3章 私が連れて行く 後編
プロローグ~間違えた~
これまで、入る高校を間違えたと思うことが何度となくあった。
自分があこや南高校を選んだのは、当時の学力でほどよく狙えそうな市内の学校だったからだ。昔からツレによく、イメージに反して成績がいいとからかわれる。余計なお世話だ。確かに、自分は大ざっばでガサツな女だとは思うが、四人兄弟の末っ子で、上に兄貴三人となれば仕方がない。もともと親父は娘が欲しかったらしく、ようやく四人目で自分が生まれたということらしい。全くもって酷い話だ。
あこや南の生活は、まあ悪くはない。女子校だから人間関係が面倒かと思ったが、それほどでもない(自分が知らないだけかもしれないが)。風紀も見てくれでは荒れていない(それだけでも進学校を選んだ価値がある)。ただ、通っている生徒たちは基本的にバカだ。なんというか、テストの点は取れるけど、芯の部分でものすごくバカだ。
まず、彼女たちは何をするにしても全力だ。勉強も部活ももちろんだが、何よりイベントごとへのモチベーションが異常に高い。高校生活の花形イベントと言えば学園祭が思い浮かぶと思うが、開催期間はなんと四日間。しかも体育祭、文化祭、一般招待日を内包した、二郎系ラーメンみたいなてんこ盛り仕様。さほど力を入れなくても良いはずの高一の時点から、へとへとだった。
学園祭を最たる例として、ほとんど毎月と言って良いほど、大小さまざまなイベントがある。大半が学校からやらされるのではなく、生徒会主導で運営されているというのがまた驚きだ。そのことを知った瞬間から、絶対に生徒会には入らないと固く心に決めた。
部活に関しては、公立進学校ではよくある皆部活制度が導入されている。簡単に言えば、内申に書けるから全員何かの部活に入れという制度だ。とは言え、上位大学を狙っている生徒は部活なんてしている暇がないので、そういう人たち向けにほとんど帰宅部同然の部も存在している。英語部や文芸部がその筆頭だろう。在籍している同級生に聞いた話では、真面目にコンテストに取り組んでいる人以外は、年に一週間程度しか活動する必要はないらしい。
自分も面倒ごとは嫌いだが、流石にそこまでいくとどうかと思う。かといって、英語や文芸に真面目になれる気もしない。
結局、剣道部を選んだ。特別な理由はない。大学進学はするにしても適度にストレス発散程度の運動はしたかったので、元々やっていた剣道を続けたというだけだ。
南高剣道部――何年か前に全国出場を果たした代があったが、その翌年から他の強豪校に埋もれる成績。たまたま当時は、良い選手が揃っていただけなんだろう。県内での評価は、強いわけでも弱いわけでもなく、運が良ければワンチャンあるかもという程度だ。
別に、全国大会を目指したいわけではなかった。全国へ行きたきゃ、またその実力があれば、沢産や鶴南に挑戦する。もちろん、やるからにはどこでも全力でやるが、結果が伴うことまでは期待していなかった。
だが、その考えが甘かった。待っていたのは想像以上に厳しい稽古と、それに耐え抜くやたらモチベーションの高い先輩たちだった。吐きそうになりながらも必死に食らいつく中で、壁に貼られた『全国大会』のスローガンと、それを見つめる先輩たちの熱い視線を目の当たりにして肌で理解した。
あ、こいつら本気だ……と。
入る部活を間違えた。自分は別に、高校三年間を部活に捧げるつもりはない。他にやりたいことがあったわけではないが、少なくともやりたいことが『剣道』ではない。このままでは、部活で高校生活を潰される。無言の警鐘は、いつでも頭の中で鳴り響いていた。
実際、ゴールデンウィークの合宿を過ぎたあたりから、ひとり、またひとりと同期の部員が消えていった。考えることはみんな同じだ。全国を目指すなら、なぜあこや南なのだと。他の強豪校でやってくれと。もっとも、ここは既に〝そう言う部〟だったわけだから、新入生の自分らに意見をすることはできない。反対の意思は、辞めることでしか示せなかった。
いつしか、残った同期は三人だけになっていた。強烈な〝しごき〟を、笑顔でのらりくらりとこなす五十鈴川とかいうヤツ(こういうメンタル強いやつが案外化けたりする)と、高校から剣道を始めたから基礎稽古しかこなしておらず、まだ本当の地獄を知らない熊谷とかいうヤツ。そこに自分を加えて、全国を目指すには、なんともビミョーなヤツらだけが残ってしまった。
いや……いいんだ、そこは。先輩たちが強いから。先輩たちの代が終わって、自分たちの代になったら、無茶な目標は捨てて身の丈に合った部活を運営していけばいい。幸か不幸か、顧問の鑓水は教えこそ厳しいが全国を押し付けるようなことはせず、部員たちで決めた目標だからそういう稽古をしているのだ、という意志が見て取れた。
今さら転部するのも面倒だし、代替わりするまでの我慢だ。それに、稽古が厳しいだけで、人間関係は悪くない。心から尊敬できる先輩もできた。
「一緒に、剣道やろうよ」
そう言ってくれた彼女が全国大会へ行くためなら、稽古くらい付き合おうと思えるようになっていた。
しかしその夏――あこや南は負けた。団体も個人も共に予選落ちだった。もちろん反省すべき点はいくらでもあったが、あれだけキツイ稽古を積んだ先輩たちが負けてしまう姿が歯がゆく、辛い光景だった。
まだ来年がある。モチベの高い二年生たちは、そう口にして再び闘志を燃やしたが、唖然としたのはこっちだ。
来年に賭ける。すなわちそれは、自分も全国のために戦わなければならないということ。尊敬できる先輩のために、できることならなんでも協力しようと思っていた自分だったが、そればかりは自信が無かった。出身中はそれほど強いところではなかったし、個人戦の戦績も地区大会は突破して県大会にどうにか出場できる程度。県の表彰台に上がったことはない。
そんな自分が、沢産や鶴南の選手に渡り合えというのか。
やるしかなかった。不安しかなくても、自分が戦うのしかないのだから、ケツに火がついたつもりで稽古に励んだ。自分のためというよりは、やはり先輩のためだった。彼女たちのために、自分のせいで試合に負けたなんて醜態を晒したくはなかった。期待に応えたかった。
しかし、現実は非情だ。
自分の目の前には、県内の同世代における、ふたりの化け物の姿があった。
鶴ヶ岡南高校――小田切愛苺。
宝珠山高校――清水撫子。
小田切は、中学時代からの腐れ縁だ。何かと突っかかって来ては、自分をボコボコにして、スッキリした顔で上位大会へ行く。いけ好かないヤツ。
一方の清水はさほど接点がなく、中学のころもパッとしないヤツだったが、高校に上がってから急に力をつけてきた。鼻につくヤツ。
今や、世代における二大巨頭とされる剣士たち。このふたりを全国に相応しいレベルだと評するなら、自分の実力なんて足元にも及ばなかった。
それでも……先輩を全国へ連れて行くという気持ちは変わらない。あこや南が全国へ行くために、少なくとも自分は、同世代のふたりに追いつこうと心に決めた。
二大巨頭とそれ以外。
〝それ以外〟の方に入ってるうちは、全国を目指すだなんて口にするのもおこがましいと思った。自分は全国に連れて行ってもらうんじゃない。自分が、先輩を全国に連れて行くんだ。
そうして初めて、あこや南高校剣道部に恩返しができるのだと、心の底から信じていた。
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