第3話 やっぱり勇者様は本物の勇者様だね
「ご、ごめんなさぁ~い……!」
「仕方が無いんだからさ。とにかく泣かないでよ」
オレとルネットちゃんは身を隠すため、シラノさんの親戚がいるという隣の村へ続く森のなかを歩いている。
ルネットちゃんの落書きのせいで帰る手段が無くなったというのは残念だけど、今はルネットちゃんが罪悪感で泣き続けていることの方がつらい。
いや、本当は泣きたいのはこっちなんだけどな。でも、ルネットちゃんが泣いているおかげで、オレがしっかりしなきゃと思えるのかもしれないけどさ。
「ルネットちゃん、オレは気にしてないよ。帰る方法だって、また見つければいいんだし」
「う、うん。でもぉ……」
「ぜーんぜん気にしてないよ。ほらほら、オレなんかこーんなに元気だぜ!」
オレはヤケクソ気味に両手をぶん回して元気アピールする。
「勇者様って能天気だね」
いや、あんたのためやろがい!
まー、とにかくルネットちゃんが泣き止んでくれて良かった。
また泣かれても面倒なので何とか話題を探す。
「そ、そう言えばルネットちゃんはシラノさんと二人暮らしなの?」
「うん。お母さんは、わたしが生まれてすぐに死んじゃったから」
地雷やないかい!
慌てて話題を逸らそうとしていると、オレの動揺に気付いたのかルネットちゃんが笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。お父さんがやさしくしてくれるから、寂しくないし」
「そ、そっか……。確かにシラノさんはやさしそうだしな」
「勇者様もお父さんとお母さんが心配してるだろうね」
「いや、ウチは父さんが病気でオレが五歳のときに死んじゃってさ」
「ご、ごめんなさーい!」
お互いに地雷を踏み抜いていくスタイル!
ルネットちゃんの両目が濡れてきたので、オレは素早く口を動かす。
「あっはっは! いやー、おかげで母さんが働いている間はオレが家事をやるからさ。掃除、洗濯、料理、裁縫。何でもできるようになっちゃった!」
「勇者様って打たれ強いね」
いや、あんたを気遣ったんやろがい!
……ルネットちゃんて、あれだな。天然なのかな。
幾ら可愛いつっても限度があるぞ。
さすがに少し疲れてオレが押し黙ると、ルネットちゃんが口を開く。
「ふふッ。勇者様って面白いし、やさしいね」
「え?」
「本当は勇者様の方がつらいはずなのに」
ようやく二人とも打ち解けてきた気がする。穏やかな雰囲気だけど、それを壊す騒音が遠くの方から聞こえてきた。
「何だ⁉ 今の音は?」
「村の方から聞こえました!」
ルネットちゃんの言葉通り、村の方から何かが破壊される音。そして人間の悲鳴が森のなかに響き渡る。
もしかして、オレを探しに来たパルパルが村で暴れているんじゃあ……?
「お父さん……!」
できることならルネットちゃんは村に戻りたいに違いない。
「勇者様、ごめんなさい。わたし、村に戻らないと。村で魔法を使えるのは、わたしだけだから」
「ルネットちゃんが行っても……」
「この道をまっすぐ行けば隣の村に着くから。本当にごめんなさい」
そう言い残してルネットちゃんは来た道を駆け戻っていく。オレは声もなくその後ろ姿を見つめているしかなかった。
オレは隣村へと続く道へと視線を移す。
オレは名ばかりの勇者で魔族と戦うことなんかできない。そもそもオレは魔族の策略で召喚されただけで、誰かから望まれた勇者じゃないんだ。
このまま隣村まで行った方が賢明に違いない。
そこまで考えてオレはルネットちゃんが走り去った道に目を戻す。
森の木々に日差しを遮られて薄暗くなった世界のなか、ルネットちゃんの背中が遠ざかっていく。
あのルネットちゃんの後ろ姿を見失ったら、オレは何か大切なモノを失ってしまうような気がする。
村の人を守るために戻ったあの娘を見捨て、オレはこれから笑顔で生きていけるだろうか。いや、今の俺にはルネットちゃんだけを行かせるわけにはいかない!
元の世界に戻って母さんと会ったとき、どんな顔をしていいかも分からないじゃないか。他人を見捨てて帰ってきたんだって、言えるはずがない。
オレは決意を固めると、ルネットちゃんを追って走り出した。
「ルネットちゃん! 待ってくれ!」
オレの大声が届いたのか、ルネットちゃんは立ち止まってオレの方を振り向いた。
「勇者様、どうしたの?」
「オ、オレも一緒に行かせてくれ!」
「でも、勇者様は……」
「みんなを見捨ててはいけないよ。それに帰れたって母さんに顔向けできないしさ」
ルネットちゃんはオレの言葉を聞いて目を見開いた。その驚きはすぐに笑みに変わる。
「勇者様は、やっぱり本物の勇者様だね」
「いや、オレは勇者なんかじゃ……」
「さ、早く行こう!」
ルネットちゃんは村の方へと駆け出す。
だけど、数歩目で木の根につまずいて盛大に転び、真正面から地面に叩きつけられる。その勢いでワンピースの裾がめくれ、太ももからその奥まで丸見えになった。
水玉!
ルネットちゃんは痛みのせいか寝ころんだまま少し震えていたが、不意にガバッと跳ね起きる。
オレは慌てて腹筋を始めた。
「見た?」
「いやー、はっはっは。急に腹筋がしたくなっちゃってさ。腹筋に夢中で何も気づかなかったけど、どうかした?」
「な、何でもないです……」
ルネットちゃんに軽く引かれたが、お互いのためには仕方が無い。
「勇者様、急ごう」
「ああ、水玉ちゃん! 村を助け……」
その瞬間、オレの額にルネットちゃんのチョップが叩き込まれた。
「見てるじゃんッ。というか、人を下着の柄で呼ばないで!」
「ごめんなさい……」
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