捨て大将

 続く次鋒戦は、我らが期待のポープである竜胆ちゃんの試合である。

「日下部、流れを切るな」

「はい!」

 鑓水先生に送り出されて、竜胆ちゃんは意気揚々とコート上へ躍り出る。

 彼女の剣道は、兎にも角にも仕掛けまくる攻撃一辺倒のものだ。たいていこういう血気盛んな剣道をする人は先鋒に当てて、チームの勢いをつけて貰ったりするものだけど、今回は次鋒という立場に甘んじている。ポジションごとの優劣を比べるものではないけれど、宝珠山との練習試合の時は先鋒を任されていたことを考えると、どうしても格を落とされた印象になってしまう。

 それは相手チームも同じことで、基本的に次鋒は繋ぐのが上手い、〝チームの流れを考えられる〟選手があてられることが多い。エース格である中堅に、チームのポイントがどういう状態で回れば存分に力が発揮できるのか。

 私はぶっちゃけ「とりあえず勝ちゃいいじゃん」タイプの選手なので、次鋒とか副将とかはあまり向かないと思ってる。それは竜胆ちゃんだって同じだと思うんだけど――

「メンあり! 勝負あり!」

 試合は、ものの一分足らずで見事な完勝となった。

 竜胆ちゃんのプレーは、いつもながらの無尽蔵の体力に任せた、掛かり稽古さながらの超連撃スタイル。相手は、先鋒で一敗していることも加味してだろう、急がず焦らずじっくりと構えるような剣道で臨もうとしていたが、出鼻からその目論見を潰され、慌てて戦略を立て直そうとしている間にスピード勝負での決着となった。

 これは、作戦が上手くハマってるって言って良いのかな?

 中川先輩が気合で一勝をもぎ取って、そこに竜胆ちゃんが勢いのままに飛び込んで……守りを考えない超攻撃的なオーダーだなと初めは思ったけど、案外うまく回っているような気がする。

 なんてったって二勝してしまえば、次に待っているのはこの人だもの。

「八乙女、決めてこい」

「はい」

 中堅戦が始まる前から、相手チームの顔色がすっかり切羽詰まったものになっていた。あこや南に二勝されて後がないのもあるだろうけど、それ以上に、次に待ち構えている相手が文字通りの小さな巨人なのだから。

「はじめっ!」

 固唾を飲む中で始まる中堅戦。これまでの二試合とは違い、両者ともに静かな立ち上がりだ。八乙女先輩も仕掛け技主体の剣道ではあるけれど、間合いの攻防は比較的じっくりの志向だ。これは黒江みたいに相手の出方を伺っているというよりも、自分の得意なパターンに相手を誘い込むための、無言の牽制とか挑発に近い。

 ステージから落ちたら負け系の対戦ゲームで、一撃必殺のチャージ攻撃を使うタイプのキャラ。その実、一撃必殺の技を持っているわけなので。

「メンあり!」

 〝縮地カッコカリ〟。相手にとっては、何が起きたのかもわからないだろう。本人にとっては、ただ真っすぐに打っているだけのメン。それなのに対戦相手からすると、「いつの間にかメンを打たれていた」と時間の流れを錯覚する一撃。黒江が言うには、独特の足捌きと呼吸のとり方によるものらしいけど、私は未だに攻略できる気がしない。

「メンあり! 勝負あり!」

 あっという間に二本目の〝縮地カッコカリ〟が決まり、中堅戦は危なげなく部長の勝利と相成った。これで五戦中の三勝。あこや南の勝利となるのだけど、試合そのものは終わらない。チームとしての勝敗が決まろうと、大将までの五戦を戦い抜く。それが団体戦における最大のルールなのだ。

 そんなの意味ないじゃんと思う人もいるだろう。私もそう思う。だけど例えばリーグ戦の場合、勝数が同じチームがいたら、取得本数の合計で優劣を判断することもある。だから、全くもって無駄と言うことはない。

 副将まで全勝なのに、絶対無敵だと思っていた大将が敗けて、それ以降の試合でチーム全体がぎくしゃくに――なんてことも、あり得ない話ではない。ある意味で選手ひとりひとりのモチベーションが如実に結果に表れるスポーツだからこそ、お互いにとって、最後まで戦いきることが重要というわけだ。

「やめ! 勝負あり!」

 そうは言ってもチームの勝利は確定しているので、アディショナルタイム的な雰囲気で始まった副将戦。安孫子先輩の試合は、なんとも無難な形で一本先取の勝利となった。中堅までの圧倒的な試合展開と比べたら、言っちゃ悪いけど地味な感じだったが、逸らず、勝者の余裕で慢心することもなく、決めるべきところでしっかりと一本を決める。力が拮抗している者同士による、良い内容の試合だった。

 以前、稽古中に他の先輩たちから聞いた覚えがある。安孫子先輩の剣道は「(ギャルっぽい)見た目に反して堅実だ」という。

 個人格闘競技だからこそ、プレースタイルには大いに人となりが出るものだけど、安孫子先輩のプレーから見える彼女の姿は〝頭の良い司令塔型〟だ。彼女の剣道には「これだ!」とか「これだけは譲れない!」みたいな強い個性がない。代わりに、状況に応じて戦術を変えられる。自分自身をも変えられる。そんな柔軟な思考が見て取れる。だから堅実と言うよりは、お手本のような剣道と言った方が正しいかなと私は思う。

 まあ、自分の剣道がハッキリしている人たちからしたら、それを〝堅実〟と評してしまうのかもしれないけれど。

 そして大将戦――

「やめ! 勝負あり!」

 主審の旗が相手方の大将、田中さんの方にあがっていた。早坂先輩情報で、置賜地方(山形の南側の地方)の猛者だという彼女に、私たちの大将である日葵先輩は、しっかりと敗北を期した。

「ごめん、みんな」

「いいのいいの。まだエンジン掛かってないんでしょ?」

「……うん」

 安孫子先輩に励まされる日葵先輩の返事は、どこか煮え切らないものだった。声をかけた安孫子先輩の方も、メンバーや後輩の手前、そう言っておくしかないような惰性を感じられた。やっぱり人見知りが響いているのかな……当然のごとく阿修羅モードなんて発動するわけもない。

「南高、流石に今年は仕上がってるみたいだが〝捨て大将〟だけは相変わらずか」

「個人戦で、調子のいい一年が居なかった? あっちの方が良かったんじゃ」

 コート脇で見守る私の耳には、そんな観客席からのヤジにも似た評価が耳に届く。「のほうが良かった」なんて、自分と先輩が同時に馬鹿にされたような気分になってムッとしてしまう。

「あの……捨て大将って何ですか?」

 戸田さんが、肩をすぼめながら、か細い声で問いかけた。同じヤジが耳に入っていたんだろう。いい意味で無いのは理解しているようで、心配そうに眉尻を下げる姿がけなげだった。

「捨て大将ってのは、まあ、負けてもともとの大将って感じの意味ッスね」

 知ってる人はみんな、どう伝えるべきか口を開きあぐねていたところで、熊谷先輩がストレートに答える。

「歴とした戦法ッス。大将って強い人がやるポジションッスから、選手層の薄いチームなんかは、大将に初心者とかを置いて勝ち星を捨てて、代わりに他のとこに強い選手を置いて三勝を狙ったりするわけッス」

「それで〝捨て大将#〟……でも、悪口ですよね?」

「まあ、そうなっちゃうッスよねぇ……ウチも、別に捨ててるわけじゃないんスけど」

 結果的にそう見えてしまう。きっと日葵先輩が大将を任されるようになってから、ずっとそうなんだろう。勝てた試合は、今みたいに副将までで勝利が決まる。大将は流れに関係なく黒星。事実だとしても、言われて気持ちのいい話ではない。

「日葵先輩は捨て大将じゃない」

 半ば自分に言い聞かせるように、私は強めに口にする。するとみんな、苦笑しながら頷いてくれた。

「みんなそう思ってるよ。だから、信じて見守ろう」

 慰めるように応えてくれたのは、早坂先輩だった。私と同じ補欠としてメンバー入りしている先輩は、どんな気持ちでそう口にしているんだろう。彼女も三年生。負ければ最後の大会だ。高校から剣道を始めたという早坂先輩と比べたら、もちろん日葵先輩の方が多く場数を踏んているわけだけど……それでも「だったら自分が出たい」って想いを募らせていたりはしないのだろうか。


 信じる――それしかできないことは分かっている。でも、本当に信じるだけでいいのかな。

 夢を託すって……チームワークって。

 歯がゆさだけが、胸の内でじわじわと闘争心を締め付ける。

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