番偉い人と話し合いをする席についた。
彼らはぼくの言うことに耳を傾けてくれた。
やっぱり、話せばわかりあえるのだと、ぼくは確信した。
安心して洞窟の中へと引き上げようとした時、ぼくは背後から斬りつけられた。
「魔王め、人間を騙そうなんて小賢しいことをしやがって」
ぼくのことを斬りつけた人間はそういった。
次の瞬間、魔物たちが暴れはじめた。人間たちは次々と魔物に襲われ、やられていく。
「やめろ、やめるんだ」
ぼくの声は誰にも届かなかった。
大きな傷を背中に負った僕は、洞窟の最深部で手当を受けていた。
傷を治すことの出来る魔物というのも存在する。
こういう魔物を丁重に扱えば、自分たちの怪我も簡単に治してもらえるのに。ぼくはそんなことを考えていた。
しばらくして、帝国で魔王討伐隊が結成されたという話を誰かが聞きつけてきた。
魔王というのは、どうやらぼくのことのようだ。
なにがどうして、ぼくが魔王と呼ばれるようになったのかはわからない。
ぼくはただ、魔物と人間は仲良くするべきだと言っただけなのに。
ついに帝国の魔王討伐隊が攻めてきた。
ぼくは洞窟の最深部で、椅子に座って報告を聞くだけだった。
何が出来るというわけではない。
それに、まだ背中の傷が痛むのだ。
討伐隊の人間たちは、洞窟の中に仕掛けられていた先人たちが作った罠に
勝手に洞窟に入って、勝手にやられていく人間たち。
それがいつの間にか、魔王によってやられたということになってしまうのだから不思議なものだ。
ある時、スライムがひとりの人間を背中に乗せてやってきた。
全身鎧と兜を身にまとったその人間は、洞窟の段差で躓いて気を失っていたそうだ。
ぼくは手当をしてあげるように指示をした。
手当が終わったと言うので、行ってみると、そこには赤い髪をした少女が一糸まとわぬ姿で横たわっていた。
あの全身鎧姿の人間の中身は、この少女だったのだ。
「ちょ、ちょっと、なにか着るものを持ってきてよ」
狼狽するぼくにスライムは着るものを探すために部屋を出ていった。
ぼくが少女に背を向けていると、とつぜん背後から少女が飛びかかってきた。
どうやら目を覚ましたようだ。
「おのれ、魔王め」
少女がぼくに言いながら、後ろから首を絞めてくる。
ぼくは開いている両手で少女のお尻をペシペシと力強く叩くと、少女は泣きべそをかきながら、ぼくの首から手を離した。
「ひぃー。お父様にも叩かれたこと無いのに」
「あ、ごめん。突然のことだったから」
ぼくは少女に素直にあやまった。
少女は目に涙を溜めながら、こっちを睨んでいる。
「ほら、これを着てよ」
ぼくは目のやり場に困りながら、スライムが持ってきた布の服を彼女に渡した。
その時はじめて彼女は自分が裸であるということに気付いたらしく、顔を真っ赤にしてぼくの手からその服を奪い取った。
「名前は?」
「はい?」
「名前。あるでしょ。ぼくはハル。キミの名前は」
「ま、魔王なんかに名前を教えられるか」
「じゃあ、ずっとキミって呼ぶことになるけど、いいの」
「うー」
彼女は犬が唸るような声を出した。
「マールよ」
「そうか。マールか。可愛い名前じゃないか」
「か、可愛い名前って……」
マールは顔を赤らめながらうつむく。
倒れた時に足を捻ってしまったマールは痛めた足が治るまで、この洞窟にいることとなったが、その間に攻め込んで来た帝国の討伐軍は撤退してしまっていた。
「どうする、マール?」
「どうするって言われても、わたし一人じゃ帰れないわよ」
「そうだよね。ぼくらが送っていくってわけにもいかないし……」
「きっと迎えが来るはずよ。だから、それまでここにいさせて。ね、お願い」
マールが上目遣いでぼくに言う。
か、かわいい。
ぼくはそのマールの可愛さに、おもわず頷いてしまった。
その日から、ぼくとマールと魔物たちの生活がはじまった。
まだこの時、誰も知らなかった。マールが帝国のお姫様であり、魔王城に姫が囚われたため、救出の勇者を帝国が求めて各地に
魔王討伐の勇者を求む檄は帝国以下、近隣の帝国傘下の国々に通達された。
力自慢の者、賞金稼ぎの冒険者、そして伝説の勇者の血を引く者(自称)たちが続々と帝国首都アルカールへと集まってきていた。
時の皇帝マイル3世は、マール姫を助け出したものには、マール姫との結婚を認めるというお触れを出した。もちろん、そのことはマールは知る由もなかった。
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