第5話男は黙ってかつ丼を喰え。

好き嫌いは仕方がない。しかし「かつ丼」と言うのは素晴らしいモノである。いや、丼と言う器が素晴らしいのではないか?

と、ここで「丼なる器」に関してつらつらと書くと、あっという間に紙数が尽きかねないので書かないことのする。「丼もの」各種に関するくだらない私感は、その都度に書こう。

世の中、時代が進んでしまい、「かつ丼」への憧れなどと言う想いは理解されにくい。多分されないと思う。されないんじゃないかな?まちょっと覚悟はしている。彼の松本零士氏は「ラーメンライス」への憧れを作中に溢れさせていた。私の世代は松本零士氏と手塚治虫氏の漫画を読んで育ったものだ。今のように多才な漫画家や作品があった時代ではない。ただ、両氏が取り上げたテーマは今でも新鮮であり、鮮烈であったりはする。


昭和の時代には、「かつ丼」と言うものに特別な思いがあった。ソレはいくつかの言い伝えが残ることで証明出来るだろう。「お地蔵様にかつ丼を供える」と言う言い回しや、丼の蓋を取ったらひと房の茶色い毛が乗っており、ソレを見た猟師が「ごん、お前なのか?」と問いかけたなんて話は、私が今ここで考えたものだが。

警察の取調室で刑事がぶっきらぼうに「食え」と出してきたかつ丼。容疑者は最初のうちこそ拒否するが、空腹とかつ丼の魅力には抗えず、蓋を取ってかきこむ。そこで刑事が「田舎の母さんが泣いているぞ」もうこれだけで容疑者は涙を流し、「すいません刑事さんっ!俺がやりました」と自白する。なお、今の警察署でこんなことをすると、「利益供与」となり、供述の任意性が無いと判断され、裁判で検察側が不利になることがある。食べるなら「自費で」と言うことらしい。しかし、知人の家族が捕まった時に「かつ丼が出てきた」と言う話もあるので、この辺は現場での「阿吽の呼吸」のようなものもあるのだろう。あとから無粋に指摘するようなことではあるまい。

今となっては採用に基準を設けている自衛隊だが、昔はそうはいかなかった。新卒採用試験はあったが、事実上、「いつでも入隊出来た。採用試験はあって無きようなもの」である。少なくとも「昭和」の付く時代ではそうだった。自分の名前が書けて、足し算引き算が出来て、健康な男子なら入隊出来たのだ。それでも人が足らず、上野駅周辺では、上京してきたばかりの若者を「地連」(自衛隊の支援団体)が、「にーちゃん、いい身体してるね。かつ丼でも食わないか?」とスカウトしていた。誇張ではなく、本当にこのような「人狩り」が行われていたのだ。いや「狩り」と言うと語弊があるが・・・

今の自衛隊では、地連は「地本」に名を変え、採用時期も企業と同じになった。「新卒」でも入隊する人が多いそうだ。もちろん、中途採用もある。ただ、選考期間は企業と同じらしい。


また無駄話から始まったが、アイドリングトークは大事である。


では、「正統なかつ丼」とは何なのだろうか?これはもう、蕎麦屋で出てくる「アレ」が正統なかつ丼である。カツに使われる豚肉は暑さ1㎝ほど。衣は厚めで、そばつゆで煮た後に、ざっくりと溶いた卵1個でとじられ、上にはグリーンピースが3粒。蓋をした状態で出てくる。添えられる漬物は柴漬けか薄切りにした沢庵。そう、蓋の上に漬物の小鉢が乗っていなければならない。

卵の具合は固めであろう。出前で取ったなら完全に固まっているはずだ。そう言えば、最近は出前を運ぶバイクを見なくなった。その代わり、何とかイーツとか出前なんちゃらと書かれたリュックや、スクーターを目にする。私が住んでいる地域ではまだ、出前バイクが生き残ってはいるが。

程よく汁を吸った飯は深さ1.5㎝まで。その下は白飯でいい。つゆだくは言語道断である。知己が「カラっと揚がったカツを汁に浸す道理が分からない」と言っていたが、アレはつゆでふやけた部分と、なおもカリっとしている部分のハーモニーを楽しむものだ。出前では味わえないけれど。

上に乗るグリーンピースは3粒。コレは大昔の軍隊の名残だと言う。壮大な話になってきたが、何のことは無い。海軍が「船が割れる」ことを忌み嫌い、偶数は不吉だと考えたと言う話だ。なので、カツを切る時も「5切れにする」と、相場は決まっている。

ここでは関東風の「卵とじかつ丼」の話をしている。どうにも「育ちの中で馴染んだ食い物」に感じる愛着は根強いもので、私はいまだに「ソースかつ丼」を喰ったことが無い。


そもそも、関東のかつ丼は「苦心作」である。苦し紛れに生まれたモノである。昼時の営業が終わり、客を見込んで揚げておいたとんかつが残る。この冷え切ったとんかつを「美味しく食べる方法」として編み出された料理だ(そうだ)

今なら電子レンジで温め直すのも容易だが、それこそ昭和50年代では電子レンジは普及していない。一般家庭に電子レンジが導入され始めたのは、早くとも昭和55年である。


インフレに勝つレシピ。コレがこのエッセイともつかない拙文の謳い文句だ。もちろん、かつ丼だって自作する。あの「蓋つきの丼」は意外と高く、蓋無しの深い器で妥協している。

とんかつは、今では贅沢品ではなくなった。昔は贅沢品だった。「カツと言えば鯨カツ」だった時代を生きてきた。今では鯨肉は牛肉よりも高いが。

ロース肉を買って来る。とんかつ用にカットされたものが精肉売り場にある。国産豚肉でも100g160円ほどだろう。1枚150gもあれば上々だ。パン粉はソフトタイプではなくハードタイプが良い。かつ丼にするならば、の話だが。そして、上手に揚がったとんかつをかつ丼にするのは愚かだ。美味いとんかつは、ひと切れ目は塩とレモンで食いたいものだ。端から2番目は一番美味しいので、コレを後に回すか先に食うかは本人の判断に委ねられる。この「端から2番目」は譲れない。稀に「一切れちょうだい」と、友人カノジョ親や兄弟が言うので、「取ってもいいよ」と答えると、この端から2番目をかっさらっていく鬼畜がいるが、そう言う人間は信用しないようにしている。しかし、天皇陛下が「朕にその端から2番目をおくれ」と仰ったなら、仕方がないと思う。


とまれ。

多めに揚げて残しておく作戦がいい。私のような独りもんなら2枚揚げれば済む話だ。たまに「かつ丼が食いたい」と思って、いきなりかつ丼になることもある。

調理器具で「親子鍋」と言う専用品もある。わざわざ買わなくても18㎝前後のフライパンで用は足りる。このフライパンに醬油出汁を沸かして、玉ねぎを煮る。完全に火を通していい。とんかつは熱々にしておく。玉ねぎで座布団を敷いたら、その上に切ったとんかつを乗せ、ざっくりと溶いた卵をかけ回す。すぐに蓋をする。10秒ほどでほどよく半熟になるはずだ。蕎麦屋のかつ丼?自作なら半熟の方が美味いに決まっている。卵は「ざっくり」と溶いた方がいい。しっかりかき混ぜて空気を含ませてしまうと「卵の香りが強くなり過ぎる」からだ。主役はとんかつである。卵はわき役に回ってもらおう。

醤油出汁と書いたが、市販品の「めんつゆ」で十分だ。蕎麦屋では自前の「そばつゆ」を使うが、一般家庭にそのような物は無い。自作するなら、醤油・酒・みりん・砂糖・カツオ出汁の素で作れる。

かつの卵とじが完成したら、丼飯に乗せるだけ。「親子鍋」ならば直接盛り付け出来るが、フライ返しなんぞで乗せればいい。つゆも少々飯にかける感じで。


自作・自炊なので余計な物は排した。グリーンピースも彩りにはなるが、必須ではない。いつものように「近況ノート」に画像を載せておきます。


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