第1話 牢獄にて

 ぼくは突然、この世界へとやってきた。

 どうやってこの世界に来たのかはわからない。

 ただ、気がついたらこの世界にいたのだ。


 訳も分からず、石畳で出来た道を歩いていると、ファンタジーゲームの商人みたいな身なりをした、小太りの男の人に声を掛けられた。


「あんた、何者だね。なんだ、その格好は」


 それがこの世界の人との初めての会話だった。


 僕の格好。それは学校指定の紺色の長袖ジャージにハーフパンツというもので、頭には赤い鉢巻きをしていた。ちょうど体育祭の練習をしていたところだったのだ。ぼくも、そこまではしっかりと覚えているのだが、なぜこの世界に来てしまったのかは自分でもわからないことだった。


「ここは、どこですか?」


 その商人みたいな格好の人との噛み合わない会話をしていると、突然、鎧を着た兵隊たちに囲まれた。

 どうしたんだろう。なにかあったのかな。

 そんなことを呑気に考えている間に、兵隊の持っていた棒で足を払われ、その場で倒されると揉みくちゃにされて、ぼくは気を失ってしまった。


 ※


 目を覚ました時は、冷たい石の床の上だった。

 体中が痛くて、涙が出た。

 夢だと思っていたけれど、この痛みは夢ではないという証拠でもあった。


「ぼうず、大丈夫か」


 声を掛けてきてくれたのはロベルトという、スキンヘッドで顔の半分が髭に覆われた逆さ絵みたいな顔をしたおじさんだった。


 ロベルトは兵隊たちにボコボコにされたぼくの顔に、水で濡らした布を当ててくれた。とてもやさしい人。それがロベルトの印象だった。

 この世界について、何も知らないぼくに対してロベルトは驚いていたが、色々なことを丁寧に教えてくれた。


 ここは大陸最大の国家、アルカナ帝国というところだった。

 首都アルカールは、アルカナ帝国の中で最も栄えている街であり、様々な人々が行き来している。

 そして、ぼくたちのいま居る場所。それはアルカールの最深部に作られたバンス牢獄だった。

 なぜ、牢獄に入れられているのか。ぼくにはまったく理解ができなかった。なにも悪いことはしていない。それどころか、この世界にやってきてから、ぼくは何もしていないのだ。それなのに牢獄にぼくを放り込むなんてひどい話だった。


 ぼくが怒っていると、ロベルトも一緒になって怒ってくれた。

 ロベルトが牢獄にいる理由も教えてくれた。ロベルトは病気の息子のために薬が必要だった。しかし、この国で薬は高級品とされており、そう簡単に入手できるものではなかった。

 とある商人がロベルトの息子の病に効く薬を持っているという話を聞いて、ロベルトはその商人に薬を譲ってくれないかと頼み込んだ。商人は薬代として法外な金額を要求してきたそうだ。ロベルトの家は革職人であり、裕福な家ではなかった。しかたなくロベルトは住んでいた家を売り、仕事道具も全部売り払って金を作った。

 そして、商人と取り引きをして、薬を息子に飲ませたのだが、その薬はまったく効かなかった。騙された。そうわかった時、ロベルトは商人を捕まえてボコボコにしていた。そこで衛兵に逮捕され、この牢獄へと落とされたそうだ。

 ロベルトは事あるごとに息子に会いたいとぼくにこぼしていた。

 ちょうど、息子さんはぼくと同じ14歳なのだそうだ。


 牢獄には、ぼくとロベルト以外にも大勢の囚人たちがいた。みな、無実の罪でここ落とされたと嘆いていた。

 しかし、ミントという少年がぼくにこっそりと教えてくれた。ここの連中はみんな嘘つきだから信用しちゃいけないって。でも、そういうミントも他の囚人たちからは『嘘つきミント』というあだ名で呼ばれているので、ぼくは誰も信用することができなかった。

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