第2話 ヘル・ドッグ

 ぼくが牢獄に落とされて数日経ったある日、看守が衛兵たちと一緒にやってきた。


「喜べ囚人ども。闘技とうぎの日程が決まったぞ」


 看守がそう言うと、みんなが喜びの声をあげた。

 何のことかわからず、黙っていたのは、ぼくだけだった。

 その様子を見た看守が不機嫌そうな顔でぼくに言う。


「なぜ、喜ばない」


 するとロベルトが慌てて口を挟んだ。


「こいつは、最近ここに落ちてきたやつなんで、闘技のことを知らないんです。俺の方で教えておくんで、勘弁してやってください」

「そうか。きちんと闘技について教えておいてやれよ。チャンスは誰にでも公平にあるということをな」


 それだけ言うと看守は去っていった。

 闘技。それは囚人たちがここから出ることができる唯一の手段だった。

 月に一度行われる闘技で何度か勝ち残れば、罪は取り消しとなり、この地下牢獄から釈放されるのだとロベルトが教えてくれた。


「誰と戦うの?」

「それは、試合当日になってみなければわからない」


 ロベルトはそういうと、牢獄の隅に置いてある木で作られた剣を手に取り、振って見せた。


「ハル、お前も闘えるようになれ。そうしなければ、ここから一生出ることは出来ないぞ」

「え、でも、剣なんて使ったことないよ」

「俺が教えてやる。だから、強くなるんだ」


 その日から、ぼくはロベルトに剣の使い方を教わった。木で出来た剣であっても重さは1キロぐらいあって、これを振り回すのは至難の業だった。試合で使う鉄の剣はこれよりももっと重いそうだ。

 何度かぼくはロベルトと剣の稽古をしたが、才能はないらしく、いつもロベルトにやられていた。


 闘技の日がやってきた。

 囚人たちはアメフトのヘルメットのような兜を身に着け、好きな武器を選んで試合場へと出される。

 闘技は1対1で闘うことをイメージしたのだが、そうではないらしく、囚人たちが5人ひと組や3人ひと組で闘技場と呼ばれる場所へと出ていくのだった。

 ぼくは運良くロベルトと一緒の組だった。


「よし、お前ら気合を入れて行けよ。かならず生き残れ。そして、勝ってこの牢獄とおさらばしろ」


 看守に激を飛ばされて、ぼくたちは闘技場へと出ていく。

 そこは円形の広場だった。コロッセオ。確かローマ時代にそんな風に呼ばれた場所があったはずだ。この場所は、コロッセオに酷似していた。

 広場の周りは観客席となっており、大勢の観衆が入っていた。

 観衆たちの興奮した声が聞こえてくる。

 ぼくたちの相手は、一体誰なのだろうか。ぼくは緊張で震える足を何とか動かしながら、広場の中を進んだ。

 しばらくすると、反対側にある通路の扉が開けられた。扉の向こう側は闇であり、誰がいるのかはわからなかった。


「来るぞ」


 ロベルトが言った。

 次の瞬間、ものすごいスピードで何かが飛び出してきた。

 それは犬だった。犬といっても、日本で飼われてるようなカワイイペットという雰囲気はない。鋭い牙と大きな口が特徴的であり、見るからに凶暴そうな顔をしている。


「ヘル・ドッグだ」


 誰かが怯えた声で言った。

 え、なにそれ。地獄の犬?

 ぼくは訳も分からず、持っていた盾を構えた。

 ヘル・ドッグがものすごい勢いで飛びついてきた。

 隣にいた全身刺青の男が首を噛まれて、その場に倒れる。

 男はヘル・ドッグに首の肉を噛み千切られ、絶命していた。


 なんなんだよ、これ。

 ぼくは逃げ出したい気持ちでいっぱいになりながら、必死に盾を構えていた。


 ヘル・ドッグは一匹だけではなかった。全部で三匹だ。

 こちらは5人だったが、ひとり倒れたため4人で闘うしかなかった。

 しかし、その中にぼくも入っているので、実際の戦力は3人といっていいだろう。


 襲い掛かってきた一匹をロベルトが持っていた剣を振り回して倒した。残り二匹。


「闘え、闘うんだ、ハル」


 ロベルトが叫ぶようにいう。しかし、ぼくの手足は震えるだけで動かすことはできなかった。

 さらに誰かが一匹を倒し、ヘル・ドッグは残り一匹となっていた。

 だがこちらも、まともに動けるのは、ぼくとロベルトだけだった。他の囚人たちはヘル・ドッグに噛みつかれて戦闘不能状態となっている。


「闘わなければ生き残ることはできない。生き残らなければ、ここから出ることは出来ないんだ」


 ロベルトは剣を構えながら、ぼくにいう。

 ぼくは怖かった。盾で自分の身を守るのが精一杯だった。


 ヘル・ドッグがぼくに飛びかかってきた。

 驚いたぼくはバランスを崩して尻もちをついてしまう。

 そこへヘル・ドッグが乗っかってくる。


 噛まれる。


 そう思ったが、いつまで経ってもヘル・ドッグがぼくに襲いかかってくることはなかった。

 それどころか優しい顔をして、鼻を鳴らしながら、ぼくに対してしっぽを振っている。

 そして、大きな舌でぼくの顔を舐める。

 ヘル・ドッグなんて呼ばれているけれど、本当は優しい子なんじゃないのか。

 ぼくがそう思った瞬間、ヘル・ドッグが奇妙な鳴き声をあげて、横に倒れた。

 何が起きたのか一瞬わからなかった。


「だいじょうぶか、ハル」


 ロベルトがぼくの腕を取って、起こしてくれた。

 横にはヘル・ドッグの死体が転がっていた。


 こうして、ぼくは生き残った。



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