日大山形戦②:決勝リーグの戦い
……と、息巻いてみたのはいいものの、どうやって打ち崩そうかな。流石にハッタリだけで崩れてくれるなら、決勝リーグまで残っていないだろう。
兎にも角にもまずは打ち込む。防がれるのは織り込み済みだとしても、まるで大木か何かに打ち込んでいるみたいだ。重心がどっしりと安定しているのはいわずもがな、体幹も鍛え上げられているんだろう、体当たりしたところで軸が全くブレない。軽くちょっかいかけたくらいじゃ、隙が生まれそうにない。さて、どうしたものか。
かといって、相手の良いようにさせていたら、力業でこちらの方が先に崩されてしまいそうだ。彼女は技も体捌きも直線的だが、自ら敷いたラインを逸脱もしない。レールの上を走り抜ける機関車みたい。こういう、迷いのない打ち方をしてくる相手は、私のような人間からするとかなーりやりづらい。真っすぐ打ち合ったところで相手に軍配が上がってしまうだろうし、黒江ほど器用にカウンターを合わせられるわけでもないから。
問題は、それを相手に気づかれる前に、どうにかリードを保ちたいってことで――何度か打ち合いながら決め手を探ってみるものの、それらしい光明は見えない。となれば、残りは度胸勝負だけか。
一度間合いを切って、気持ち遠目に構え直す。一足一刀の間合いの外で、普通なら軽く気を休めるところだけど、ピリついた私の気配を察してか、相手も緊張した面持ちで対峙する。
そうでなくちゃ困る。間合いに関しては、上段の私の方が有利なんだから。私ならこの距離からでも仕留められるって思わせるような気迫を、全身で感じ取って欲しい。事実、全力の片手メンなら、たぶんここからでもギリギリ届く。姿勢が崩れて有効打にはならないだろうけど、打てるという自信があってこその駆け引きだ。
相手は、自分だけ間合いの外という状態を回避するために、ズリズリと攻め入って来る。私の方は、これ見よがしに離れる。コートの中を右往左往しながら、私だけが有効な間合いを意地でも死守する。死守したところで決められないのは変わらないけど、代わりに、相手の意地を引きずり出したい。焦りを引きずり出したい。
剣道は、間合いの攻防を競う競技だ。だけそそんなこと、中学のころは意識したことが無かった。今なら分かる。カウンター剣道というものが、間合いの重要性を教えてくれた。相手の呼吸を読むこのと大切さを教えてくれた。
痺れを切らした相手が、大股で飛び込んでくるのを感じた。かかった。待ちわびた瞬間を前に、私は、ほんのわずかに間合いの内側へと踏み込む。それまで逃げるようだった立ち回りから一転、突然前へと出てきた私に、相手は私の「打ち気」を感じただろう。すると、取る対応は二つに一つ、守るか、迎え打つか。彼女は、迎え打つのを選んだ。
痺れを切らしたのはあちらの方だ、そもそも守るという選択肢は頭になかっただろう。そこまで読んでいたわけではないけど、なんとなく、目の前の剣士だったら突っ込んでくるだろうなっていう、そんな信頼があった。
つまり、彼女は打たされたんだ。私が「ここなら決められる」っていう絶妙なタイミングで。
「メンあり!」
旗が上がった。もちろん私にだ。ぱっと見は両者打ち合った相メンのようにも見えるが、歴とした応じ技である『出鼻メン』だ。要領は出コテと一緒で、相手が打とうとしたところに、先に自分の技を差し込むもの。数少ない上段が得意とする応じ技だ。
拍手を身に受けながら開始線にもどって、ふぅとひと息つく。どうにかうまくハマって良かった。まだまだ駆け引きの不慣れな私にとっては、一世一代の大勝負を終えたような心持ちだ。これで、相手が少しでも委縮してくれたら嬉しいんだけど……。
「二本目!」
試合再開の合図と共に、相手が突っ込んで来た。力強い機関車みたいな太刀筋には、一本取られて背水の陣となった彼女の闘志が漲っていた。折れるどころかヒートアップしてる。まあ、だよねぇ。
今度は間合いを開けさせまいと、積極的に距離を詰めて技の手数も増える。重い一撃と体当たりがその度に襲い掛かって来て、どうにか受け止めるので精一杯だ。
なかなか上手くはいかないもんだね……これが敗けたら後のない、決勝リーグの戦いか。
文字通り力でねじ伏せられてしまった私は、ほどなくしてコテを一本返されて、勝負は三本目に。しかし、一本目で時間をかけたのが幸いしてか、そのまま時間切れによる引き分けで試合を終えることになった。
これであこや南は、トータルで二勝二分。大将戦の結果に関わらず、この団体戦に於いては勝利が確定となった。振り返るべきところはあっても、どうにか役目は果たせたのかな……?
奥歯に食べかすが挟まったような、何とも言えない気持ちで陣に戻る途中、大将である日葵先輩とすれ違う。
「ありがとう、鈴音ちゃん」
「ちゃんとカッコイイとこ見せてくださいよ」
拳をコツンと重ね合って先輩を送り出す。動画でしか見ていない左沢産業戦の先輩は、とても頼もしかった。最初こそ「大丈夫かな」って心配もあったけど、みるみる力を開放していったような感動があった。
前にも言った通り、あの時のが全力とまでは思えない。たぶん彼女も少しずつエンジンが掛かっていくタイプだから、中盤から気合を入れたところで、試合中にピークまで持って行くことはできなかったハズだ。
それでも……あの時くらいの戦いを見せてくれるなら、大将として安心して送り出せるのだけど。
「やめ! 引き分け!」
結果は、なんとも言えないビミョーな感じだった。いつもの先輩に比べたら動けているような気はする。気はするけど、阿修羅のように鬼気迫った、あの感じは一切ない。むしろ、昨日僅かとは言え本気を出せてしまったことで、その時の感覚を自分で思い出そうと試行錯誤していたら、ドツボにはまってしまったみたいな。そんな戸惑いすら感じられた。
「締まらなくてごめん……」
陣に戻って来た日葵先輩は、ションボリしながら肩を落とした。決勝リーグという環境を考えたら、引き分けは立派な戦果だと思う。もちろんこれは、自分を正当化するための方便ってわけじゃない。
むしろ、胸を張って帰って来てくれた方が締まりが良いくらいなんだけど……一方で、これまでの彼女から比べたら、勝てると思って戦っていたっていう前向きな気持ちを喜んでも良いのかな。
うーん、未だに日葵先輩の扱いは、未だによく分からない。
とはいえ、副将戦で決まった結果が覆ることは無く、あこや南高校剣道部、無事に決勝リーグ一回戦を白星で飾ることができました。
優勝決定戦へ一歩リードだね。
「よくやった。貴重な一勝を掴んだな」
試合が終わってから、すぐにアリーナの隅でミーティングが開かれる。鑓水先生は、言葉でこそそう言って褒めてくれたけど、表情はどこか険しいようにも見えた。
「中川、少し気持ちが急いてるぞ。相手が乗ってくれたから良かったが、二本目から力任せになるのは気をつけろ。他は良く動けていたな。次も頼むぞ」
「うす」
「日下部も同じだ。単純な運動量で勝てるほど甘いわきゃねぇ。ペース配分をする必要はないが、少しはタイミングに変化をつけろ。単調なままだと、今みたいに捌ききられるぞ」
「はい!」
「八乙女、貫禄がついたのはいいことだ。今となっては、お前に求められているのは勝つことだ。そのプレッシャーを忘れるな。お前が背負わなければならないものだ」
「はい」
「鈴音は、頭を使うと間合いを下げる癖があるな。今回のように有効な場合もあるが、『下がることありき』にならないように注意しろ。苦しい時こそ前へ。昨日のを忘れるな」
「はい」
「北澤、チームの勝利が決まってんのにプレッシャーを感じてどうする。決勝リーグで緊張してんだったら、次の試合まで少し素振りしてこい」
「は、はい」
ひとしきりの指導を終えて、先生はもう一度メンバーの顔を見渡す。それからバシリと、気合を入れるように手を打った。
「優勝決定戦まであと一勝だ。ここで満足しに来たわけじゃないだろう。次も勝つぞ!」
「はい!」
一勝を手に入れたことで浮かれて良いんだか、試合の内容から反省した方がいいんだか、よく分からない空気だったところがピシッと締まり直したような気分だった。いや、締めなきゃいけない。次の対戦相手は、あの宝珠山高校なのだから。
「十五分後に、このまま連戦になるので、水分補給したい人は今のうちにどうぞ~」
すっかりマネージャーが板についた五十鈴川先輩が、ミニクーラーボックスに入ったスポドリを配ってくれる。私は、口の中を湿らせる程度含んで、熱い呼気と一緒に飲み下した。
「鈴音」
ボトルを先輩に返しているところに、黒江が声をかけてくる。
「黒江、さっきのはどうだった?」
「悪くはない」
「良くも無いんだ」
「先生が言った通り、手に詰まると下がる癖があるのは私も気になる」
「私だって、考え無しに下がってるつもりはないんだけど」
せっかく上段に挑戦して間合いが広がったのだし、コートだって狭いように見えて、人ふたりが戦うには案外広いもんだ。それを限界まで利用しないのは、なんだか勿体ないようにも思える。
「黒江だったらさっきの相手、どう崩した?」
「……誘って出鼻を狙うのは同じだと思う」
「やったね」
それが聞けただけで私は満足だ。方法はどうあれ、少なくとも黒江式カウンター剣道の最適解を選べたわけで。それって私自身が黒江に近づいてるってことに他ならないよね。そもそも、私と黒江じゃ構えが違うわけで、方法の違いはむしろ、私なりに昇華してるって褒めてくれてもいいんじゃないかなって……そこまでは求めすぎか。
「あ、そうだ、黒江。ひとつ相談があるんだけどさ」
「何?」
「昨日のアイソレーション……次の試合で試してみようと思うんだけど」
ほとんどダメ元で聞いたつもりだったけど、黒江は思いのほか嫌悪感丸出しの苦い表情で私を見つめていた。
「掴んでないものを試合で使うのは良くない。団体戦だし、個人の問題じゃ済まない」
「でも、船越さんや部長と戦った時はできてたわけで」
「鈴音は意識するとできなくなるタイプだって、昨日よく分かったから」
「それを言われたら何も言い返せないけど……」
次の一戦が、優勝決定戦に繋がる大事な一戦だってことは重々承知してる。負けたらそもそも道が断たれてしまうかもしれない。だけど、勝った先に待っている相手もいる。
「同世代の県下最強に負けたくない。次の試合で、少しでも何か掴んでおきたいんだ」
ことここに及んでは、我が儘以外の何物でもないのは分かっているけど。それでも、黒江のライバルだというプライドを守るために、勝たなきゃいけない相手がそこにいる。
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